FINDING
岩沢 エリ 2025.08.20

【連載】最近気づいていないことは何か?
#02|「株式会社」の起源と仕組みから、人口減少時代における企業の生き延びる道を考える

水先案内人:平川克美(文筆家/「隣町珈琲」店主)

ロフトワーク Culture Executive の岩沢エリが、各地で出会う実践者や現場から「社会の新しい兆し」を持ち帰り、これからの時代を読み解くヒントをお届けする連載「最近気づいていないことは何か? ー多元世界探訪記」。

第2回目は、「株式会社」をテーマに、その仕組みやシステムが持つ力について考えます。私たちは、当たり前と思っていることほど、その背後にあるシステムに無意識に反応しているものです。大きな時代の転換期である今だからこそ、当たり前すぎて見過ごしがちな事柄を、起源まで遡って根本から問い直し、未来を再構想することが重要です。

今回は、『株式会社の世界史 ー「病理」と「戦争」の500年』の著者である文筆家・実業家の平川克美さんを水先案内人にお招きし、「株式会社」が今も発揮している仕組みとその原理に迫ります。

平川克美(ひらかわ・かつみ)/文筆家、「隣町珈琲」店主。

1950年生まれ。早稲田大学理工学部機械工学科卒業後、翻訳を主業務とするアーバン・トランスレーションを設立。その後もさまざまな業態の会社を立上げ経営に携わる。企業経営の傍ら、株式会社を主なテーマに執筆活動も。『小商いのすすめ』『「消費」をやめる』『移行期的混乱』『株式会社の世界史』など著書多数。

「株式会社」は、人口増加する経済成長期を前提としたシステムだった?

岩沢エリ(以後、岩沢) 今日はよろしくお願いします。いきなりですが、「株式会社」について調べ始めたきっかけと、平川さんの視点からみる「株式会社」とは何かを教えていただけますか。

平川克美さん(以後、平川) 私が株式会社について考え始めたのは、自分が深く経営に関わっていたからです。最初は会社が成長して面白かったけれど、「これは一体何なんだろう」という疑問が出てきた。ちょうど、大学で教える機会もあったので、文化人類学や哲学も参照しながら考えました。

そもそも「カンパニー(company)」という言葉は、「パンを共にする仲間」という意味から来ています。一緒に食事をし、共に何かをする共同体。それが本来の会社のあり方だったはずですが、いつの間にか「儲けるため」「上場するため」という目的にすり替わってしまうことが多々起きる。この逆転はなぜ起こるのか。それは、そもそも株式会社は「利益の最大化」を唯一の目的として作られた仕組みだからです。

平川さんのインタビュー中の様子
平川克美さん。実際のインタビューでは、「正直なところ「株式会社」にはもう興味がない。」という衝撃発言からスタートしました。

株式会社はもともと、1602年のオランダ東インド会社が起源です。当時、大航海時代で航海技術が発展し、世界各地と貿易できるようになりました。しかし、船を仕立てるための莫大な資金が足りない。そこで、出資者、航海が成功すれば利益を配分するという、資本調達の方法が生まれました。さらに、出資者は出資した以上の痛手は負わない有限責任制も取り入れられたことで、株式会社という仕組みの基礎が確立しました。

また、人口が増え続け、経済も右肩上がりだったため、出資すれば高い確率で利益が得られたことです。株式会社は、まさに成長期を前提に生まれた仕組みだったとも言えます。

しかし現代の日本は、人口が減少しています。国立社会保障・人口問題研究所の予測では、2100年には日本の人口は5000万人を下回り、4,000万人台まで減少します。市場規模が縮小する中で、かつてのような成長は望めません。株式会社は成長を前提とした制度なので、この環境では根本的に成り立ちにくくなる。

グローバリズムは、その限界を覆すための試みでした。人口が減らない地域に進出し、市場を拡大する。しかし中国やインドも経済が成長すれば人件費が上がり、優位性は失われる。最終的には世界全体で差異が縮小し、人口増加も止まります。2080年頃に世界人口がピークに達し、その後減少に転じると予測されています。

この人口構造の変化はパラダイムシフトです。右肩上がりを前提としたビジネスモデルは無効化される。にもかかわらず、多くの人や企業はまだ古いパラダイムのままで、「人口が減ると大変だ、だから増やさなければならない」と考えています。唯一の人口増加策は移民の受け入れですが、それは多くの国で社会的な摩擦や分断を引き起こし、成功例はほとんどありません。

平川さんのインタビュー中の様子
平川克美さんの書籍より、人口増加ー減少の推移を図表で確認。

人口減少時代を前提とした、持続的経済循環モデルの鍵はどこにある?

岩沢 確かに、日本の企業や政治の議論は、人口増加を前提にしていることが多いですよね。減少を前提にした社会設計はほとんど語られない印象です。

平川 そうです。減ることを前提にどうするか、という議論が必要です。人口減少は確実に起こります。これは将来予測の中で最も精度が高いものです。50年後に今いる人がどれだけ生きているかはほぼわかるので、予測はほぼ外れません。

人口が減れば、マーケットが縮小し、経済成長は止まります。経済成長が止まれば株式会社の存在意義そのものが揺らぎます。ただし、成長が止まった状態でも経済は回せます。人類史の大半は定常的な経済で成り立ってきたのです。むしろ右肩上がりの経済は、ここ500年程度の短い現象です。かつて私は『経済成長という病』の中で、こう書きました。「大切なことは、どうしたら経済成長できるのかということではなく、経済成長しなくてもやっていくにはどうしたらよいのか」。

私が希望を感じるのは、「右肩上がりを前提にしない」動きです。クラウドファンディングのように、新しい資金調達方法や、持続可能な規模で営まれる共同体的な経済活動が各地で始まっています。規模は小さくても、地域の特性を活かした農業やものづくりなど、独自性のある事業は残っていくでしょう。ただ、右肩上がりモデルはスピードや効率化を重視し、人件費削減を進めるため、必然的に多くの人を労働市場から排除します。AIやロボットが知的労働も代替するようになれば、この傾向はさらに強まります。だからこそ、どこで反転させるかが重要です。

私が企業のコンサルティングをしていたときに大事だと思ったのは、「やりくり・折り合い・すり合わせ」です。複数の人が一緒に何かをやるとき、やり方や考え方は必ず違います。その違いをやりくりし、折り合いをつけ、すり合わせる――この3つが現場での創造を生みます。

しかし標準化やマニュアル化が進むと、この3つは不要になります。すべてが決まった通りに進むため、そこからイノベーションは生まれない。現場でやりくりやすり合わせをするからこそ、「じゃあこうしたらできるんじゃないか」という新しい発想が出てくるのです。ものづくりの現場には、まだ人間が悩み、楽しみながら作る余地がありますが、ビジネスの多くはペーパー上のやり取りになりつつあります。標準化と合理化を進めすぎると、自分たちの首を絞め、つまらないものしか生まれなくなる。

平川さんのインタビュー中の様子
インタビューは、平川さんが店主を務める隣町珈琲にて。

岩沢 株式会社のあり方を考えるとき、その現場感覚をどう残すかが重要なんですね。

平川 そうです。ただ、株式会社は制度としてすでに「成長前提」の方向に逸脱しています。私は隣町珈琲を合同会社にしたのも、資金集めのための借金を避けるためでした。借金は将来の利益を担保にしてお金を借りる行為であり、その返済ができなくなると経営者は精神的に追い詰められます。私自身、過去に1億円の借金を抱え、家を売り、一家離散のような経験もしました。返し終えたとき、「もう株式会社の形は持たなくていい」と思ったのです。

経済史的に見ると、人間の生存欲求(食欲・性欲・睡眠欲)はある程度満たされると自然に収まりますが、承認欲求や金銭欲にはブレーキがありません。貨幣は腐らないため、際限なく蓄積され、右肩上がりの経済を駆動します。しかし自然界は定常的なサイクルで成り立っており、取りすぎれば翌年の収穫は減る。株式会社もかつては自然の資源をもとにした「腐る経済」でしたが、金融化が進み、限界なく拡大しようとする構造になってしまったのです。

隣町喫茶の壁面
2020年11月に移転・リニューアルオープンした「隣町珈琲」の入口には、移転前の写真が大きく壁に張り出されていた。

岩沢 市場が縮小する中で、従来型の株式会社はどこまで存続できると思いますか。

平川 いずれは消えると思います。もちろんすぐではありませんが、人口が4,000万〜6,000万人にまで減ったとき、全く別の形態が出てくるでしょう。今も各地でその実験が始まっています。株式会社が営利を目的とする以上、定常経済とは根本的に相性が悪い。今後は非営利や合同会社のような形が増えるはずです。

岩沢 そうなると、多くの人は会社勤め以外の生き方も選択肢に入れることになりますね。

平川 ええ。ただ、多くの人は会社勤めを続けるでしょう。そのとき一番大事なのは「今をきちんと生きる」ことです。吉本隆明さんが言っていましたが、人間はご飯を食べ、子どもを育て、馬鹿にされながらも生き、やがて死ぬ。それだけで立派な人生です。特別な成果や知識の有無は関係ない。未来のために今を犠牲にするのではなく、与えられた環境で日々を丁寧に生きること。会社でも、自分の生活でも、それが本当に大切だと思います。私はこれからも、そういう生き方を支える考え方や場を探求していきたいですね。

平川さん岩沢のツーショット
最後に、平川克美さんと記念撮影。インタビュー終了後、平川本をどっさり買いました(笑)

インタビューを終えて:あとがき

平川さんへのインタビューを終えてから、いまもなお、消化不良が続いている。

そもそも「株式会社」ってなんだろう。という、こどものような問いから始まり、平川さんに会いに行った。「株式会社」の起源からみると、株式と経営の分離と、投資に対する有限責任制、そして商売としては、需要の増加を前提に成立している。需要という時、ほしい人の数と言い換えれば、人口増加を前提とするモデルとも言える。

今回、最も強いメッセージとして受け取ったのは、「人口は、減る。」ということだ。

日本はいまこの課題の真っ只中にいるが、やがて各国でも同様の問題に突き当たる。いまなお、人口減少にたいして、「どう人口を増やせるか?」という議論をしてしまいがちだが、人口減少したとき、多くの株式会社はどう立ち向かうのだろうか。この時、株式会社という点で特に大きな課題を抱えるのは、経営と資本の立場がはっきりと分かれている、上場企業をはじめとする、大手企業だ。ひとつは、「人口減少時代」を前提とした時に、あらためて自社が創造する価値とは何か。社会の中でどんな役割としてどんな価値を提供していくのかを本気で考える必要があるのではないか。

加えて、「株式会社」そのものが持つ起源と仕組みを理解した上で、「人口減少時代」における、あらたな「株式会社」の仕組みへ更新することも合わせて必要なのではないか。今回の対話では触れなかったが、『株式会社の世界史』で触れられていた、「株式会社」の強い仕組みの一つに「複式簿記」がある。今すでに、統合報告書などでも、会社の資産を可視化する方法が日々開発されているが、例えばこうした、資産価値の計上方法に新たな強制力をもった制度が生まれると、変わるかもしれない。

あるいは、その萌芽のいくつかが、社会や環境に配慮した事業活動を行う企業を認証する国際的な制度である、B Corp(※1)や、社会性と経済性の両方を追求し、相利共生(集団・群れとしての共存)を大切にしている企業を総称するゼブラ企業(※2)だったりするのかもしれない。

人口が減ることは、確度の高い未来予測のひとつだ。だからこそ、「良いか悪いか」ではなく、その変化の中で何が生まれるのかに目を向けたい。ビジネス視点からみれば、ビジネスの対象者が減るならば、取り合いよりも、分け合いの精神が重要だ。すなわち、協力・協働・共創が一層求められることになる。生活者の視点からも同様だ。周りに人が少なくなるなら、お互いに支え合うこと、助け合うことが一層大事になる。

多くの企業にとって、人口減少は事業成長の前提を揺るがす大きな変化だ。しかし、総人口が3分の1になるのはおよそ100年先のことであり、今日明日の出来事ではない。だからこそ、今から「人口減少時代」に備えた準備や探索を始めることが重要だ。同時に、現状の戦略を維持しつつ、この時代を明るい未来へとつなげる新たな事業の可能性を探ることが、これからの鍵になるのかもしれない。

それから、「今日を生きる」こと、ですね。今を生きることとは、すなわち暮らしに心を向けることかもしれない。未来のために今の生活を犠牲にせず、生活を基盤に、物事を捉え、過ごし方を変えることが、未来を変える力の源になるのかもしれない。

岩沢エリ

平川さん岩沢のツーショット

※1:B Corporation(B Corp)とは
B Corpは、2006年に米国で始まった「ビジネスを通じて社会を変える」ムーブメントで、米国NPO法人「B Lab」が運営する国際認証制度です。社会性と利益を両立する企業を対象に、環境・社会的パフォーマンス、透明性、説明責任など200を超える厳格な基準(Bインパクトアセスメント)を企業全体にわたって評価し、基準を満たした企業が認証を取得できます。B Corpは現在、世界102カ国以上・160以上の産業に広がり、1万社以上が認証を取得しています。
B Corporation™

※2:ゼブラ企業とは 
ゼブラ企業(Zebra)とは、社会性と経済性の両方を追求し、相利共生(集団・群れとしての共存)を大切にしている企業の総称です。短期間に市場を独占し、時価総額の最大化を目的とする「ユニコーン企業」へのアンチテーゼとして生まれ、「企業利益」と「社会貢献」という相反する目標を両立することから白黒模様の「ゼブラ(シマウマ)」にたとえられています。

【連載】最近気づいていないことは何か? ー多元世界探訪記

序論:最近気づいていないことは何か? 多元世界探訪記

#01|伊藤光平(株式会社BIOTA 代表取締役)
見えない生き物たちの存在から未来を感じ取る

#02|平川克美(文筆家/「隣町珈琲」店主)
「株式会社」の起源と仕組みから、人口減少時代における企業の生き延びる道を考える

#03|ヒダクマが育む飛騨の森の共創エコシステム
森の価値を探求する「味方」を増やし、多様な「見方」から芽生えるイノベーション

Keywords

Next Contents

AIは魔法じゃない。FabCafeが問い続けるテクノロジーとの関係性