日陰から地球沸騰化をハックする。
──気候適応ビジネスのいまを読み解くセミナーレポート
2023年7月、国連のグテーレス事務総長が「地球沸騰化の時代が到来した」と警告を発しました。このことば通り、2025年の夏は全国で猛暑日地点数が過去最多を更新するなど、記録的な酷暑に見舞われました。夏に冷却グッズは欠かせませんし、無印良品の冷やして食べるシリーズのヒットなど、新たなビジネスの可能性も生まれてきています。
「あの木の下に行けばひんやりと涼しい」
「真夏のアスファルトの駐車場は熱を持っている」
私たちが日常で感じるこうした局所的な気候の変化を「微気候(マイクロクライメート)」と呼びます。気候適応に向けたビジネスの最前線で、いま注目されているキーワードがこの微気候です。
ニューノーマルとなりつつある「地球沸騰化」に、私たちはどう対処すべきなのか。この避け難い大きな「地球ごと」に対するひとつのアプローチが「自分ごと」を広めていくことだと私たちロフトワークは考えています。
その実践例が、昨年、半年かけて実施したリサーチプログラム「Y/Our Climate」です。このプログラムの大きな特徴は、私たちの身体スケールの感覚を起点に、気候変動を巨大な脅威からビジネスやまちづくりの「介入可能な余白」へと変えようとする、小さくて大きな試みです。

本記事は、2026年4月28日、その集大成をお披露目した「気候適応ビジネスの鍵となる? 『身体スケールと微気候』起点のデザインの可能性 —沸騰都市展 | リサーチレポートセミナー」の見どころをご紹介するレポートです。特に、気候適応ビジネスの前線で「気候をハックする」斬新な試みと併せてご紹介します。
自分の足で街を歩き、五感で心地よい日陰を探す「あそび(日陰ハント)」のようなボトムアップのアプローチや、不動産価値の再定義や新プロダクトの開発といったビジネス戦略へと結びつく視点など、このイベントで紐解かれた盛りだくさんの発想をお楽しみください。
▼ リサーチプログラム「Y/Our Climate」関連リンク
都市の気候をめぐる未来の暮らしをシステム思考で探索するレクチャープログラム Y/Our Climate 熱中症、猛暑、暑熱、気候リスクなど 都市の課題をテーマに扱う『沸騰都市展』
ようこそ、気候適応ビジネスの世界へ。
無印良品が展開する「冷やして食べるカレー」はご存じでしょうか。このヒット商品は、「蒸し暑くて食欲がない時でも、火を使わずにさっと食べたい」という、いち生活者の極めて個人的な実感から生まれました。
気温が少し下がるとおでんが売れ、猛暑でエアコンの効いた部屋にいると逆に高カロリーを求めてカップ麺が売れる。こうした「なんだか分かる」という私たちの身体感覚にこそ、気候適応ビジネスをブレイクスルーする切り口が隠されているのかもしれません。
本プログラムのディレクターを務める国広の個人的な動機も、実はとても身近なものでした。きっかけは、国広が暮らす「京都の夏」の恐ろしいほどの暑さです。2025年、国内で猛暑日と熱帯夜が60日以上も続くという過酷な状況を前に、「このうだるような暑さを、なんとかできないか」と切実に感じたことがはじまりだったそうです。
地球規模の途方もない課題を、「私たち」という大きな主語ではなく、「私とあなた(Y/Our)」のスケールに引き寄せて考える。プログラム名「Y/Our Climate」には、そんな思いが込められています。
この名前は、タイの音楽ドキュメンタリー『Y/Our Music』(2008年)からインスピレーションを受けたものです。この映画には、伝統的な民族音楽がグローバルな波と混じり合いながら、新たなローカルのアイデンティティを築いていく姿が描かれています。Y/Our Climateが目指すのも、気候が風土を育むゆりかごとなって、この暑熱都市ならではの新しい風景や「文化」を生み出す可能性だと国広は語ります。
ただ耐え忍ぶのではなく、私たちの身近な感覚から気候変動をハックし、新たなビジネスやカルチャーの芽を育てる。そんな少しワクワクするようなパラダイムシフトへ、みなさまをご案内します。
身体スケールから気候適応ビジネスを生み出す3つのアプローチ
ここからは、イベントで共有された対話やワークショップの熱量を追いながら、気候適応ビジネスを社会実装していくための3つのアプローチを紐解いていきます。
1. 気づく|データが取りこぼす「体感」にイシューを見出す
ビジネスの出発点は、常に「課題(イシュー)」の発見にあります。そのためにも、多様な知見を寄せ集め、多角的な視点で何度も何度も「なぜ」を問い直し、本質的な課題を射抜く、いわば技術が重要になります。
イベントの前半では、気象学から都市デザインまで多様な専門家によるレクチャーを通じて、都市における気候リスクの「イシューマップ」が描かれました。冒頭で触れたように、キーとなるのは身体スケールの体感や情緒です。そこには見落とされがちな課題が眠っています。
実際、私たちの「暑い」「不快だ」というミクロな身体感覚は、すでに社会のさまざまな場面でこれまでの常識にバグを起こし、新たなビジネスのルールを作り始めています。
たとえば、日本気象協会が提供する「体感指数データ」を紹介しましょう。同じ「気温30℃」でも、体が暑さに慣れていない5月と真夏の8月では、人々の体感やストレスは全く異なります。気温という絶対値だけでなく、SNSのつぶやきなどを交えて「人がどう感じているか」を数値化することで、より精度の高い商品の需要予測やマーケティングを実現しています。
また、人々の「体感」の変化は、不動産の価値基準すらもひっくり返そうとしています。長らく住宅市場で絶対とされてきた「南向き神話」ですが、猛暑の影響により、直射日光を避けられる「北向き」の部屋の価値が高騰しています。ある調査ではタワーマンションの高層階で北向きの部屋が約67%も値上がりしており、日当たりの良さよりも涼しさ・快適さが新たな物差しとなっている最前線が伺えます。
さらに、気象庁が最高気温40℃以上の日を新たに「酷暑日」と名付ける議論がなされるなど、危険な暑さが日常化するなかでは、街の機能もアップデートを迫られます。たとえば、ドラッグストアなどの民間企業が店舗の一部を「クーリングシェルター(指定暑熱避難施設)」として開放し、地域貢献と来店促進(熱中症対策ビジネス)を両立させるといった動きも加速しています。
マクロな統計データからこぼれ落ちる、「私」たちの生々しい感覚。その不快感や違和感に気づき、解像度を上げて見つめること、その違和感を探る好奇心こそ、気候適応ビジネスを切り拓く第一歩となるようです。
2. 探る|五感で街をハックし、構造化する
日常に潜む違和感に気づいたら、次はその手触りを確かめにいくのはいかがでしょうか。イベントの中盤で行われたのは、実際に自分の足で街を歩き、五感で心地よい日陰を探す「日陰ハント」というフィールドワークの紹介でした。
このワークでは、温度計などの客観的なデータだけに頼るのではなく、「ここは風が抜けて気持ちいい」「この木陰は少しじめっとしている」といった参加者自身の生々しい感覚を収集していきました。そして、その個人的で定性的な「体感」を、ただの感想で終わらせず、AIを活用しながらシステム思考(ループ図)を用いてその歴史的な背景や社会的な制度などをシステマティックに整理していきました。
そうして、一見すると「ただの暗い場所」でしかなかった日陰が、猛暑から命を守る「マイクロリフュージ(微小な避難所)」や「豊かな時間を生む資源」へと見つけ出すワークショップとなりました。この価値転換プロセスは、参加者にとって身近な現場から街をハックするような得難い体験だったようです。
実は今、この「日陰をデザインする」というアプローチは、都市計画や企業のマーケティングにおいて非常にホットな領域になりつつあります。
たとえば、サントリービバレッジ&フードが啓発する「こども気温」という取り組みがあります。地面に近い子どもの身長の高さでは、大人よりも気温が「+7℃」も高くなるという事実をご存知でしょうか。過酷な環境下において、子どもにとっての「いい日陰」は熱中症警戒レベルを1段階下げるほどの効果があり、日陰の存在が直接的な「命のインフラ」になることを示唆しています。
また、行政もすでに動き出しています。東京都品川区は、都内で初めてとなる「日陰戦略」の策定を発表しました。これまで「日当たり」を中心に考えられてきたまちづくりにおいて、品川区の取り組みは猛暑から区民を守るための意図的かつ戦略的に「日陰」を生み出す大きなパラダイムシフトです。
さらに、グローバルな視点に目を向けると、気候変動下における「日陰の都市(The City of Shades)」について、人類学的な視点からその重要性を説く研究なども進んでいます。日陰は単なる物理的な影ではなく、人々が集い、共存するための「ケアの空間」として再評価されているのです。
3. 妄想/実装する|「ウィッシュ」を未来の都市へインストールする
体感を構造化した後は、いよいよそれを未来の都市像へと落とし込むフェーズです。プログラムの終盤では、都市と気候をめぐる複雑な絡まりを解きほぐすために、日常の視線や自分の身体感覚から生まれた「ウィッシュ(できる/しなければならない/やりたい)」が形になりました。
Y/Our Climateの参加者たちのウィッシュリストには、これからの都市の“あたりまえ”を塗り替えるような、具体的で刺激的なアイデアが並んでいます。
- 遊休不動産が、陰と風をデザインする実験区になる
- 気候インタープリターが、データと感覚の橋渡しをする
- 快適さが価値になる。不動産評価の新しい物差し
- 子どもたちの「日陰ハント」が、未来の都市地図をつくる
- 老舗の軒先や路地が、まちの微気候のインフラとして再編集される
一見すると、これらはまだ見ぬ未来の「妄想」のように思えるかもしれません。しかし、気候変動という前例のない課題に対しては、過去の延長線上の予測ではなく、こうした「ありたい未来」からのバックキャストが、新たなビジネスやまちづくりの青写真にもなります。
事実、こうしたウィッシュを地で行くような、スケールの大きな社会実装はすでに現実のものとして動き出しています。
たとえば、「遊休不動産の実験区化」や「老舗の軒先や路地(歴史・生態)の再編集」というウィッシュは、UR都市機構(独立行政法人都市再生機構)が進める大阪城東部地区(森之宮エリア)のまちづくりプロジェクトと深く響き合います。
この取り組みでは、従来の開発のように自然をコントロール(抑制)して街を固定化するのではなく、「生態系と共存する都市デザイン」が模索されています。人間の都合だけでなく「人間以外の視点(動植物や気候など)」も取り入れながら、時間や季節に応じて顔を変える豊かな街を実装しようとする最先端の試みです。
また、「データと身体感覚の橋渡し(気候インタープリター)」という視点は、気象そのものとの対話を試みる壮大な研究にも通じます。京都大学防災研究所が中心となって進める「豪雨制御プロジェクト」は、ゲリラ豪雨などの被害を軽減するために、気象に直接アプローチしようという大規模な最先端研究です。「雨はただ耐え忍ぶもの」という常識を覆し、テクノロジーの社会受容性を高めるため、気象と社会の新しい関係性をデザインするこの取り組みは、まさにデータと感覚を高度に橋渡しする実践の最前線と言えるでしょう。
そして、子どもたちの「日陰ハント」のように、もっと身近な草の根レベルでも、エネルギーや環境をクリエイティブに捉え直すウィッシュが形になっています。たとえば、太陽光発電だけで稼働する「オフグリッドウェブサイト」。地球規模の巨大なテーマを、生活者の手の届く身体的でクリエイティブなスケールへと翻訳し直すアプローチも、また一つの気候適応の実践です。
気候適応のまちづくりは、一部の巨大インフラ企業やデベロッパーだけに限りません。むしろ、プロダクトやサービスを持つ多様なプレイヤーが参入し、生活者の体感から芽生えたウィッシュを実装していくことで、街はよりしなやかで豊かなものになっていきます。
地球沸騰化という超マクロ課題の突破口は、「私」の小さな体感や対話のなかにこそ、眠っているのかもしれません。
登壇者の見つめる「沸騰化」のいま

地球沸騰化という巨大な課題に対して、私自身の「京都の過酷な夏をなんとかしたい」という切実な実感が本プログラムの出発点です。マクロな統計データに頼りきるのではなく、一人ひとりの身体感覚に基づくボトムアップのアプローチこそが、気候適応ビジネスの突破口になります。「私とあなた(Y/Our)」の小さな気づきや違和感を持ち寄り、「私たち(Our)」の未来のまちづくりへと繋げていく実践を皆さんと共に進めていきたいです!(国広)
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街を歩いて心地よい日陰を探す「日陰ハント」で見えてきたのは、気温や湿度などの数値だけでは測れない「日陰の情緒的価値」です。自らの五感で得た生々しい体感を、AIを活用して構造化することで、見過ごされていた街の歴史や資源に気づくことができました。こうしたボトムアップの探索プロセス自体が、気候変動を自分ごととして引き受けるための第一歩になります。生活者視点から未来の「ウィッシュ」を描き、共に新しい都市の当たり前を作っていけるといいなと思っています。(村上)
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気候変動に対する「適応策」は、私たちの生活圏をどう快適にしていくかという、極めて身近で実践的なテーマです。「暑いから家にいる」という選択だけでなく、生活者視点で「心地よい日陰」を再評価してデザインすることが、これからのウェルビーイングや豊かなまちづくりに繋がります。一部のインフラ企業だけでなく、多様なプロダクトやサービスを持つ企業が参入し、季節や時間に応じて顔を変える「可変性のある街」を一緒に実装していきませんか?(岩沢)
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編集後記──Y/Our Climateはなにをハックしたのか
地球温暖化は長らく関心を持ちつつ、どこか遠くから眺めるテーマでした。その距離がここ2、3年で縮まりつつあります。ただただ、うだるように暑いからです。
そんな頃に出会ったのがこのY/Our Climateで、見事に魔法にかけられました。街を歩けばつい、陰の落ち方を、木の植えられ方を、そこに佇む人の息遣い、あるいは思い出の影を想像してしまう。Y/Our Climateがすごいのは、きっと地球沸騰化のハックではありません。スゴみを感じたのは、参加したぼくたちの「自分ごと」のハックでした。
地球ごとは遠いですが、自分ごとはすぐそこの木陰にあります。そんな小さな気づきの積み重ねが、やがて街や人を動かすビジネスにつながるのかもしれません。
執筆・編集:青山 俊之(株式会社ロフトワーク)
沸騰都市のパラダイムシフトを読み解く、イベント再配信はこちらから
気候適応ビジネスの鍵となる? 「身体スケールと微気候」起点のデザインの可能性 —沸騰都市展 | リサーチレポートセミナー
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