サーキュラーエコノミーの観点から考える
素材産業のこれからのビジネスモデル
2022年1月26日〜28日に開催された、フィルム・シート、紙・板紙などの素材を加工する技術や材料の総合展示会「コンバーティングテクノロジー総合展2022」。本イベントで、ロフトワークにおいて、材料や技術開発、先端研究を基軸にした事業開発支援に特化したチーム「MTRL(マテリアル)」がトークセッションを企画・実施しました。
「マテリアルの『意味のイノベーション』」をテーマに掲げて実施した本セッションでは、世界のソーシャルグッドなアイデアマガジン「IDEAS FOR GOOD」などのメディア運営を行っているハーチ株式会社の代表取締役である加藤佑さんに登壇いただき、サーキュラーエコノミーに取り組む際の考え方や、これからの素材メーカーが向かうべき方向性についてお伺いしました。
企画:木下 浩佑(MTRL/FabCafe Kyoto マーケティング&プロデュース)
執筆:佐々木 まゆ
編集:岩崎 諒子(loftwork.com 編集部)
設計段階から循環を意識する
──はじめに、加藤 佑さん(以下、加藤)のこれまでの経歴について教えてください。
加藤 大学卒業後、株式会社リクルートエージェントを経て、ベンチャー企業の経営に携わり、サステナビリティ専門メディアの立ち上げなどに従事していたのですが、「インターネットやコンテンツの力を活かして社会がもっとよくなる仕組みを作りたい」という思いが育ち、2015年12月にハーチ株式会社(以下、ハーチ)を創業しました。
──社名「ハーチ(Harch)」には、人のココロ(Heart)とココロをつなぐ架け橋(Arch)のような存在になるという思いが込められているそうですね。ハーチではどのような事業を展開されているのでしょうか?
加藤 デジタルメディアの運営や企業・自治体向けにサステナビリティやサーキュラーエコノミーの支援事業を行っています。
世界中のソーシャルグッドなアイデアを集めたオンラインマガジン「IDEAS FOR GOOD」を創刊。その中で企業向けのサステナビリティ支援サービス「IDEAS FOR GOOD Business Design Lab」を運営し、自社のサステナビリティを推進したい企業の方々に向けて、情報収集からアクションまでを一気通貫で支援しています。
──既にご存じの方も多いかもしれませんが……改めて「サーキュラーエコノミー」とはどのような経済システムなのか教えてください。
加藤 これまでの経済活動は「リニアエコノミー(直線経済)」と呼ばれ、大量生産・大量消費・大量廃棄を前提としていました。資源を採掘し、製品を作り、使い終わったら廃棄するという直線型の経済だったんです。
一方、「サーキュラーエコノミー(循環経済)」は資源をできる限り循環させ続けることで、地球環境を維持・再生していく経済システムです。そのために、製品やサービスをつくる際に、最初から廃棄物や汚染を最小限にとどめられる設計を行います。
──「循環」をしっかり視野に入れて、ものづくりをしていくんですね。
加藤 そうですね。エレン・マッカーサー財団が発表している、サーキュラーエコノミーのバタフライ・ダイアグラムというものがあります。
この資料で特に注目していただきたい箇所が中央部分です。実はサーキュラーエコノミーのサイクルには、生物サイクルと技術サイクルがあるんです。生物サイクルとは、食品や綿など土に還る資源の循環を、技術サイクルは金属や石油由来プラスチックなど、枯渇性の資源の循環を指しています。
この図が示している重要なポイントは「生物・技術サイクルは別々に回す必要がある」ということです。もし、それぞれのマテリアルを複合した製品を作る場合、予め利用後にそれぞれのサイクルに分離して循環させられるような設計をしておくことが必須になってきます。
──なるほど。どちらのサイクルに属するマテリアルなのか見極め、設計していく必要があるわけですね。サーキュラーエコノミーの実現のため、私たちは他にどんなことに留意すればよいのでしょうか?
加藤 考えるべき3つのポイントがあります。1つ目は廃棄・汚染を出さないデザインを最重要視すること。2つ目は最も高い価値のまま製品と素材を循環させること。3つ目は自然を再生していく仕組みをつくること。これらを考えながら、原材料を扱い、製品を作っていくことが大切です。
サーキュラリティと経済合理性は両立する
──サーキュラーエコノミーの実現を目指した際、事業者が懸念するのは「ビジネスとして成立するのかどうか」という点だと思います。どのような戦略を練ればよいのでしょうか。
加藤 サーキュラーエコノミーに取り組むからといって、事業の経済性を犠牲にする必要はありません。
確かに従来の売り切りを前提とする直線型経済モデルでは、製品の耐久性を高め、寿命を延ばせば延ばすほど、新しいモノは売れなくなってしまいます。製品寿命を伸ばすことは、経済的に合理性な選択とは言えなかったのです。
では、製品の所有権をメーカーが消費者に移転することなく持ち続ける「シェアリングモデル」や「PaaS(製品としてのサービス)モデル」などのビジネスモデルを導入したらどうでしょう?今度は、製品寿命が長ければ長いほど、より多くのユーザーにより長く一つの製品を貸し出すことができるようになり、資源や製品あたりの収益性が上がっていきます。環境にいいことと経済合理性が整合するんです。
サーキュラーエコノミーの実現に向けたサーキュラーデザイン戦略としてエレン・マッカーサー財団は下記の6つを挙げています。
──これらの戦略を実践したプロダクトの事例はありますか?
加藤 タイヤメーカーの株式会社ブリヂストンでは、サーキュラーエコノミーとデジタルの融合に向けた独自のMaaS戦略を展開しています。
走行により摩耗したタイヤのゴムを新しく貼り替え、再利用するリトレッドのサービスをメンテナンスと組み合わせてサブスクリプションサービスとして提供しています。またタイヤのひずみから荷重と摩耗状態を推定するセンシング技術を開発しました。
ブリヂストンはタイヤを製造・販売するだけでなく、顧客ごとに適切なタイミングでのタイヤ交換を促したり、タイヤトラブルを未然に防止できたりするようなサービスづくりを目指しています。
BMWは、2021年に開催されたミュンヘンモーターショー「IAA MOBILITY 2021」にて、2040年のコンパクトカー「新型 EV iVision Circular」を発表しました。この電気自動車は、100%再生可能な素材かつ100%リサイクル可能となっているのが特徴です。
内装には植物性由来の原材料を採用。接着剤の使用をなるべく抑えて、解体しやすく、廃棄物が削減できる電気自動車づくりに取り組んでいます。
──車の製造にもバイオベースの原材料を活用できるんですね。
加藤 パソコンにも使用できるんですよ。DELLは、キーボードにバイオベースのプリント基板、接着剤に水溶性ポリマーを用いて業者が簡単に解体し、リサイクルできるパソコンの新コンセプト「Concept Luna」を発表しています。
さらにパソコン内部にある部品の配置を調整し、自然な熱分散を実現することで、ファンがいらない構造になっています。またネジの使用本数を4本に減らし、組み立ても1.5時間に短縮できるような設計になっています。
サーキュラーデザインのジレンマ
──お話を伺っていると、サーキュラーエコノミーの実現を目指す意義や必要性をひしひしと感じてきますね。ただ、乗り越えなければならない課題や障壁もあるのではないでしょうか。
加藤 やはりいくつかの課題やジレンマがありますね。そのうちのいくつかをご紹介したいと思います。
まず「Design out waste(廃棄をなくすデザイン)VS Design from waste(廃棄からつくるデザイン)」です。サーキュラーデザインでは「Design out waste(廃棄をなくすデザイン)」が大原則です。
しかし、「Design from Waste(廃棄からつくるデザイン)」が適用された製品も多く販売されています。「Design from Waste」は廃棄物をアップサイクルするため、もちろん環境に良い取り組みだとは言えます。しかし、アップサイクルを称賛しすぎることは「また資源に戻せるのなら、ゴミを出しても問題ないよね」という考えを生み、「廃棄の常態化」につながると指摘する方もいます。
2つ目に「Durability(耐久性) VS Recyclability(リサイクル可能性)」。例えば、リサイクルが難しいとよく言われる太陽光パネル。太陽光発電は脱炭素に欠かせないインフラですが、使用されるパネルは数十年にわたって雨風にさらされても壊れない頑丈な製品を目指して作られています。そのため、異なる素材が強固に接着されており、解体しづらく、リサイクルの難易度が高いのです。
また、「Durability(耐久性)VS Biodegradability(生分解性)」とあるように、いずれもサーキュラーデザインの戦略である「耐久性」と「生分解性」がバッティングすることもあります。
──諸刃の剣ですね……。
加藤 そうですね。サーキュラーデザインを考える際は、製品が使用後に回収・リサイクルできるものなのか、使い捨てを前提としているのかなど、製品が使用される環境に応じて正しい戦略を採用することが大切です。
4つ目は「Physical Durability(物理的耐久性)VS Emotional Durability(情緒的耐久性)」。これはアパレル業界において顕著に見られる課題です。耐久性とひと口に言っても、壊れにくいかどうかといった物理的な耐久性、その製品をずっと使いたいと思うかどうかといった情緒的な耐久性があります。
アパレルの場合、物理的耐久性よりも情緒的耐久性が短く、まだ着られるのに捨てられてしまう服が多いという現状があります。マテリアルとしての機能性や耐久性を強化するのも大事ですが、大切に着たいと思ってもらえるようなデザインを同時に目指していく必要があります。
5つ目に「Circularity(循環性)VS Carbon Footprint(炭素排出)」。シェアリングサービスなど、利用者が使用した製品を回収するサービスの場合、リバースロジスティクスが必要となり、輸送に伴うCO2が増えてしまうこともあります。
最後に「Dematerialization(脱物質化)VS Regeneration(再生)」。「Dematerialization(脱物質化)」はそもそも不要な素材の使用そのものを減らしていこうとする動きで、素材を使えば使うほど地球が良くなっていくというのが「Regeneration」です。個人的には、後者のように素材を使えば使うほど、生物多様性が回復したり、自然が再生されるような世界観を目指していきたいと考えています。
素材メーカーがサーキュラーデザインを牽引し、変容の触媒となる
──今後、サーキュラーエコノミーはどのように発展していくのでしょうか?
加藤 消費者と生産者の境界線がなめらかに、曖昧になっていくと思います。なぜなら、製品回収やリサイクルのプロセスを通じて、消費者もおのずと生産プロセスに取り込まれていくからです。
素材や製品のリユースやリサイクルをスムーズに実施するため、生産者は消費者に対し、製品を丁寧に使ってもらうよう働きかけていく必要があります。消費者は、サプライヤー(製品部品や素材の供給者)としての役割を求められるようになるわけです。
そうなると、素材自体の希少性に加えて、誰がどのような状態で使ったのかという情報が付加価値となる可能性も生まれてくるのではないかと思います。
──サプライチェーンに関わるすべてのヒト・コト・モノが評価対象になるんですね。
加藤 サーキュラーデザインは新しい分野であり、唯一絶対の正解はありません。各々が試行錯誤しながら挑戦していくことが大切だと思います。
その際に忘れてはいけないのが、その素材が、本当に製品が提供したい価値の向上に寄与しするのか、という点です。例えば防災グッズを化石由来プラスチックで作るとしたら、売れれば売れるほど気候変動が加速し、かえって災害リスクが高まるという矛盾が発生してしまいます。
製品をつくる際はどんな価値を提供したいのか、という目的に立ち返り、目先の利益に囚われていないかを俯瞰して考えていきたいですね。
──最後に、素材メーカーや特殊技術を持つ事業者の方々にメッセージをお願いします。
経済システムがリニアからサーキュラーへと転換していくことは、もはや避けられません。
素材メーカーはものづくりのフローにおいて、マテリアルを最初に扱う存在です。言うなれば、地球に一番近い存在です。そのため、「資源の番人」として、サーキュラーエコノミーの概念を理解し、自社の戦略に積極的に取り入れながら、持続的な資源の使い方や素材の活用方法をメーカーや消費者の方々に向けて発信していけるとよいのではないかと思います。
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