土地と交わり、伝統芸術・工芸の魅力をひらく。
2年目を迎えた『阿寒アイヌアートウィーク 2025』
Outline
民族の伝統と現代アートが交わり、 アイヌ文化の魅力を伝える3週間の祭典
アイヌ文化の魅力と阿寒湖の雄大な自然に触れられる「阿寒湖アイヌコタン」。この土地を舞台に、2025年10月、阿寒湖アイヌコタンを拠点とする作家と現代アーティストたちが共演するアートの祭典「阿寒アイヌアートウィーク2025」(以下、アートウィーク)が開催されました。
2024年の初開催から2回目を迎えた今年は、展示エリアを阿寒湖温泉やアイヌコタン周辺の8会場とする「周遊型展示」へと拡大。地域全体を舞台に、伝統的な技術と現代的な感性を融合させたアイヌアーティストによる芸術作品や、阿寒湖への滞在制作を通して生まれた現代アーティストによる新作が発表されました。
阿寒との縁を再び繋ぐ、多様なアーティストを招聘
本アートウィークには、声と身体を主な表現媒体とするアーティスト・コムアイや、イラストレーター/アーティストの三井田一成(Kads MIIDA)などが参加。阿寒湖アイヌコタンの作家も含め、8名のアーティストが新たに加わりました。
さらに、昨年度の『阿寒アイヌアートウィーク2024』にも出展され、関係性を育んできた現代アーティストの面々が再び阿寒湖を訪れ、滞在制作を実施。アイヌアーティストと現代アーティストのコラボレーション作品も生まれるなど、前年の経験を踏まえ、地域との関係性が深くなっていく様子が各所に現れた開催となりました。
さらに、昨年度事業の映画で主演を務めたxiang yuや、かつて「イコㇿ」で上演されたシアタープログラム『ロストカムイ』で音響制作を担ったサウンドデザイナー・Kuniyuki liveらをはじめとするアーティストを招いた音楽イベントも開催。この土地に関わりのある制作者たちを再び巻き込みながら、3週間のアートの祭典を盛り上げました。
アイヌ文化と土地の魅力を伝える、プログラム設計
会期中には、阿寒湖アイヌコタンを訪れた人々が多様なプログラムを通してアイヌ文化の深い魅力を体感できるよう、阿寒湖温泉内の観光事業者や施設運営者と連携。阿寒湖アイヌシアター「イコㇿ」での伝統演目の上演、地域の自然や文化に触れるガイド付きツアー、子ども向けワークショップなども実施しました。
阿寒湖アイヌコタンの観光産業の発展に長期的な展望から寄与することを目指した本事業。ロフトワークはプログラムのプロデュースから企画設計・実施を一貫して伴走しました。
2024年に「阿寒アイヌアートウィーク」という”場”が生まれたならば、2025年にはアーティストや地域住民、現地の作家たちとの間に“関係性”が生まれた年だったと言えます。そんな本事業の全体像をご紹介します。
▼2024年度に実施された「阿寒アイヌアートウィーク 2024」の詳細はこちら
Output
広がる地域との関係性
2025年のアートウィークは、昨年の主要展示拠点に加えて阿寒湖温泉エリアにも会場を広げ、全8会場での開催となりました。
新たに加わった会場には、地元の宿泊施設や温泉街の施設も。会場数の増加は、アートウィークに関わる地域の担い手が増えたことを意味します。アイヌコタンに閉じていた物語が温泉街まで広がることで、まちを歩きながら自然にアートと文化に触れる体験が生まれ、阿寒湖の魅力やアイヌ文化への入り口がより多様なものになりました。
参加アーティスト
2025年のアートウィークには、アイヌアーティスト15名、現代アーティスト8組、合計23組が参加。木彫・刺繍・ガラス彫刻といったアイヌ伝統工芸の作品から、サウンドアート・映像・インスタレーション・ライブドローイングまで、多様な表現形式の作品が全8会場に点在しました。阿寒湖への滞在を通じて豊かな日常に触れながら生まれた新作が展示されました。
阿寒湖アイヌコタン出展アーティスト(50音順)
秋辺 日出男/井上 綾子/岡田 実/鰹屋 エリカ/郷右近 富貴子/下倉 洋之/平良 秀晴/床 州生/西田 香代子/原 良樹/平間 覚/辺泥 敏弘(Pete)/森田 薫/八木 達也/渡辺 澄夫
招聘アーティスト(50音順)
磯崎 道佳/加々見 太地/Kads MIIDA /木下真紀/コムアイ/MANA HIRAI/丸山 翔哉(IEEIR)/山口みいな
参加アーティストの詳細は、公式サイトよりご覧ください。
作品紹介
アイヌ作家と現代アーティストの共同制作や、阿寒湖への滞在制作、閉業した場所をインスピレーションとする作品など、多様なプロセスから作品が生まれた今回。その作品の一部をご紹介します。
辺泥 敏弘(pete)(アイヌアーティスト)+ 山口みいな(現代アーティスト)共同制作|音と線(on × sen ̶ a dialogue)
今年度初めて、アイヌアーティストと現代アーティストによる作品の共同制作が実現。昨年の「場の立ち上げ」から一歩踏み込んだ、アーティスト同士の関係性の変化を象徴しています。
ライブドローイングのような形式で進められた制作プロセスは、それ自体がひとつのパフォーマンスとなりました。異なる文化的背景を持つつくり手同士が同じ場に立ち、互いの手法に影響を与え合いながら1つの作品を生み出すプロセスは、アートウィークが大切にしてきた「ラタㇱケㇷ゚(まじりあい)」の精神をまさに体現するものでした。
KOM_I + 太田 光海|ドラック&ドロップされた記憶のジャングルジム
アーティスト・コムアイ(KOM_I)が阿寒湖を初めて訪れたのは、アイヌの伝統的な祭り「ウタサ祭り」への参加がきっかけでした。生活と共にある歌と踊り、その源泉である精神性に深く感銘を受け、今年は出展アーティストとしてこの地に戻ってきました。
コムアイが今回向き合ったのは、かつて阿寒湖の人々の溜まり場だった「ミュージックサパー(サパーエイト)」という場所の記憶です。
音楽と人が集い、語らいが生まれたその場所の記憶を、コムアイは音と身体で現在に引き寄せました。今は姿を変えたその場所の痕跡と、コムアイの表現が重なり合い、過去と現在、人と場所をつなぎ直すような作品空間が生まれました。
アイヌアーティストらの作品においては、伝統的なアイヌ民族の表現技法と現代的な素材・表現方法を組み合わせた作品や、アイヌ民族の自然観や精神性を現代アートの手法で再解釈した作品、さらに歴史的な価値を持つ貴重なアイヌ美術・工芸作品など、そのバックグラウンドが反映された作品たちに焦点を当てました。
Approach
“アイヌアートの地”への認知を、
知る・つくる・聴くの特別な体験で広げる
2024年のアートウィークで得た手応えと課題を踏まえ、2025年は地域全体を巻き込む場をつくることを目指しました。そのために実施した新たな施策を紹介します。
宵祭りツアー——既存のプロモーションと地域外を「つなぐ」設計
地域外へのプロモーション施策として、主要都市を巡る「AAAW宵祭りツアー」を8月から開催。10月のアートウィーク開催に先駆け、2025年度のテーマや阿寒湖エリア周辺に拡大した展示の見どころをアイヌアーティストとともに解説しました。
ツアーでは、昨年の同事業で制作した十川雅司監督の短編映画『urar suye(ウララ スエ)』、『cupki mawe(チュプキ マウェ)』も上映。阿寒の自然やアイヌ文化から着想を得た、オリジナルのコラボメニューの提供など、特別な体験を通して、アートウィークへの期待を醸成しました。

キッズアートワークショップ——新たな来場層への入口(初開催)
キッズアートワークショップでは、現代アーティストの山口みいなを講師に迎え、アイヌ文化に親しみながらつくる楽しさを体験できるプログラムを実施。これまでアートウィークに縁遠かった地域の家族連れや子どもたちにとっての新たな入口となりました。

音楽イベント——「ミュージックサパー」一夜限りの復活
集客施策の一つとして、土地にゆかりあるアーティストを招いた音楽イベントを開催。かつて阿寒湖の人々の溜まり場だった「ミュージックサパー」の一夜限りの復活をテーマに、昨年の本事業で制作された短編映画に主演したxiangyu(シャンユー)と、アイヌの伝統楽器トンコリ奏者の辺泥敏弘(Pete)が共演。
さらに、メインビジュアルを使ったシルクスクリーン体験や、ドローイング、刺繍体験なども同時開催され、アーティストも来場者も一緒になってその場をつくる時間に。コムアイの出展作品ともリンクしたこのイベントは、展示を「見る」体験を超え、地域の記憶に身体ごと参加するような夜となりました。

メディア連携——都市部の文化的関心層への接点をつくる
今年は、ファッション・カルチャーメディア「HOUYHNHNM(フイナム)」との連携が実現。昨年度にはまだ届かなかった都市部の文化的関心層への接点をつくることを狙いとしました。現代アートやストリートカルチャーとの親和性が高い読者層に、阿寒湖アイヌコタンの固有の魅力を届けることで、アートウィークを知る人の輪が広がっています。
記事の詳細は、公式サイトよりご覧ください。
Concept
"エイワンケ ヤ?:遠い記憶と、これからの私をつなぐ旅"
多様なアーティストが参加した今年度のアートウィーク。企画を統べるテーマには「エイワンケ ヤ?」というアイヌの言葉が選ばれました。
「エイワンケ ヤ?」とは、アイヌ語で「お元気ですか」を意味する言葉。忙しい毎日のなかで、ふと立ち止まり、自分の心と向き合う時間を持てていますか——そのような問いかけが、今年のテーマには込められています。
大きな湖と山々に囲まれた阿寒湖アイヌコタンを歩きながら、自然にふれ、そこに生きた人々の記憶に思いを馳せる旅。前年のコンセプト「創造のラタㇱケㇷ゚」が異なる文化の交差点として場を立ち上げることを目指したとすれば、2年目のテーマは、その場所に自分自身の記憶や身体を持ち込み、アートを通して内側に触れることへの誘いとも言えます。
このコンセプトは、多様なルーツを持つ人々が交流してきた阿寒湖アイヌコタンの歴史や、伝統を守りながらも新しい表現に挑戦するアイヌのアーティストたちの精神、そして外部の多様な文化との積極的な交流を重視する姿勢を表しています。
阿寒湖という場所を歩きながら、自然と、人々の記憶と、そして自分自身と、もう一度向き合う体験を届けることが、2025年のアートウィーク全体に通底するコンセプトでした。
異なるアーティスト同士の 対話と協働を実践する
「阿寒アイヌアートウィーク2025」の体験を形にする上でもっとも重要だったのは、昨年に続いて行われた、異なるバックグラウンドを持つ作家、事務局、関係者らによるによる対話と協働のアプローチです。
一方、国内外から招聘された現代アーティストらは、作品をつくるにあたって阿寒湖に滞在してのフィールドワークを実施。自然や文化、地元の人々との対話を通してインスピレーションを得て、作品を制作しました。
それぞれが影響を与え合い、同じ場所で制作をすることや、今年度初めて実現した共同制作の作品が生まれ、目指している対話と協働が叶っていきました。
Outcome
アイヌアートの地としての 未来を歩む道筋を描く
釧路市とアイヌアーティスト、そして現代アーティストたちが協働した今回のアートウィーク。その実践は、短期的な観光誘客施策に留まりません。それは、阿寒湖アイヌコタンで長らく育まれてきた美術・工芸を通してアイヌ民族の歴史や文化への理解とリスペクトを抱く人々との関係人口を広げ、地域の観光産業を長期的に育てていくための、次なる一歩となる挑戦でした。
初年度に立ち上げた場が、2年目に入って着実に育ちつつあります。一度この地を訪れたアーティストが再び戻り、アイヌアーティストとの共同制作へと発展する動きが生まれました。また、展示会場は8か所へと広がり、地域の担い手たちと来訪者との新たな接点も増えています。こうした深まりと広がりの両面が、阿寒湖アイヌコタンが「アイヌアートの地」として成長していくための礎となっています。
また、昨年度の本事業を通じて制作された短編映画『urar suye(ウララ スエ)』が、日本国際観光映画祭2025にて旅ムービー部門最優秀賞を受賞。地域の文脈から生まれた映像作品が、広く社会に認められる成果となりました。
アートウィークを契機とした地域内外のアーティスト同士の対話と協働の実践は、伝統的な芸術・工芸の新たな展開や、観光資源としての発展可能性を示唆しています。
執筆・編集:平井 真奈/室 諭志 編集:乾 隼人/Loftwork.com編集部 撮影:崎 一馬
基本情報
- クライアント:釧路市、阿寒アイヌ工芸協同組合
- プロジェクト期間:2025年6月〜2026年3月(アートウィーク会期:2025年10月12日〜31日)
体制
- 主催:釧路市
- 企画・制作
- 株式会社ロフトワーク
- プロジェクトマネジメント:平井 真奈
- プロデュース:室 諭志、二本栁 友彦
- クリエイティブディレクション:高橋 ナオヤ、手塚 太地、岡本かなは
- 株式会社ロフトワーク
- 制作:
- アイヌ文化監修:阿寒アイヌ工芸協同組合
- キュレーション(現代アート):NINE LLP 藤原 さゆり
- グラフィック:Commune Inc.、icco
- ウェブサイト:Caramel
- 会場設計・施工:INDIVIGATE
- 音響:株式会社プリズム
- 撮影:崎 一馬
- 取材:HOUYHNHM(フイナム)
- 参加アーティスト:
- アイヌアーティスト:秋辺 日出男、井上 綾子、岡田 実、鰹屋 エリカ、郷右近 富貴子、下倉 洋之、平良 秀晴、床 州生、西田 香代子、原 良樹、平間 覚、辺泥 敏弘(pete)、森田 薫、八木 達也、渡辺 澄夫
- 現代アーティスト:磯崎 道佳、加々見 太地、木下 真紀、KOM_I(コムアイ)、MANA HIRAI、丸山 翔哉(IEEIR)、三井田 一成(Kads MIIDA)、山口 みいな
- 施設協力:民芸店コロポックル、野の花ギャラリー、カナヤマビル、阿寒湖バスセンター、遊覧船乗り場「まりもの里」桟橋、観光汽船 (ましゅう丸)、前田一歩園 広場、ボッケ遊歩道
- 実施協力:阿寒アイヌクラフトセンター ハリキキ、鶴雅リゾート株式会社、一般財団法人前田一歩園財団、NPO法人阿寒観光協会まちづくり推進機構、阿寒湖アイヌコタンの皆様、阿寒湖温泉の皆様







