つくばサイエンスハッカソンはなぜ成功したのか?
深く熱い共創をもたらす「探求軸」のデザイン
Outline
29の研究・教育機関と2万人の研究者が集積するつくば市。科学者やアーティストなど異分野の才能が融合する多様性に富んだ都市であり、これらの環境が、多くの研究実績やアート作品を生み出してきた都市だ。
「つくばサイエンスハッカソン」は、2019年G20茨城つくば貿易・デジタル経済大臣会合のつくば市開催決定を契機として、「優秀な人材が育つ街」「登竜門」としての立ち位置・ブランドを築くことを企図してスタートした。
この記事では、プロジェクト実施の背景と狙い、チャレンジと成果を紹介する。
プロジェクト期間
- 2019年1月-2019年5月
プロジェクトチーム・参加クリエイター・アドバイザー
- クライアント:つくばサイエンスハッカソン実行委員会
- プロジェクトデザイン:棚橋弘季, 脇水美千子
- ハッカソン・展示ディレクション:中川加衣(兼プロジェクトマネジメント), 伊藤望, 武田真梨子
- 参加研究者:芝原 暁彦(古生物学者、博士(理学)), 望山 洋(筑波大学大学院システム情報系准教授、博士(情報科学)), 大森 裕子(筑波大学生命環境系 助教、博士(理学)), 郡司 芽久(国立科学博物館、博士(農学))
- 参加アーティスト:くろやなぎてっぺい、川崎 和也、齋藤 帆奈、GADARA (清水 惇一, 他3名)
- アドバイザー:江渡 浩一郎(国立研究開発法人産業技術総合研究所主任研究員/ニコニコ学会β交流協会会長/メディアアーティスト)、岩田 洋夫(筑波大学システム情報工学研究科教授)
- メインビジュアル・会場サイン・各種ツール:CIVILTOKYO
- 展示空間設計・施工:岩沢兄弟(有限会社バッタネイション)
- 記録撮影・映像制作:吉田周平
ハッカソン(Hackathon)とは?
「hack(ハック=ざくざくと切り拓く)」と「marathon(マラソン)」を掛けあわせた言葉で、マラソンのように人々が集い一定の時間を徹してプロトタイプを組み上げるワークのことです。従来はプログラミングの世界で主に使われてきましたが、私たちはプログラム開発に限らず様々なプロジェクトでこのフレームワークを活用しています。
Digest Movie
プロジェクトにはつくば市在勤の研究者と、東京など他地域を拠点とするアーティストが参加。少数精鋭の4チームが、4カ月にわたり作品づくりに取り組んだ。4作品は、駅からもほど近い古民家「さくら民家園」で展示され、1000人以上が訪れた。
Project Design
サイエンスの街、つくば
自治体の役割は、そこに住む人々の生活を未来にわたって支えること。しかし、自治体だけが全ての役割を担い、支えることは難しい時代を迎えている。民間や市民の主体的な活動を促し、支援することも都市機能を維持する上で重要となっている。
つくば市は、「科学技術の街」にふさわしい、ひと・施設・企業からなる資産を有していて、これらを有機的につなげた持続可能なまちづくりを目指している。そのテーマの一つが、国内外から優秀な人材が集う街となること。さまざまな活動をオープンに情報発信し、市民の知的好奇心・感性を高めることで、つくば市に住むことを誇らしく感じる機会作り(シビックプライドの醸成)にも積極的だ。
一方で、科学技術や研究内容は、一般市民にとってわかりやすいとは言い難い。なぜこの研究がなされるのか、研究はどのように生かされるのか、わかりやすく、印象的に伝えるとともに、従来とは異なる形で参加できるような取り組みが求められていた。
「研究学園都市つくば」の存在感を高めるための第一歩
プロジェクトでは、「研究学園都市つくば」の存在感を高めるための一歩として以下2点を実施目的として設定した。
- 研究者とクリエイターによる共創の場づくり(ハッカソン)
- 研究内容を体験できる場づくり(展示)
ハッカソンは、つくばで行われている研究を外部の視点(クリエイター)が編集するプロセスの体験を通して、研究者に発想の転換を生みだし、研究分野の可能性が広がるきっかけを作る仕掛けとして機能する。また、展示は、研究内容の本質的な価値をアート作品という、一般社会向けにわかりやすい形で発信することにより、研究の社会的価値への理解を促進する機能を担う。
アーティストと科学者の共創を成功させるもの
アーティストとサイエンティストとの共創は、つくば市以外でもすでに数多く行われている。
事前に、成功・失敗の要因についてリサーチしたところ、失敗のケースでは彼らの間で共通言語が作られず、真の協働がされていなかったことがわかった。アーティストが研究の本質を理解しきれず、作りたいものを作って終わってしまうのだ。それでもロフトワークがこのプロジェクトを提案したのは、最後まで共創し価値を生み出すことができる仕掛けが設計できたからだ。
科学者とアーティストは根本的に同じ=未知なるものを探求するひとたちだ。だから、やりがいのある未知の問いを投げかけられれば、同じゴールを目指して協働し、新しい視点を生み出せると考えた。
Challenges
研究者・アーティストを見つけ、参加してもらう
プロジェクト初期の重要なチャレンジが、ハッカソンの参加者を集めること。
研究者については、プロジェクトのアドバイザーの岩田洋夫氏と江渡浩一郎氏に候補をあげていただき、今回のテーマに興味をもってもらえそうな領域の方にお願いした。おもしろい研究者は、大学のWebサイトなど公式に発信される情報ではわからないことが多い。その点でも、ひとづては確実だといえる。性質なども把握できるため、コミュニケーションもスムーズだ。
並行して、アーティストの選定も進めた。研究者が確定してから、創作の上で相性の良さそうなクリエイターを組み合わせた。ロフトワークは、その成り立ちがクリエイターのオンラインコミュニティであり、FabCafeやMTRLなど多様な領域のクリエイターが集まるので、候補選びには苦労が少なかったといえる。
ハッカソンのテーマ「ホロビオント(共生)」
「ホロビオント(holobiont)」とは、複数の異なる生物が共生関係 (symbiosis)にあり、不可分の一つの全体を構成している状態を意味する。進化論学者リン・マーギュリスが提唱した概念だ。ハッカソンのテーマとして、本プロジェクトをデザインした棚橋が設定した。
「ホロビオント」という言葉について理解が深い参加者は多くなかった。そして、好き嫌いや興味の有無がわかれるテーマでもあった。しかし、日頃から生命について深い興味を抱く人であれば、何かしら思い浮かべるテーマでもある。つまり、これに反応する人は親和性が高く、モチベーションも高いという仮説をたてた。
実際、参加者はみな、このテーマに反応し、最後まで積極的にコミットし続けている。
ホロビオントについて、その選定意図をはじめとして本格的なインプットはハッカソン初日に行われた。棚橋が用意したのは、ホロビオント・生命・共生体としての地球に関する、思考の数々だ。
自然科学・哲学・文学・物理学、そしてギリシャ時代から現代まで。多様な「アーティスト」の思考について伝えた。かなりマニアックではあるが、「私にとってのホロビオント」を提示することで、参加者が自由に、自分なりのホロビオントについて語る場作りがなされた。実際に、初日からかなり熱い議論が交わされている。
日頃は全く異なる方向性の探求を行っている人たちを、「ホロビオント」というテーマを用いて「糊付け」したのだ。
ハッカソンの設計
ハッカソンは、公式には3日間でチームビルディングから作品の最終発表まで行うが、もちろん、この3日間以外にも各チームはコミュニケーションをとり、作品制作を進めている。
初期の要、チームビルディングの仕掛け
ロフトワークは、特に、チームビルディングを肝だと考え、Day1での自己紹介を工夫している。
アーティストは、作品自体が名刺がわり。作品の紹介などで一人当たり5分にした。一方、研究者の方が、その研究内容を短く、わかりやすく伝えることは困難だ。そのため、棚橋によるインタビューという形で研究を紹介してもらうことにした。
「あなたの研究を、ホロビオントを通して伝えてほしい。ホロビオントと絡めると、どういう価値を持っていると言えるだろうか。」
これにより、参加者それぞれの思考の傾向や興味・関心のポイントが見えるし、ディスカッションを通じてアーティストがその場でアイデアを発散することも可能になった。
通常は、アーティスト側が研究室を訪問し、実際に実験の様子などを見せてもらいながら、オリエンを受けることが多いだろう。しかし、今回はその方法をとっていない。でも、最初から顕微鏡を覗き、化学式を用いて説明を受けるよりも、はるかに多くのインスピレーションが得られている。
なお、Day2でプロトタイプをつくりながら作品仕様を固めるまでに、各チームで研究室を訪問し、研究への理解を深めるとともに、Day1で発散したアイデアを深めた。この間のコミュニケーションには、Slackなどのツールが用いられている。
アドバイザーの役割
今回、VR、特に触覚インタフェースや没入ディスプレイを研究する岩田洋夫・筑波大学教授とメディアアーティストでもある江渡浩一郎氏に「アドバイザー」をお願いした。
科学者とコラボレーションした作品を発表している先行実践者として、発散したアイデアを収束するとともに、チームで思考が足りていない点を見つけ問いかけ、深める役割を担った。展示の見せ方、実現可能性の視点でもアドバイスを行っている。
例えば、ロボットが野菜とともにぬか漬けされ、盛り付けられた状態までを作品として展示した「Dying Robots」。ロボットの動きに加え、アドバイザーから「生命の循環の概念を取り入れた方がいい」という助言をえて、作品にも昇華されている。
世界観が感じられる古民家をまるごと展示空間に
展示を行った「さくら民家園」はつくば駅からもほど近い、中央公園の中にある。伝統的古民家を移築した建物であり、一般公開され、見学のほかお茶会などで市民から広く利用されている。
わかりにくいテーマと作品を展示するに当たって、来場者のワクワク感をどう演出するか。そのために、場がもつ世界観も重視して場所を選んだ。
すこし薄暗いとか、座敷と土間・茶室といった元からのしつらえなど、場所がもつ制約は作品づくりにも反映されている。さきほどのぬか漬けロボットが放つ光もそのひとつ。こうした制約は、カオスを収束し短い期間でアイデアを作品に昇華させる仕掛けとしても機能した。
ホロビオントを表現し、展示をもりあげるアートワーク
この印象的なビジュアル、皆さんにはこの顔のようなもの、誰だと思われただろうか。
実は、このビジュアルは古今東西の科学者・芸術家のポートレート200人分を人工知能(「GAN」と呼ばれる生成モデル)を用いて掛け合わせ、実在しない顔のデータを生成し、さらに複数の画像を合成して作成されたものだ。プロジェクトを盛り上げるメインビジュアルの制作にも実験的な要素を取り入れ、アートとサイエンスが融合するさまを表現している。
Works
研究者を巻き込むことが難しいと考えている人は多いと思う。このプロジェクトがめざした研究者の体験は3つ。
- 自分の研究を多くの人々に楽しんでもらえるという体験
- 多くのクリエイターや研究者とのコラボレーションで新しい発見を得る体験
- ハッカソンを通じて自身の研究を発信できる体験
アーティストと研究者の共創がうむのは、一般向けにわかりやすく伝えることだけはない。
アーティストによりもたらされる新たな視点の有用性は、研究者に本業における創造性を触発することにもあるのだ。
Member
メンバーズボイス
“とにかく自分も楽しめるプロジェクトにしよう、自分自身が心底楽しいと思えるものをギュッと圧縮してプロジェクトの核に位置づけたい。そう思ってデザインをはじめたプロジェクトでした。
相談をいただいてから実際にプロジェクトがスタートし、ハッカソンの初日に「なぜ、今回、異なる生物同士の共生をテーマに作品制作をしてほしいと考えたか」を参加者である研究者やアーティストの皆さんに伝えるまでの約3ヶ月のあいだ、「持続可能性」を1つの軸としつつも、生物学、宇宙物理学、神経科学、現代思想、文化人類学、社会学、SF小説、ロマン主義文学など、20冊くらいの本を領域横断的に読むことで「自分が何を楽しいと思うか?」をちゃんと見つける作業をしました。
それが明確にならないと、共同で作品をつくる研究者やアーティストはもちろん、プロジェクトをいっしょに進めるつくば市さんとロフトワークのメンバーがこのコラボレーションを楽しめる状態がつくれないと思ったから。プロジェクトに関わる人たちが楽しめなければ、作品展示を見に来てくれる市民の方がちゃんと興味を持ってくれるアウトプットができないと思ったからです。
ハッカソン初日のインプットセッションの冒頭、円城塔さんの小説『エピローグ』から「わたしたちからしてみれば、あなたたちはただの自然現象のように見えます」という一節を引用しました。変幻自在に姿形を変えることができる人工知能をもったロボットが、人間の主人公にいう言葉です。「異なる生物同士の共生=ホロビオント」ということを示すのに、これ以上ない言葉だなと思えたし、普段は異なる領域で活躍する研究者とアーティストが自然現象のように垣根なく共同制作を進められればと願う気持ちもありました。
結果、楽しい作品展示にできたかは自分ではわかりません。ただ僕にとっては最高に楽しいプロジェクトになりました。”
株式会社ロフトワーク 棚橋弘季, イノベーションメーカー
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