万博3会場で、エネルギーと自然の新しい関係性を次世代と探る
電力館×ガスパビリオンの学生向け体験ワークショップ
2025年9月、大阪・関西万博のテーマウィーク関連企画として、学生向けワークショップ 「森とエネルギーとわたしたち ― 生物多様性から未来のエネルギーを考える」 が開催されました。本記事では、当企画が行われた背景や意図、そして当日行われた内容や学びを紹介します。
取材・文:小倉ちあき
撮影:小黒 恵太朗
編集:浦野 奈美(ロフトワーク)
プロジェクト概要
エネルギーはこれまで「脱炭素」の視点で語られることが多くありました。しかし、自然の恵みをどう活かし、どう守りながら暮らしていくのか。都市と自然、エネルギーと生物多様性の間には、多くの矛盾や対立が存在します。この複雑なテーマを次世代と共に考えるため、ロフトワークは、電気事業連合会と一般社団法人日本ガス協会とともに万博会場における学生向けのプログラムを設計・実施しました。
今回の企画は、エネルギーと生物多様性という未来社会の根幹にかかわるテーマを、フィールドワークと対話を通して次世代を担う学生たちが“持続可能な未来”を自分の言葉で探究する1日の集中プログラムです。「ガスパビリオン おばけワンダーランド」と「電力館 可能性のタマゴたち」、そして「静けさの森」を巡り、未来のエネルギーや自然との関わりを体感した学生たちは、その後のセッションで問いを投げかけ、未来を描くヒントを見出していきました。
プロジェクト基本情報
- クライアント・主催:電気事業連合会、一般社団法人日本ガス協会
- 会場協力・共催:一般社団法人関西イノベーションセンター
- プロジェクト期間:2025年7月〜9月(クリエイティブ企画から当日運営、記事制作までを担当)
- プログラム実施日:2025年9月22日(大阪・関西万博テーマウィーク「地球の未来と生物多様性」期間中)
- 支援スコープ:企画設計/イベント構築・ワーク設計/ビジュアルデザイン・ツール制作/ワークショップ登壇講師の選定・アサイン/学生募集・選考/当日運営/実施記事の取材・執筆・編集・公開
体制
- ロフトワーク
- プロジェクトマネジメント:許 孟慈
- クリエイティブディレクション:山崎 萌果
- プロデュース:山田 富久美
- フェロー:小島 和人(ハモ)
- ゲスト
- 忽那 裕樹(株式会社E-DESIGN)
- 寺浦 薫(株式会社E-DESIGN)
- 深野 祐也(千葉大学)
- 制作パートナー
- メインビジュアル・ツールデザイン:瀬古 奈美
- 記事取材・制作:小倉 ちあき
- スチール撮影:小黒 恵太朗
エネルギーと自然を「自分の体で感じる」学びへ
閉幕が近づき、熱気を帯びる大阪・関西万博の会場。人であふれる大阪メトロ・夢洲駅のフロアに、この日の参加者である学生たちが集まってきました。全国から集まった学生15名は、建築や都市デザイン、農学、環境関係など、それぞれ異なる領域を学ぶ多彩な顔ぶれです。これから互いの専門や視点を持ち寄りながら、未来を考えるための一日が始まります。
ガスパビリオン おばけワンダーランド:e-メタンが描く新しい都市ガスのかたち
最初に訪れたガスパビリオンのコンセプトは「化けろ、未来!」。XRゴーグルをつけて、未来に向けて「化ける」体験ができ、カーボンニュートラル社会の実現に向け、私たち一人ひとりが意識や行動を変える(化ける)ことの大切さを伝えながら、未来のエネルギー「eーメタン」についてもご紹介しています。「e-メタン」は、CO₂と水素から合成され、現在の都市ガスと主成分が同じため、既存の配管や家庭用機器をそのまま使えるのが最大の強み。この点に学生たちは強く反応し、「インフラを壊さずに移行できる現実味がある」とメモを取りながら熱心に聞いていました。2030年頃から家庭向けに供給を始める計画もあるそうです。
また実証実験として、万博会場内で出た生ごみを発酵させてできる「バイオガス」や空気中に含まれるCO₂と、再生可能エネルギー由来の水素から、e-メタンを製造し、そのガスは迎賓館の厨房で使用されているのだそう。さらに9月には「e-メタン・バイオガスWEEK」と題し、万博会場内のガス供給を100%カーボンニュートラルにする試みも実施されたそうです。
建物自体も「化ける未来」を体現!昼は銀色の「SPACECOOL」に周りの風景や空が映り込み、天候や時間によって表情を変え、夜は青色のライトアップで「カーボンニュートラルな炎」を演出しています。構造材や外壁素材もリユース前提で設計され、新素材「スペースクール」は放射冷却技術によって外気温より2〜6度温度を下げる効果から、空調負荷を低減することができます。
静けさの森:環境の器としての“森”を歩く
そのまま、万博会場全体の景観デザインを担当したE-DESIGN代表/ランドスケープデザイナー・忽那裕樹さんとアートコーディネーター・寺浦薫さんの案内で、万博会場の中心に広がる「静けさの森」へ向かいます。
「空間」を現場で体験的に学ぶための時間として企画されたこのツアーは、設計図ではなく歩きながら見ることで、“都市と自然の境界”を自分の身体で感じることを重要視していました。忽那さんは「水都大阪」のまちづくりにも携わり、都市に自然を取り戻す実践を重ねてきた人物。今回のツアーは、設計図や写真ではなく、歩きながら”都市と自然の境界”を自分の身体で感じることを重視した体験型プログラムとして企画しました。都市デザインの第一線で活動する専門家と一緒に「森」を歩くことで、学生たちは空間の成り立ちや意図を、肌で理解していました。万博会場全体は瀬戸内海に、緑地帯は海に浮かぶ島々になぞらえてデザインされており、中央に広がる「静けさの森」は一番大きな大島に見立てられています。埋立地の地盤はわずか70cmの土しかなかったため、最大2.7mの盛り土をして木々が根を張れる環境を整えています。「ここ全体を“環境の器”と考えているんです。器が整えば、どんな建築やアートも引き立つ」と忽那さんは話し、学生たちは大きくうなずいていました。
実際に森へ足を踏み入れると、人工物が視界から巧みに隠され、自然の中に迷い込んだような感覚に。「ここは周囲より3〜5℃、夏の路面では25℃も下がるんですよ」と忽那さん。会期中も木々が枯れないよう、屋根に降った雨水を集めて木々に届ける仕組みや、全域に張り巡らされた潅水チューブによる給水システムも備わっていることを知り、「自然を育てるのに、こんなに工夫があるんだ」と感心する声もあがりました。
森の中を歩くと、小さなワレモコウや桔梗の花が、春から秋へと季節の移ろいをそっと伝えてくれます。池の水面をのぞき込むと空が映り、学生たちが足を止めて見入ったのは、オノ・ヨーコさんの作品《空を映す鏡》。会場のアート作品のコーディネートを担当した寺浦薫さんは「誰にでも開かれた共有の風景である「空」から平和を想像しましょう、というメッセージが込められています」と言葉を添え、学生たちは静かに鏡を囲んで空を見つめていました。
忽那さんは最後に「ビルやコンクリートだけで都市をつくる時代はもう限界です。森や水辺を街の真ん中に置き、人が歩いて楽しめる場所に変えていくことが大事なんです」と語り、学生たちに「自分たちの世代でどんな都市をつくっていきたいか考えてほしい」と問いを投げかけました。
電力館 可能性のタマゴたち:楽しみながら学ぶ“未来のエネルギー”
最後に訪れたのは、「電力館 可能性のタマゴたち」。未来における様々なエネルギーの可能性について楽しく学ぶことができます。電力館に入ってまず出会うのは、カラフルに光る手のひらサイズの“タマゴ型デバイス”です。タマゴは、館内での体験に連動して光ったりふるえたりします。メインの「可能性エリア」では、核融合や振動力発電など未来を切りひらく可能性を持つ約30のエネルギーについて展示されていました。タマゴを持って可能性を探し集めていくうちに、「エネルギーの可能性で未来を切りひらく」という電力館のテーマが自然と染み込んでいく。出口に向かう学生たちは、手の中で光る小さなタマゴを眺めながら、未来の社会像を思い描いているようでした。
電力館の外観もワクワク要素のひとつ。天候や時間帯によって表情を変えるシルバーの外装は、ボロノイ構造の膜で覆われたタマゴ型。担当者は「カーボンニュートラルのその先を描きつつ、自然や周囲の環境と調和する建物にしたい」と語り、その言葉に学生たちも「建築そのものがエネルギーの未来を語っているようだ」と頷いていました。
「守る」でも「壊す」でもない。使いながら自然と生きる
フィールドワークを終えたあとは、MUIC Kansai に場所を移し、後半の対話セッションをスタート。対話セッションでは、万博で得た体感を深めるために、千葉大学大学院の深野祐也准教授とランドスケープデザイナーの忽那裕樹さんを招きました。
深野祐也准教授は、「研究の出発点はSFだった」と語る異色の進化生態学者です。人間活動と生物進化の関係を研究し、太陽光発電所での植生再生など、人間の環境と生物の共存可能性を科学的に解明してきました。今回のワークショップでは、生態学の「エネルギー=生き物が溜め込んだ力」という視点から人間中心の議論を問い直し、「対立から相乗へ」という転換の可能性を、SF思考と科学的知見を組み合わせて提示します。
一方、忽那裕樹さんは都市に再現した森で循環を体感させる実践を通じて、自然の力を生かす都市の道筋を示し、現場での試行錯誤から対立を乗り越える具体的な方法を提示します。「研究」と「実践」、「生態学」と「都市デザイン」という異なる視点が重なることで、学生たちは「答えのない問い」に向き合う姿勢を学ぶことができました。
対立や矛盾している点を丁寧に見つけ、「相乗」に転換する
最初に登壇したのは、深野祐也准教授です。「私たちが毎日使っているエネルギーは、もともと生き物が長い時間をかけてため込んできたもの」と切り出しました。石油や石炭、天然ガスといった化石燃料は、数百万年単位で地球に蓄えられた「生き物の遺産」だと説明。その上で「私たちはたった数百年で、それを使い切ろうとしている」と語り、学生たちは一斉にペンを走らせていました。
続いて、再生可能エネルギーについても触れました。太陽光や風力といった再生可能エネルギーはクリーンに見えますが、実際には大きな土地を必要とするため、そこに住む生き物たちの環境に影響を与える可能性があると指摘。さらに、日本では「自然を使わない」こと自体が、逆に生物多様性を失わせる問題になっていることを紹介しました。手入れのない里山が荒れていくこと、使われなくなった田畑が生態系のバランスを崩していくこと。守るためには“使う”ことも必要であるという逆説的な視点であるのです。
講演の後半では、こんな問いが投げかけられました。「自然を守るとは誰のためなのか? その恩恵を受けるのは誰なのか?」「エネルギーの恩恵を受ける人と、環境負荷を受ける人が違う場合、その矛盾をどう扱うのか?」。
「矛盾や対立があるからこそ、そこに解決の糸口があるんです」と准教授。問題を単純に“良い・悪い”で切り分けるのではなく、むしろ“対立の線”を丁寧に見つけることが、新しい解決策を生む大きなヒントになると強調しました。
「戦わなければ、エネルギーも暮らしも変わらない」。実践者が語る、都市の未来
続いて登壇したのは、前出の忽那裕樹さんです。「これからの街は、車中心から人中心に変えていく必要がある」と忽那さんは語り始めました。実際に大阪で進めているプロジェクトとして、道路法改正を生かしたなんば広場の整備や、御堂筋の全面公園化ビジョン、緑の公共空間をネットワーク化するグリーンアロー構想などを紹介し、都市空間をどう「歩いて楽しい」場所に変えていくかを具体的に示しました。
また、空調に頼りすぎる生活からの脱却についても強調しました。「クーラーに頼るだけでなく、夕涼みや屋外イベントを取り戻すことで、省エネを実現しながら人々の健康や交流を豊かにできる」とも語り、生活の楽しさと環境の両立を学生にイメージさせました。最後に「戦わなければエネルギーも暮らしも変わらないんです」。制度の壁や利害関係者の抵抗は避けられないけれど、それを正面から受け止め、粘り強く議論を重ねていくことが必要だと語ります。当初は万博終了後に伐採される予定だった静けさの森が、保存されることになった経緯も紹介。「森を残すことは、単に木を守ることではなく、次の都市の物語を残すことなんです」と言葉を結びました。対立を恐れるのではなく、対話と実験を重ねる。そうすることで、社会は少しずつでも変わっていく、と語りかける声に、学生たちも静かにうなずいていました。
体験と対話の場から学生たちが得た視点や問いとは
2名の専門家のインプットを受けたあとの後半は、学生たち自身のワークの時間。参加者は4つのグループに分かれ、これまでの体験や学びを振り返りながら、それぞれの視点を持ち寄って対話を深めていきました。議論の出発点は、万博で見た展示や専門家の話の中で「心に残った瞬間」を共有すること。なぜ印象に残ったのかを言葉にし、同世代や異分野の仲間と重ね合わせることで、体験が自分ごとへと変わっていたようです。
各グループにはゲストの先生やエネルギー業界の方も入り、ざっくばらんに質問や意見交換も。発表では、自然をどう捉えるかという根本的な問いや、パビリオン展示から得た「ワクワク」をどう次の学びや行動につなげるかといった視点が伝えられました。「エコをもっと身近なものにしたい」「エネルギーを共有資源として考えたい」といった意見も飛び交い、研究や日常、そして未来の社会づくりに生かせるヒントが次々と生まれました。
印象的だったのは、単なる技術的な理解にとどまらず、「どうすれば子どもや次世代に伝えられるのか」「対立を避けながらも議論を開いていくにはどうすればいいのか」といった実践的な関心が語られたことです。また、会場からは「万博も一箇所集中ではなく、各地をネットワークで結ぶ“分散型”の形があるのでは」という提案もありました。
自然観や技術、次世代教育、エネルギーの共存、万博のあり方など、幅広いテーマが次々と飛び出し、どれもが未来へとつながる行動のヒントへと落とし込まれ、学生たちが主体的に未来の社会像を描き始めていることが伝わってきました。深野准教授は「正論を言い続けることが大切」とコメントし、忽那さんは「体感を伴いながら、自分たちでルールをつくり、それを守ることが次の社会を生む」と語り、学生たちの議論を後押ししました。
今回のプログラムは、大阪・関西万博のテーマウィーク「地球の未来と生物多様性」の場において実施されました。万博という実験的な空間での体験と、異なる視点を持つ人々との対話をとおして、普段学生たちがあまり考える機会の少ない「生物多様性」と「エネルギー」を掛け合わせて考えるという問い直す機会をつくることができました。彼らが、安易な正解を求めるのではなく、複雑に絡み合った課題を複雑なまま捉え、向き合いつづける姿勢を学び、エネルギーと自然を「対立」ではなく「シナジー」として捉え直すことができたら、次世代が持続可能な未来を切り開くための確かな一歩となるはずです。
Voice

岡田 康伸 氏(電気事業連合会 大阪・関西万博推進室 室長/電力館 可能性のタマゴたち 館長)
「電力館 可能性のタマゴたち」は、実は身近なところにも私たちの生活を支えるエネルギーの可能性があるという学びを持ち帰っていただくこと、エネルギーの特徴にフォーカスしたゲームを全身で体験し楽しい!と思ってもらえることにこだわって作りました。ワークショップでは、このワクワクをどう次の学びや行動につなげるか、学生の皆さんが熱く議論してくださっていたことが印象的で、私もよい刺激をもらいました。今回のワークショップへの参加や電力館での体験が学生の皆さんにとって多角的な視点で「未来」を考えるきっかけになっていたなら幸いです。

金澤 成子氏(大阪ガス株式会社 広報部 大阪・関西万博プロジェクト室 室長/日本ガス協会ガスパビリオン 館長)
ガスパビリオンでのXRゴーグルによるワクワクドキドキな(化ける)体験を通じて、地球温暖化など環境問題の解決には、一人ひとりが意識や行動を変える(化ける)必要があることへの気づきから、より良い未来に向けて一歩踏み出すきっかけとなるよう、特に未来を担う子供たちにも、わかりやすく伝えることに注力しました。ご参加頂いた学生の皆さんには、都市ガス業界の未来への挑戦を知って頂き、より良い未来に向け、失敗を恐れず、意識や行動を変えるきっかけになることを願ってます。







