Dcraft デザイン経営リーダーズゼミ PROJECT

知財が中小企業にもたらす意外なメリットとは?
ブランド力を高め、企業間共創を加速させる知財の捉えかた

「知財」と聞くと特許権や商標権など、お金を払って競合他社から自社の権利を保護するという、ビジネスにおける「守り」をイメージされる方が多いのではないでしょうか? あるいは、知財は資金が潤沢な大手企業の問題であり、中小企業にはあまり関係ないという意見もまだ根強くあるようです。

しかし、そういった中小企業こそが「知財」を活用することで、企業の存在価値を高めたり、社内に眠っている無形資産を有効利用できる可能性があるのです——そう語るのは、長らく中小企業やベンチャーの知財活用をサポートし、特許庁などの知財戦略関連の委員も多数務めてきた、株式会社IPディレクション 代表取締役・弁理士 土生哲也(はぶ てつや)さんです。土生さんは、令和4年度に近畿経済産業局 地域経済部 産業技術課 知的財産室とロフトワークが実施した「Dcraft デザイン経営リーダーズゼミ in 関西」において、知財領域の有識者として参画いただきました。

今回はそんな土生さんに、知財戦略をデザイン経営の視点から見つめ直し、中小企業が新しい価値を共創していく上で有用な知財の活用方法について伺いました。聞き手は、「Dcraft デザイン経営リーダーズゼミ」の立ち上げから企画・運営を担当してきたクリエイティブディレクター 加藤修平です。

執筆:北埜 航太
編集:岩崎 諒子(loftwork.com編集部)
スチール撮影:中込 涼

話した人

土生 哲也(はぶ てつや)(写真右)/株式会社IPディレクション 代表取締役・弁理士
金融機関出身の企業を見る眼を活かして、中小企業の知財戦略に関する情報発信やセミナー講師等の活動を継続し、2017年に知財功労賞を受賞。知財とデザインに関する研究にも取り組み、2022年には美術大学の修士課程を修了し、デザイン経営の分野にも活動領域を広げている。>>note

加藤 修平(かとう しゅうへい)(左)/株式会社ロフトワーク クリエイティブディレクター
ケープタウン大学サステナビリティ学修士。アフリカ地域での鉱物資源開発に伴う、周辺コミュニティへの影響調査をエスノグラフィ調査手法によって実施。また、同大学内Hasso Plattner Institute of Design Thinking (通称d-school)において、デザイン思考コーチとして学生、社会人の指導を行う。過去に携わった案件は、民間金融機関内にて、多部署横断型のチームを率いて新サービスの開発及び、デザイン思考の社内への浸透を促すためのプロジェクト等多数。>>Profile

競争に勝つためではなく、業界を活性化するという視点

ロフトワーク加藤(以下、加藤) 今回は知財のスペシャリストでありながら、知財をより広くとらえて企業の経営資源として生かしていこうとしている土生さんに、知財を活用したデザイン経営の可能性やその活かし方を伺えたらと思っています。

知財はどうしても開発した商品が販売される直前など、最終工程でようやく議論されることが多いですよね。中小企業からはよく「知財にリソースを割くのは大変だ」という声も聞かれます。そういった声についてどう思われますか?

土生さん(以下、土生) 知財というと「知的財産権」のことを思い浮かべる人は多いと思います。特許権や、商標権は自社の技術やブランドを保護する権利ですが、知財をそれだけのイメージで捉えると、他社と「戦って」、「守る」ためのものだと思ってしまう。知財、すなわち「知的財産」とは、そうした権利の対象にもなり得るような、その企業に固有の無形資産を幅広く指す概念です。中小企業の経営者には、「うちには特許なんてないから、知財は関係ないよ」と言われる方も多いですが、本当はどんな会社にも、自社の商品やサービス、営業方法に工夫をしているのであれば、必ず知財(知的財産)は存在しているんです。

知財をより広く捉えると、自分たちの会社が培ってきた独自の技術やノウハウ、顧客との信頼の築き方のような知見も無形資産になる。まず、ここのマインドチェンジが必要ですね。

知的財産基本法に定められた「知的財産」は、技術のアイデアから営業情報、コンテンツまで幅広い。(資料提供:土生さん)

加藤 知財の概念をもっと広く捉えた方がいいということですね。

土生 そうですね。また、ビジネスの世界はリーダー層の世代交代が進んできたことで、企業経営の根本的な価値観が少しずつ変わってきているように感じます。例えば、僕らのような企業間競争を社会の基本構造と捉えてきたバブル世代にとってみれば、SDGsに取り組むのも「結局は競争で勝つため」という意識が根強い。でももっと若い世代はそうではなく、世の中のためになることをしながら利益を出さなければいけない、社会の構造を転換しなければいけないと感じている。

そのような変化の中で、知財の考え方も変わっていく必要があると思うんです。競合他社を単なる競争相手から、より良い世の中を一緒につくっていくための協力者やパートナーと捉えられるのではないでしょうか。

加藤 たしかに、以前私がリサーチに関わった報告書「中小企業のデザイン経営」の中で、取材した経営者のみなさんが「競合はいない」という言い方をしていました。同業者は業界を一緒に盛り上げている仲間だという認識が共通していたのは面白かったですね。

土生 そうなんですよね。以前、大阪にある株式会社オーティスという建築資材メーカーで伺った知財権の行使基準が面白くて。競合他社に権利を侵害されたら必ず差し止めを求めるわけではなく、「業界のためになるかどうか」で判断するそうなんです。例えば、業界を活気づけてくれそうなヤル気のある若い経営者が十分な知識がないまま自社の知財権を侵害してしまった場合、その意欲まで潰してしまわないような対応を考えるとか。もちろん市場を荒らすような模倣品への対応は別で、厳しく対処するそうですが。

知財は「仲間づくり」にも使える

加藤 最近の商品開発のプロセスでは、企業が社外のコラボレーターと共創したり、プロトタイプと検証を何度も繰り返すアジャイル型の商品開発をしたりというケースが増えています。ガチガチに守ることが前提となっている知財制度は、現代の柔軟でクイックな商品開発プロセスに対応するのが難しいように見えます。

土生 たしかに、今の知財制度に則った権利取得のプロセスは、共創的、あるいはアジャイルに進行するビジネスにはフィットしにくいとは思いますね。1、2年の長期スパンで事業計画を立てて進めるような従来型の事業開発プロセスであれば、その中で段階的に知財権を確保していけばよかったんですが、今はそのスピード感では成り立たないですよね。

一方で、これから知財の中で特許以上に重要になってくるのは、ブランドのロゴマークや商品名といった「商標」かもしれません。そのサービスやプロダクトを通じてどんなメッセージを発信していきたいか、どんなビジネスをしかけていきたいのか。昔の武将が自分たちの旗印を掲げて仲間意識を高めたみたいに、コンセプトやビジョンをロゴマークなどに可視化し、ストーリーを語りながらユーザーやパートナーに提示して、そこに共感してくれる仲間と新しいビジネスを創っていく。そうした意味で商標は、特許やノウハウなど企業に固有の資源である知財を束ね、それらを自社らしさや自社の想い、ビジョンを発信する役割を担うものです。そして共通の目的でつながる仲間との知の重なり合いにより新たな知が生まれ、そうした知のアップデートが他には追随できない強いビジネスを作り出していくのではないかと。

加藤 なるほど。個々の技術を模倣されないように特許を取るのではなく、自社のブランドアイデンティティを確立し商標として旗印を立てることで、他社との差別化を図り、仲間を増やしていくという攻めの発想ですね。

いま、私が中小企業のデザイン経営の導入支援プロジェクトで実践しているアプローチともつながると思います。どういうことかと言うと、プロジェクトのいちばん最初に「未来に向けて何をしていくか」といった、ビジョンを体現するステートメントやロゴを作ってプロジェクト自体をブランディングするんです。そうすると、「そういう未来を目指すなら一緒にやりたい」という社外の共創パートナーが現れる。個社だけの取り組みにせず仲間を増やしていけるかという視点を、デザイン経営導入のスタート段階から一貫して持つことが大切だと思います。

社員の知恵、ノウハウを「見える化」すると組織力が上がる

加藤 土生さんは、中小企業がオープンイノベーションを通じて知財活用をする上で重要なポイントとして、「6つの知財力」を提唱していますよね。

土生さんが提唱する「6つの知財力」は、企業が価値創出する際に知財を積極的に活用するメリットを提示している
「知財力」がいかに作用するのか、イメージ図

加藤 この中で僕にとって新鮮だったのが、「知財によって従業員のレベルアップもできる」というお話でした。知財を生かすことで組織のパフォーマンスを高めるという観点から、具体的な実践事例があれば教えていただけますか?

土生 「レベルアップ」は、シンプルに言うと「Aさんの良いやり方をBさんやCさんにも移植する」ことです。例えば、プレス機械の総合メンテナンス事業を行なっている、しのはらプレスサービス株式会社では、ベテラン社員に蓄積されているプレス機械のメンテナンスや修理方法のノウハウをマニュアルとして可視化し、社内で閲覧できるようにして知恵を共有しているんです。

若い社員が現場に行く前にはそのマニュアルを参照して作業計画を立てるので、ベテラン社員に近い形で作業ができるようになる。お客さんには「君は若いのにすごいね」とか「よく気付くね」と評価してもらえる。社員のスキルも上がるし、モチベーションも上がる。ノウハウを登録した社員の名前はマニュアルに記録されているので、彼らの努力や実績が社内にしっかり伝わり、自らの成長を実感できてやりがいにつながる。結果として、社員みんなが働く意味を感じられる。このノウハウこそがまさに知財で、知財を見える化すると、組織全体のレベルアップにつながるというのはそういうことですよね。

同社の会長は「我が社には特許や商標はもちろんあるけど、社員の経験と知識が一番の知的財産だ」と仰っていました。

加藤 なるほど。今のお話を伺って思ったのは、デザイン経営が出てくる以前はT型フォードに代表されるような、職人がやってきた仕事を分解して、合理化し、労働者をある種の機械として管理していく科学的経営が主流でした。他方、デザイン経営が目指す方向性のひとつとして、人間性を回復していこうとするうごきがありますよね。しのはらプレスサービスさんは、まさに「ちゃんと人間を見る」経営のアプローチを実践しているのだと感じました。

土生 おっしゃる通りで、これまでの経営は「要するに、どうやったら儲かるのか?」が一番の価値基準だった。でも今は、客観的に見て儲かる事業かどうかだけでなく、「自分たちがやりたいこと、自分たちじゃなきゃできないこと」について深く考える経営者が増えましたね。論理的・分析的に導き出される解を追い求めているだけでは、自分たちである必然性はあるのか、自分たちは一体なんのために存在しているの、という話ですから。

大企業とのパートナーシップ構築の切り札として

加藤 土生さんは、知財によって大企業との関係構築や共創もできるという話をされていますが、そこについてももう少し詳しくお話してもらえますか?

土生 昔からお付き合いがあるIT企業の社長が、「特許はジョーカーだと思っている人がいるが、本当はエースだ」と言っていたんです。つまり、特許で全ての局面を変えることはできないけれども、手札を揃えることで自分たちに有利な状況を作り出していくことはできると。例えば、特許があることで、中小企業でも大企業と対等にコミュニケーションができるチャンスが得られやすいことは確かです。

中小企業の方たちからは、「特許なんて取得しても、大手に侵害されてしまったら、とてもじゃないが太刀打ちできない」と言われることがあります。しかし、昨今のコンプライアンス意識が高まっている環境下で、大企業が他社の特許を侵害しても構わないと判断をするのは現実的ではありません。もし、大企業が類似製品を出すとしたら、必ず他社の特許を入念に調べた上で侵害に該当しないような回避策を打つでしょう。でも、そんなことに時間や労力を費やすよりも、特許を持っている企業と連携してスピーディにビジネスを展開した方が、社会全体としても効率的ですよね。

実際に、大企業の中には、中小企業のものづくりの力をリスペクトして、一緒に仕事をしたいと思っている開発担当者の方も結構いるんですよ。そういう担当者の方が中小企業との協業に向けて社内稟議を通すときに、「この会社は特許権を持っているから」と説明できると、社内を説得しやすいんです。

加藤 なるほど。最近では、大企業の中に共創を謳った部署が増えていますよね。中小企業が知財を持つことによって自社の技術的な優位性を明らかにできると、大企業からみたときの存在感が変わりますね。

土生 そうなんです。真の課題を発見し、何を作るかという製品開発の上流工程からクライアントと一緒に考えていく役割を担えると、単なる外注先ではなくパートナーとして重宝される。自分たちの立ち位置を高めるためにも「エース」のカードを揃えておくことは重要ですよね。

「知財」と「デザイン」を行き来して、会社の個性を形にする

加藤 企業が持っている隠れた良さや強みを引き出していくという点で、知財の専門家とデザイナーって、すごく似ていますよね。

土生 おそらく情報の抽出方法とアウトプットが違うだけで、かなり似たようなことをやっているんだと思います。

知財の場合は、会社の中にあるノウハウや知恵を細かく要素分解して差異を分析し、客観性に基づいて機械論的に特徴点を見出していく。こうした「差異分析」こそが、知財的なものの見方の本質です。こうした特徴点が他者に利用されたかどうかを客観的に判断できるようにするために、論理的な言語でアウトプットしていくわけですが、それを解釈するのが裁判官や弁護士など法律の専門家なので、どうしても社会一般には伝わりにくい表現になってしまいます。その一方で、デザイナーはその会社の個性や特徴を五感を駆使しながら多面的に抽出して、多くの人に伝わるように造形的なデザインに落とし込んで表現する。

デザイナーの表現は多くの人に伝わりやすい反面、様々な要素を統合したアウトプットになるので、その会社のコアになる特徴的な要素や固有性をダイレクトに伝える側面は弱くなっているかもしれません。その点については、知財の見方にはロジックや客観性があるので、会社のオリジナリティを訴求する部分で補完関係が成り立つのでは、と思っています。

加藤 中小企業がデザイン経営を実践する際によく課題に挙がることとして、「いかに資金調達するか」があります。その企業が持ってるビジネスとしての価値をロジカルかつ客観的に伝えなければならないのですが、そこでハードルを感じるデザイナーが少なくないんですよね。だからこそ、知財の専門家や中小企業診断士の方と連携しながら、その企業の強みを情緒とロジックの両面から説明できるアウトプットが求められてきているんですよね。

土生 会社が持っている無形資産そのものは変わらないけれど、誰に向けて説明するかによってデザイナーが得意な感性的なアウトプットと、知財が得意とする客観的なアウトプットのどちらに比重を置くのかが変わってくるんですよね。みんなに広く伝えたいのか、ターゲットに向けて専門的に深く伝えるのか。これからは、この2つをハイブリットに表現できると強いのではないかと思いますね。

ビジネスで「共振できる」つながりを生み出す

「知財の専門家とデザイナーは本質的に似ている」

一見すると全く違う役割のように見える両者も、会社が持っている無形資産を見える化して伝えるという意味では同じという意外な事実が、2人の対談から明らかになりました。

また、対談の最後に、土生さんからこんな印象的な言葉が投げかけられました。

「これまで志を持った経営者の方たちとお話をしてきて思うのは、やっぱり日本の中小企業をなんとかしていくということは、“マインドの問題”が大きいような気がしています。意志のあるところに道は開ける、というか。

その上で、よく言われるような“共感”や“共創”というキーワードからもう一歩踏み込んで、企業と企業との間、人と人との間の“共振”というものを大事にできるといいんじゃないかと思うんです。共に感じるだけでは創造に至るわけではないし、共に創っても打算にもとづく協力では心が動かない。お互いの魂が震えるような、想いのこもった協働を通じてこそ、本当に価値のあるものが生まれるはずですから」

想いや情熱を持った企業が、デザインと知財のアプローチを通して自社の内にあるコアバリューや個性を見える化する。そうすることで、異なる背景や文化を持つ企業同士が、そして人と人とが、相互にリスペクトし合いながら未来に向けて新しい価値を共創できるのではないでしょうか。

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