“音”のなかに、土地の個性は溶けているか?
長崎・佐世保で開かれた、実験的ミュージックアワード
その土地固有の“らしさ”は、どこで見つかるのだろうか。風土や風景だけでなく、まちで聞こえる“音”のなかにも、その土地のらしさは詰まっているのではないか。そうした問いかけのもと行われたのは、まちでフィールドレコーディングされた音を素材に、音楽をつくるという実験的な取り組み。私たちロフトワークはこの音楽制作を通して、まちに眠る文化的な土壌に触れる体験を生み出すことができるのではないかと考えました。
佐世保市は、長崎県内で開催される国民文化祭「ながさきピース文化祭 2025」の関連企画として、公募企画「Sasebo Sound Chronicle Award」を実施。佐世保市の“いま”を表現し、街と共にある音楽を生み出すためのミュージック・アワードとして開催されました。ファイナリストに選出された9作品は、佐世保市博物館島瀬美術センター(通称:しまび)で開催される特別展での展示が行われ、グランプリに選ばれた作品には、佐世保市で開催される授賞式への招待と、演奏の機会がつくられました。
ロフトワークは本アワードの企画・設計・運営を担当。公募を通して佐世保という地域にアーティストの関心を集め、地域の外から新しい風を吹き込む企画を目指し、取り組みを行いました。
Outline
全国のクリエイターにひらかれた「音の公募展示」
長崎県で開催された文化の祭典『ながさきピース文化祭』。祭典に関連して各自治体が独自の文化振興事業に取り組むなかで、佐世保市は今回のアワードを開催することに。佐世保のまちでフィールドレコーディングされた音源を素材として活かしてもらうことを作品制作の条件とし、全国から50件の作品が応募されました。
クリエイターとの関わりは、佐世保への関心を広く集めるきっかけとなりました。まちの音を使った音楽アワードという実験的な試みは、長崎県内のクリエイターだけでなく、全国さまざまな土地からのクリエイターたちの参加をも促しました。
Concept
揺れ動くまちで「Shoreline(波打ち際)」がテーマになる理由
本アワードでは、『Shoreline 混ざる、響く』をエントリーテーマとして掲げました。港町としての顔、朝市の伝統、米海軍基地のもたらす文化、そして街並み。異なるものが混じり合い、さまざまな音が響き合う佐世保の街を象徴するテーマを設定することで、現代の佐世保がもつ多様な表情や奥行きを音楽で表現することを求めました。結果、ジャンルを問わず多種多様な作品が全国から寄せられました。
“音楽”という目に見えない媒体を通じて、佐世保を描くことに挑戦した本企画。音楽は響きや余韻が広がるなかで聴く人の記憶や感情に語りかけます。日常の中にある“平和”の感覚を、音楽を通して紡いでいきたいという想いから、今回のアワードは企画されました。
今回のプロジェクトが開始する以前に、長崎県とのリサーチプロジェクトを実施していたロフトワーク。食の賑わい拠点創出にまつわるリサーチプロジェクトを通して、佐世保の街にも何度となく足を運んでいました。
そこで出会ったのが、今回のプロジェクト担当者となった中尾大樹さん。彼は行政職員でありながら、多様なカルチャーが混ざり合う佐世保のまちを楽しい居場所にしていこうと、宿やカフェを運営。その活動は人を巻き込みながら広がってきました。中尾さんから、佐世保のまちのこと、まちへの思いを聞いたロフトワークの面々もまた、佐世保への思いを募らせていきます。
そんな様々なつながりから、「ながさきピース文化祭」の展示企画について佐世保市実行委員会からお声掛けいただいたロフトワーク。「あたらしい公募の実施」が決まった佐世保で、アワードの開催を企画しました。
Approach
創作を誘発するため、「佐世保の音」を提供
本アワードでは、九十九島の波音や造船所の響き、佐世保バーガーの調理音といった街独自の「サウンドスケープ ※」を事務局が採集し、制作素材として提供しました。
ユニークな点は、これらの音源を必ずしも楽曲に組み込む必要はなく、あくまで制作の「インスピレーション源」として位置づけたことです。この音源を通して、全国にいるクリエイターに佐世保の街との接点を持ってもらい、街の空気感を自由に解釈し、ジャンルを問わない多様な音楽表現を促す、実験的な試みとなりました。
▷提供した音源素材はこちら
※サウンドスケープ……自然音や人工音を含む「周囲の音環境全体」を、ひとつの風景として捉える概念。音を通じて人と地域との関係性をひもとき、それらを土地固有の文化として捉えようという試みでもある
プロフェッショナルによる審査
審査員として、高い専門性を持つ外部のプロフェッショナルに審査を依頼。地域らしさや「地元のPRになっているか」という視点ではなく、音楽表現としての面白さを純粋に評価することを示しました。著名である二名の音楽家が審査員を務めたことで、多くの質の高い音楽作品を集めることができました。
また、審査員2名によるアワードの振り返り記事も制作。2026年3月に発行された『港響 Sasebo PORT-folio 西果てのワルツ』(発行 : ながさきピース文化祭2025 佐世保市実行委員会)に掲載されました。以下に、応募作品への感想を引用します。
蓮沼執太
音楽を作る技術という意味で、全体的に完成度の高い作品が多かったですね。その中で、ただ技術が高いからというわけではなく、なぜ佐世保の音を使っているのか、それがどういうコンセプトになり、そこに作曲家の感情がどんな風に込められているのか。そこに向き合うようにしていました。音楽には「ぽさ」というか、ジャンル的にまとめてしまう部分がどうしてもありますが、それを感じさせない個性的で豊かな音楽たちが集まっていた。それは、佐世保の音を使うというある種のルールみたいなものが、一人ひとりの作曲家の「感情」と「音」をすり合わせる体験的なプロセスをもたらし、それが結果的に個性という形で表れたのかなという気がします。
── Sasebo Sound Chronicle Award インタビュー より引用
Kuniyuki Takahashi
どの作品も音楽的に素晴らしく、音に対してそれぞれの複雑な感情が寄せられた、想像力をもったものばかりでした。そういう意味でどの曲にも深く入れば入るほど意味も感じられるので、まずはみなさんが作ったものを「聴く」姿勢をこちら側が問われましたね。どうしても僕なりの暮らしのリズムの中での聴き方になる部分は出てきてしまいますが、曲を聴く時間や場所を変えながら、できるだけ曲の表情に出会えるように意識していました。
── Sasebo Sound Chronicle Award インタビュー より引用
Output
50作品が集まる
今回集まった作品数は、50作品。応募された楽曲の数々は、「Sasebo Sound Chronicle Award」のサイトに掲載されており、クリエイターが楽曲をアップロードしたリンクが記載されています。
また、応募条件として必要だったコンセプトを表すキャプションも記載。それぞれのクリエイターが佐世保のまちでフィールドレコーディングされた音に対して何を思い、どのように音楽を作ったかの軌跡を振り返ることができます。
No.14 響きのゆくえ Ai Kakihira
応募作品URL:https://awrd.com/creatives/detail/17193876
発泡スチロールやビニール、ダンボールの音、遠くに聴こえる鳥の声。そこに浮かび上がる会話。
日常の中で自然に立ち上がるリズムと声に、私は作為のない音への憧れを抱きました。
彼らの中にうまく溶け込むためには、彼らの生活に寄り添っているであろう海のリズムが必要だと感じ、白浜海岸の波の音でリズムを作り、その上に水面が揺れるようなシンセの音を乗せるところから始めました。
環境音に似た音を作ったり、それに応えるように音を重ねていくうちに、現実と創作の境目が少しずつ溶けていくのを感じました。
しかし、作る以上は切り離せない作為。距離を置くように、完成したものをテープレコーダーで録音し、意図的な作品として映画のように切り取ることにしました。Engineered, Mixed & Mastered at Soft Bias studio by bisshi
No.12 the common chorus il
応募作品URL:https://awrd.com/creatives/detail/17191713
佐世保は、様々な文化との関わりあいの歴史を象徴するような都市の姿がある。こうした固有性を音楽を通じて表現するにあたり、ディレイ・エフェクトによって得られる持続的なフィードバック効果がヒントになった。フィードバック効果によって音が引き延ばされていき、やがて抽象化される過程は、1つの音楽の中に異なる時間軸同士が混在するような感覚を与える。また、抽象化された音はメインのフレーズに対して背景のように機能する。こうしたフィードバック効果によるサウンドスケープを佐世保の歴史的、文化的な奥行きのメタファーとして置き換えることを目指した。
No.1 混沌 koji itoyama
応募作品URL:https://awrd.com/creatives/detail/17148975
混ざり合っている街、佐世保。寂れた場所もモダンな場所も、人種も食もミックス。今回の音楽は、その寂れたニュアンスと混沌とした世界観を表現しました。
音素材の中の「造船所の作業音」でかすかに聞こえるパッドのようなサウンドがC#。これだけでも成立しそうな素材でしたが、作品にするということで音を足して佐世保のサウンドトラックへと進化させました。
具体的には、造船所から徐々に視座が引いていき、佐世保の丘の上から町全体を見下すようなイメージの設計に。
ぜひ、自身がドローンになったつもりで浮遊しながら聴いてください。
海を感じる会場で、公募作品に没入する音楽展示

ファイナリストに選ばれた9つの作品は、長崎県佐世保市の〈しまび〉で開催される特別展で展示。会場には、海を連想させるような深い青色の木目調の壁面が造作され、ファイナリスト9作品のリスニング・ステーションが並びます。来場者が自分の世界に入り込んでじっくりと「音楽」に向き合える環境がデザインされました。
今回のアワードと展示において、島瀬美術センター(しまび)に新しい展示表現を持ち込むことも目的の1つでした。従来の視覚的な展示がメインだったなかで、“音”という多様な捉え方ができる表現ツールを持ち込むことで、より一層、しまびを地域に開かれた場所にすることを目指しました。
グランプリ受賞者には、現地での作品演奏の機会が
50作品のなかでグランプリに輝いたのは、長崎県出身のアーティスト Ai Kakihiraさんの作品『響きのゆくえ』。アワードのテーマである「Shoreline 混ざる、響く」を作曲体験そのもので体現するようなユニークなアプローチと、音楽表現としての質の高さが評価されました。
グランプリ受賞者に与えられた最大の特典は、自身の作品を「街に還元する」形でのライブパフォーマンス(作品披露)の機会の提供でした。まちでフィールドレコーディングされた音が作品の形に変わり、その音楽が演奏されることで、また新しいまちの風景をつくり出していく。そうした風景を目指したライブステージでもありました。
会場となったのは、日本と米国の敷地が半分ずつ混ざり合っている象徴的な場所であり、ストリートカルチャーの拠点としても知られるミニッツパークに隣接するスケートボードパーク、3on3コート(佐世保公園)。当日は3on3のバスケットボール大会が開催されており、ストリートスポーツの熱気とともに演奏が行われました。作家の解釈によって生まれた「佐世保のまちの音からうまれた作品」が、実際に佐世保の日常のなかで響いていく特別な時間となりました。
Kakihiraさんは受賞式で、今回の制作を振り返るコメントを残してくれました。
平和への思いが日常に息づく場所である生まれ育った長崎と、音楽で繋がることはずっと心に抱いていた夢だったので、今回の受賞はこれからの音楽活動の大きな支えとなります。
審査員の蓮沼執太さん、Kuniyuki Takahashiさんからいただいた宝物のようなお言葉を胸に、これからも音の世界を追求して行きたいと思います。──グランプリ・Ai Kakihiraさんの受賞コメントより引用
Outcome
音楽によって表現された、「いまの佐世保」への問い
今回応募された数多くの作品たちによって、音楽を通した新しい「佐世保のいま」が表現されました。土地の歴史を辿ることや、内向きな精神性を表現することではない、全く新しい方法に挑戦したからこそ、佐世保だけに閉じることのない作品が生み出されたことでしょう。そうして集まった作品の1つ1つが、「いまの佐世保らしさとはなにか?」を問いかけるものとなっています。
さらに、長崎での展示後には東京での展示も実施。今後も異なる土地で展示されるという次の展開に繋がっています。
公募から生まれた問い「地域性は、音にどう現れるのか?」
今回のプロジェクトで行われた「音楽によって佐世保を描く」という試み。完成した作品達は佐世保だけに止まらず、地域を超えて伝播しようとしています。有意義なアワードが佐世保では実現できたという実感を得る一方で、地域の音楽アワードに対する問いも新たに生まれました。
それは、「地域性は、音や音楽にどのように現れるのか?」という問い。今後は、他の地域で同様のアワードを実施し、この問いに対する検証を行っていきたいとプロジェクトメンバーは語ります。
Credit
プロジェクト基本情報
クライアント:ながさきピース文化祭2025佐世保市実行委員会
プロジェクト期間:2025年7月〜12月
Credit
●体制
プロデューサー 室 諭志
プロジェクトデザイン 寺本 修造
プロジェクトマネージャー/クリエイティブディレクター 村上 航
クリエイティブディレクター 天野 凜、䂖井 誠
以上 株式会社ロフトワーク
●パートナー
Sasebo Sound Chronicle Award
- 審査員 蓮沼執太、Kuniyuki Takahashi
- フィールドレコーディング 丸山翔哉(ロフトワーク)
- 音響設計協力 玉田和平(衛星)
- アワードキービジュアル制作 吉村隆治 アシタカデザイン株式会社
- アワードキービジュアル写真提供 松尾修
ながさきピース文化祭 2025特別展
西果てのワルツ
させぼピース展 − 海からたどる、時の旅
- コンセプト設計・展示構成 佐伯 圭介 星ノ鳥通信舎
- 空間構成 寺田英史 tamari architects
- 展示美術 長岡綾子 長岡デザイン
- 展示空間・什器制作 株式会社井手建設、有限会社スタジオアクア、有限会社古賀広告美術社
- 写真記録 藤本 幸一郎









