「床を売る」から「街を育てる」へ
── まちづくりの新しい仕事のかたちを組織横断で考えた一日
2026年6月11日、ロフトワークのオフィスに、不動産デベロッパー、ゼネコン、建築設計、インフラ系企業、そしてシンクタンクの方々が集まり、ディスカッションイベント「まちを、育てる。── プレ・実装ラウンドテーブル 2026」が開催されました。前半はロフトワークの執行役員・棚橋弘季によるインプットトーク、後半はテーブルを囲んでのディスカッション。ランチタイムも含んだ約3時間、一見バラバラの業種の人たちが、実は同じ問いを抱えていることが見えてきました。
その問いを、ひと言で言えばこうです。「床を売って終わりにする仕事から抜け出すには?」。
従来型の容積率を最大化して建てて売る——そのモデルが人口減少と建設費高騰のなかで成立しにくくなってきています。そのことに気づきながら従来型の開発を進めるのではなく、「社会に本当に必要なものをつくりたい」という欲求は、どうすれば自分たちの新しい仕事のかたちにしていけるのか。この日は、その答えではなく、答えにたどり着くための問いと言葉を、組織を越えて持ち寄り共有する場になりました。
「つくる・つかう・たたむ」── “たたむ”という、新しい視点
棚橋のトークは、国土交通省が2019年に出した『不動産業ビジョン2030』から始まりました。そこには、不動産業は床を供給する産業から「人々の交流の『場』を支える産業」へ、と書かれています。その根っこにあるのが「不動産最適活用」という考え方。不動産を「つくる・つかう・たたむ」の3つの局面で捉えるという整理です。
この日いちばん意外性を持って受け止められたのが、3つ目の「たたむ」でした。持っているだけで管理コストや税負担だけが残る「負動産」が、人口減少でこれから一気に増えていく。管理不全で防災・防犯・景観が悪化する「前に」、除却・減築・用途転換・緑地化で畳んでいく——つくり続ける・つかい続けるだけでなく、役目を終えたものを適切に減らすところまで含めて「最適活用」だ、という発想の転換です。
ディスカッションでこの論点を深めたのが、インフラサービスを手掛ける企業の参加者でした。
「インフラはもう増えない。人口が減って、1人あたりのサービスは縮小していくしかない。“たたむ”は、絶滅危惧種の空間版なんです。いらなくなった用途を、どう畳むか、どう別の使い方にするか。でも難しいのは、過去の成功体験も含めてみんなの頭のDNAに”増える”が埋め込まれていること。表面では減らすと言っていても、頭の中では増えるイメージしか持てない」
──「たたむ」は技術ではなく、まず認識・発想の転換の問題です。
キングスクロスは、なぜ“あえて開発しない”のか
前半のプレゼンテーションで棚橋から紹介した世界の事例のなかで、参加者の感情がいちばん動いたのが、ロンドンのキングスクロスでした。ある参加者は、この2月に現地を視察したときの驚きを語ります。
「街区の真ん中に芝生の広場があって、学生がご飯を食べていたり、犬の散歩をしていたり、子どもと遊んでいたり。すごく多様な使われ方をしていた。普通なら開発されてしまいそうな一等地なのに、なぜ開発しないんですかって聞いたら、『ここを開発しないことが、このエリアの価値を担保するから』だと」
キングスクロスでは、開発主体が広大な用地を長期一体で保有し、デザインコードで「何をしてよくて、何をしないか」を規定しています。細かく用途を決めるのではなく、その作法に共感した人が集まり、使いたいように使う。そうした様々な人たちの参加型の活動が集積することで、街全体の価値が上がっていく。たとえば、知識産業の雇用は周辺で5年間に65%増——ロンドン平均が22%、3倍近い増加率——になっているそうです。
もうひとつ、参加者が強く反応したのがジェントリフィケーションが起きない仕組みでした。キングスクロスをはじめ、ウィーンやパリのようなヨーロッパの都市では、低中所得の人や、街に元気を与える美味しいパン屋やクリエイターのような担い手が無理せず住み続けられるようにする仕組みが産官民の連携で実現されているといいます。だからこそ多様な使われ方の「余白」が成立する。一方、ジェントリフィケーションで「地価が上がると、夜しかその街にいない高所得層や、さらにはその場に住んでもいない海外オーナーばかりになってしまう。そうなると、まちは活性化しなくなる」という、別の参加者の言葉と裏表の関係にあります。
キングスクロスで行われた「再開発エリアのデザインコードづくり」は、ロフトワークもいままさにプロジェクトで手がけているアプローチだったりします。竣工時期の一点を目掛けて何を建てるかだけを考えるのではなく、竣工前、竣工時、竣工後10年-20年後に、どんな振る舞いが生まれるかを規定する”見えない仕組み”を設計すること。ここは後半の議論ともつながっていきます。
ウィーンとリヨン ──「最高額で選ばない」という発注
もう一つ、棚橋が紹介したのが、発注の評価軸そのものを変える事例でした。ウィーンでは、事業者を「最高額の入札」ではなく、経済性・建築・環境・社会的持続可能性という4つの柱で選ぶコンペが、1995年以降続いています。社会性が「採点され、補助の対象になる項目」になることで、コミュニティ形成や多様性に事業者が投資できる理由が生まれる。
フランスでは、それを役割の異なる4つの”層”の重なりで実現しています。
- 土地をまとめて持ち、誰に何を任せるかを決め、何十年と計画を統べる主体(まちの地主兼・総合プロデューサー)
- 土地や建物を持ち続け、安く・長く貸し続ける、社会性のあるお金の出し手
- 立場の違う人(行政・住民・企業・働き手)が一つの会社に同席して、一緒に運営を決める主体
- 日常の賑わいを担う、暫定利用の運営者
こうして土地の所有、お金の管理者、運営を意図的に分け、重ねることで、「最高額で売り切らない」開発を成立させています。
ほかにも、フランス・リヨンの公的な開発会社が運営主体となって商業や住宅の家賃を市場より3〜5割抑える例、ソウルの百貨店が売場の約半分を公共空間に振る例など、棚橋は7つの「変容パターン」を紹介しました。 ただ、この日の主役は事例の網羅ではありません。世界に複数の道筋があるなかで、日本がどう組み合わせるか——その問いを置いて、トークは後半へとバトンを渡しました。
「余白」は、なぜ実装で嫌われるのか
後半のディスカッションで、参加者の間で共通のキーワードになったのが「余白」でした。すべてを決め切らず区切ることなく、自由度をもった人の介入が起こりやすくすることで、場の意味が書き換わる・育っていく余地を残しておく……。理想としては、誰もがうなずきます。 ところが、ディスカッションのなかではこんな発言が続きました。
「余白って、柔らかいテーブルの上で議論しているときは、みんなポジティブに捉える。でも、いざ事業にインストールしようとした瞬間に、ネガティブな印象に反転する。実装するときの嫌悪感が、けっこう出てくるんです」
なぜ嫌われるのか。理由は大きく2つです。
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収益の壁。 「たとえば6割を公共に開放するということは、そこからお金が入ってこないということ。経営の視点からは、なかなかイエスと言えない。じゃあ、その6割をどこから稼ぐの?という話がついてこないと」
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評価の壁。 余白や実験で起きていることが大事だと分かっていても、「ちゃんと評価して、見せる」ことがまだできていない。だから最後の意思決定の土俵に乗らない。「そういうものがあったほうがいい、という共通知にしていかないとダメだ」。
ある意味、これが問題になること自体、既存のビジネスモデルに囚われてしまっている――余白がないくらい床面積を増やすことが収益の最大化につながる――ということなのでしょう。しかし、その発想から解放されないのは、何より既存のモデルに代わる新しいビジネスモデルが海外事例ほど、日本では確立できていないということでもあります。
「ただの空き地は、余白ではない」。
誰でも無料でも使えるというだけではここで議論されていた「余白」ではありません。アーティストが集まって公共的なアートが生まれる、そこからすこし離れた場所で飲食店を営む人たちがある週だけそこに来てポップアップのお店を展開できる、街の有志たちが近くの大学と協働で音楽フェスティバルを開催できる、などなど——そんな風に街を元気にするための営みを誘発するような可能性が織り込まれてはじめて、余白はエリアの価値になり、最終的に収益の向上、エリアでの経済循環にもつながっていく。
あえて不便さをデザインに盛り込むことで人々のあいだの交流を生んでいる「喫茶ランドリー」(墨田区)の事例も紹介されました。余白は”放置”ではなく”設計”だという認識が示されました。
小さく試す ── プレ・アクティベーションという一歩
では、その「使われる余白」を、収益と評価の壁を越えるために、どうデザインし仕込むのか。 ここで議論は、棚橋がトークの後半で提示していたプレ・アクティベーションへと戻っていきます。
プレ・アクティベーション(pre-activation)とは、文字どおり、本格稼働(アクティベーション)の前に(プレ)、街を先に動かしはじめておくこと。建物ができてから人を呼ぶのではなく、まだ更地や空きビルのうちから小さくまちを使いはじめ、賑わいや人どうしの関係を先に育てておく——そんな”先回り”の考え方です。
「世界の事例を参考に日本で何か取り組もうとする際、運用に回ることと、このプレ・アクティベーションは、比較的取り入れやすい。デベロッパー1社で街を持ち続けるのは現実的じゃないけれど、たとえば、海外でも例があるように地上階だけを自分たちで持ち続けて運営する、というところからも始められます」と棚橋は語ります。
プレ・アクティベーションとは、竣工前の数年という、これまで”ただ空けておく時間”だった余白を、小さく試す時間に変えること。パリのレ・グラン・ヴォアザンは、再開発前の3.4ヘクタールを5年間、暫定利用して、年間60万人が訪れる場に育てました。国内でも(これは竣工後の話ではありますが)、グラングリーン大阪のうめきた公園では、芝生広場で子どもが水遊びをし、その賑わいが——参加者の見立てでは——二期のマンションの資産価値まで押し上げた、という話が出ました。
公共空間という”余白”が、めぐりめぐって不動産の価値を生む。あるデベロッパーの方が「時間をかけてテナントを誘致してから、建物を設計する。一緒に作るんです」と語った自社の進め方も、まさにプレ・アクティベーション的なプロセスでした。
竣工前にできること ── プレ・アクティベーションの実践
では、具体的に何をするのか。プレ・アクティベーションには、大きく5つのアプローチがあります。
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担い手を集める ── 計画的なリストを埋めるのではなく、そこで起こしたい事柄に合う人(アーティスト・職人・研究者・近所で何かを始めたい人)を、公募やキュレーションで事前に探して、声をかける。ロフトワークがつくば市と手がけたプロジェクトでは、ばらばらだった研究機関と市民・行政をつなぎ、科学者とアーティストをつないだり、子どもが研究者といっしょに研究ができるプログラムを仕込みました。
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既存ストックを舞台にする ── 古民家・空き床・遊休地をそのまま会場に、アートイベントやクリエイターレジデンスを仕掛ける。大きな投資なしで始められます。
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物語と問いをつくる ── 「この街は何になりたいのか」を言語化し、共感が集まる入口にする。UR森ノ宮「ほとりで」では、医師・古植生物学者・醸造家など領域を越えたゲストを招いて、まちの見方そのものを耕しました。
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場を回す(黒子のファシリテーション) ── イベントやラボを企画し、産・官・学・市民を、前に出ずに束ねる。南海電鉄との「Chokett」では、0円ショップやDJ屋台など小さな実験を同時多発させ、反応を確かめながら育てています。
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評価を設計する ── 「もう一度来たくなったか」「次に何を試すべきか」を、動員数を超えた指標で残す。これが、竣工後にテナント・賃料・投資を決めるときの”根拠”になります。
最後の「評価」は、後半で全員が嘆いた「評価して意思決定にねじ込めない」を、竣工前の小さな実験から先回りして埋めておくということです。 ディスカッションのなかでは、ロフトワークの小島和人が育てている「まち感性指標」——容積率では測れない、その街固有のウェルビーイングを測るものさし——にも、複数の参加者が強い関心を寄せていました。
誰が束ねるのか ── 中間組織という空白
次の問いは「それを、誰が束ねるのか」。
「デベロッパーが前に出ると、誰も寄ってこない」。だから本体は黒子になり、複数の主体を束ねる中間組織が要る。たとえば、前橋市では、民間がまちのビジョンをつくり、都市再生推進法人という中間組織(前橋デザインコミッション)が立ち上がったりするなど活動を進めてきた結果、市や県までそれに連動するような試みを始めました。「中間組織といっても、普通の市民というより、地元の企業がお金を出し合ってつくる」というものだと棚橋は話していました。
一方で、難しさも率直に語られました。「ヨーロッパは産・公・民が、わりと対等に手を取り合う。でも日本は、市民がどこか”お客様”の姿勢になってしまう傾向は少なからずある。その中間に立つ組織が、あまり立ち上がってきにくい」。官民連携(LABV)型の開発がしばしば失敗するのも、「利益を取らない代わりに将来回収する、という意思決定を、担当者レベルでなく世代を超えて引き継ぐ設計ができていないから」だと。──中間組織を「誰がつくり、どう運営し、どう評価するか」。ここが、まちづくりの最大の空白として浮かび上がりました。
だから、集まる場が要る
余白を評価する共通のものさしも、中間組織の作法も、1社のなかでは育ちません。
参加者からは「自分たちが今やっていることを、口に出してみると、あ、ここが課題だったのか、と気づく」「1社いくらのことをやっているかではなく、みんなでどうマネタイズするかを話したい」「今日みたいなノリで、行政も含めてちゃんと語っていきたい」といった声が、次々に上がりました。競合関係を越えて、同じ課題で動ける関係——その「場」そのものへの渇望が、はっきりと表れていました。
竣工前の時間を、“業界共通の実験フィールド”に
竣工前の時間と、地上階と、測れない価値——この3つを、業界共通の「実験フィールド」にできないか。1社では作れないけれど、何社かでなら、きっと試せる。
プレ・アクティベーションは、いきなり「床から街屋へ」と大きく舵を切る話ではありません。これまで”ただ空けておいた時間”を、小さく試してみること。そこで人が集まるか、どんな物語が生まれるか、何が起きたら良かったと言えるのか。それを、前に出ずに、黒子として束ねながら。つくり手と一緒に確かめていく。
棚橋はこの会を続けていきたいと語り、次回はどんな人が加わるといいかと参加者に問い掛けていました。自治体や行政、大学という声もありました。「正解を持っている人」より、「どうしたらいいか分からない、でも一緒に考えたい」という人と。新しいまちづくりのありかたを一緒に模索する仲間を、もっと増やしたい——それが、この日集まった人たちの総意でした。
もし、少しでも「これは自分ごとだ」と感じていただけたなら、ぜひ声をかけてください。「うちのこの遊休地で、竣工前に何か試せないか」「この評価のものさしを一緒につくれないか」——そんなプレ・プロジェクトのご相談も、次回イベントへのご参加も、いつでも歓迎します。竣工前の時間も、地上階も、測れない価値も。1社では作れないけれど、何社かでなら、きっと試せます。


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まちを、育てる。 — 床屋から、街屋へ。
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「建てれば売れる」前提が崩れた、構造的多重危機の時代。街は誰が、どう育てるのか——。不動産を「創る」から、場を「支え、運営し、たたむ」産業への転換を、WHY・WHAT・HOW・接続の4章構成で読み解く調査・提言レポート。グローバル事例と日本の現場をつなぎながら、これからのまちづくりの輪郭を示します。
- WHY:なぜ転換が必要か(7つの暗黙の前提が崩れる構造的多重危機)
- WHAT:床屋から街屋へ(「創る/使う/たたむ」産業への再定義)
- HOW:世界の実装(キングスクロス等のグローバル事例)
- 接続:「ともに、つくる」共創型まちづくりへの道








