FINDING
日髙 拓海, 吉田 真貴, 根本 緑, 平井 真奈, 二本栁 友彦, 岩崎 諒子 2025.02.12

無関心から日常へ。災害へ備える意識を次世代に渡す
デザインで変わるこれからの地域防災

“そのとき”のために、いま地域でできることは?

災害はいつ起こるのか、誰にも分かりません。いざ災害が起こったとき、いつもの暮らしが送れなくなったとき。自分自身や大切な誰かの命を守るためには、平時から“そのとき”への備えをしておくことが必要です。

一方で、防災への意識が、人々の中になかなか浸透しない現実があります。その理由のひとつは、無関心。どこかで災害が起こったというニュースがあった時は、人々は反射的に防災用品や備蓄品を買い求め、非常時の避難行動を確認します。しかし、月日が経つとまた、関心が薄れてしまうのです。

緊急時には、生活物資や安全な居場所などを自治体を含む地域コミュニティに頼ることになります。しかし、日頃から近隣に住んでいる人同士でコミュニケーションを取らない世帯が多く、コミュニティ内で共助の関係が根付いていないことも多いようです。

振り返ってみてください。隣近所に暮らす方々の顔や人柄を、どれだけ知っているでしょうか? いざというとき、お互いに助け合う姿を想像できますか?

コレクティブな共創を通じて、地域防災を次世代にわたす

2024年、品川区とロフトワークは、防災に対して無関心になりがちな人々の状況を変えるべく、地域防災という観点からこの課題にアプローチしました。

品川区では長年、区役所と地域の防災協議会、消防署、消防団、警察署などが連携しながら、自助・共助のための「品川区総合防災訓練」を実施しています。一方で、訓練の担い手と参加者の高齢化が課題となっていました。

品川区とロフトワークは、区内の公園などさまざまな場所で行われている総合防災訓練の機会と場を活かし、防災への関心が薄い若い家族世帯の参加を促すプログラムをデザインしました。ともにこの挑戦をしてくれたのは、ダンサー、食品メーカー(企業)、デザイナーという、バックグラウンドが全く異なる三者でした。

地域で暮らす人々の日常の中に、いかに防災への気づきを提供できるか? 地域で毎年行われる防災訓練の「今年も去年と同じようにできた」というゴールのその先を、いかにデザインしたのか? 本プログラムで、防災ダンスを手がけた三原勇気さん、キッチンカーを手がけた尾西食品株式会社の栗田さん、コミュニケーションデザインを担当したデザイナー 増田圭吾さんに、それぞれ今回の訓練を振り返ってもらいました。

インタビューを通して、品川区の防災訓練という機会で重なった三者それぞれの視点から、「ありたい地域防災」の輪郭が見えてきました。

防災訓練にも、いろんな参加の形があっていい

ダンサー 三原勇気さん

防災に関心を持ってもらうための第一歩として、まずは地域で暮らす幅広い世代が気軽に参加できるような、楽しくて親しみやすい防災の場や体験を作ることが必要でした。そこで、開発されたプログラムが、みんなで身体を動かしながら、いざという時の避難準備や避難行動を学べる「防災ダンス」。手がけたのは、ダンサーの三原勇気さんです。

「防災の情報を振り付けに入れながら、『イエイ!』とか『ゴー!』とか、体が思わず動き出すようなテンポ感や掛け合いも盛り込みました。曲に対する親しみやすさが深まるのではないかなと」

ダンサー 三原勇気さん

ダンスを通して、どうやってまちの人々に向けて「防災への意識と行動」を渡せるのか。三原さん自身、以前は品川区で保育士としてはたらきながら暮らしていた経験から、この地域ならではの防災ダンスを形にしていきました。

歌詞と振り付けの土台となったのは、品川区の防災ハンドブックです。品川区の沿岸部は津波のリスクがあり、内陸は木造の住宅街が多く火災が広がりやすい。こうした地理的な特性を踏まえて、「津波は高台に登ろう」「火災は大きな広場へ」など、大切にしたい避難準備と避難行動から歌詞と振り付けを構成していきました。 

三原さんは、防災ダンスの中で「共助」を表現することも大切にしたと言います。

「みんなでおっきく手を繋いで輪になって、ぐるぐる回ったり、ハイタッチしたり。地域の繋がりの大切さを多世代で感じられるような振り付けにしたかったんです

災害時は、同じ街に住んでいる知らない相手との助け合いが不可欠です。だから、誰もが参加できるダンスを通して、年齢や性別、障害の有無を超えた共助の輪を広げたい。

公園など、品川区内の公共スペースで行われた防災ダンスには、0歳から80代まで、幅広い年齢層の住民が参加しました。

多様な人たちが防災ダンスを楽しめる場を作るために、三原さんが意識したのは、さまざまな参加方法を認める空間をつくること。その場で見ているだけの人も「参加している」のだと考え、アイコンタクトを取ったり、笑顔を交わしたりしています。

「いろいろな人がいますから。踊りたいけれど恥ずかしくて踊れないとか、内面のことは同時にキャッチしきれない。なので、なんとなくその場にいるだけでも、みなさんが防災ダンスを楽しめたと感じられるように心がけています」

多くの防災訓練は、命を守る取り組みなので真面目にやるべき、という空気で行われます。それは自然なことでありつつ、楽しみながら防災を学ぶというアプローチもあっていいのではないか。五感で楽しく学ぶコンテンツは人の心に長く残っていくはずだと、三原さんは考えます。

「ダンスに参加してくださった方が、『あなたたちが楽しそうだから私も楽しかったわ。防災訓練でこんなに楽しかったの初めて』と言ってくださって。雰囲気づくりって、改めて大事だなって思いました」

今回の防災訓練の中で、三原さんにとって忘れられない場面がありました。

とある家族が、ダンスに参加してくれたときのこと。そのきょうだいのなかに、左腕が欠損しているお子さんがいました。三原さんは一緒に踊りながら「この子は楽しく参加できるだろうか。手を繋いで輪になるとき、どのように踊れるだろうか」と想いを巡らせたと語ります。

「その子は、すごくノリノリで一緒にパフォーマンスしてくれたんです。最後、みんなで輪になるとき、その子が僕の隣に来てくれました。僕は左腕を持たせてもらい、輪が繋がった瞬間、胸がいっぱいで。身体にいろんな違いがあっても、参加できるダンスができたんだな、と」

ひとつの地域には、世代やバックグラウンド、価値観が異なる人々が暮らしています。その間のコミュニケーションのギャップを埋めることは、容易ではありません。三原さんの防災ダンスは、こうした難しさと向き合いながら生まれたプログラムでした。

オープンでフィジカルな交流を通して、異なる人同士でも楽しさや共助への気づきを共有できる。防災ダンスの実践から、ありたい地域防災に向けて大切な学びを得たと言えそうです。

美味しい体験を届け、平時から備蓄を促す

尾西食品 栗田雅彦さん

大きな災害が発生すると、食糧や生活必需品を入手することが難しくなることが想定されます。品川区では、日頃から日持ちがする常備食を多めに買い置きし、期限が短くなったら消費して買い足す「ローリングストック」を推奨しています。

この機会に改めて「備蓄」について意識してもらうため、今回、初めて備蓄用食品の試食を提供するキッチンカーが登場。地区ごとの訓練プログラムを終えた人々や、その場に通りがかった人々に、美味しいカレーライスを振る舞いました。

このキッチンカーを手がけたのが、長期保存が可能なアルファ米を使った常備食を数多く手がけている、尾西食品株式会社です。

尾西食品 営業企画部・広報室 栗田さん(写真右)

アルファ米はアウトドアの携行食や防災備蓄に使用されるお米で、軽くて長期保存が可能で、さらにお湯を注ぐだけで温かいご飯になります。

尾西食品は今回の訓練プログラムで、CoCo壱番屋とのコラボレーションによって開発したアルファ米のレトルトカレーライスセットを、つくりたての状態で提供しました。

なぜ今回の防災訓練に参画したのか、同社 営業企画部・広報室の栗田さんにお話を伺いました。元々アルファ米は、第二次世界大戦中に、尾西食品の創業者である尾西敏保(はるやす)が軍用食として開発したものです。戦後は、登山や海外旅行者の携行食として利用されました。

非常食としての利用が本格化したのは、1995年以降です。阪神淡路大震災を契機に長期保存が可能なアルファ米が備蓄食として注目を集めるようになりました。近年多くの災害を経てアルファ米の利用が広がってきているものの、まだまだ認知が足りていないと栗田さんは語ります。

防災訓練を終えた人々が、カレーライスを求めてキッチンカーに並んだ
避難所で食べられることを想定しているカレーライスは、アレルギーにも対応。肉を使わずに、大人も子供も食べ応えのあるカレーは、CoCo壱番屋がレシピを手がけた。同社によるレトルトカレーは尾西食品の商品のみ

「より多くの人に尾西食品のアルファ米を食べてほしいし、美味しいと知ってもらいたい。これまで、展示会やイベントなどでは試食提供をしてきましたが、今までのやり方にとらわれない形での普及活動の道を模索していました」

そうした理由から尾西食品は「キッチンカー」を導入。活躍の機会を探していた中で、ロフトワークから今回の品川区の防災訓練に協力して欲しいという打診があったことから、参画を決めました。

品川区の防災訓練に初めて登場したキッチンカーは、多くの住民で賑わいました。特に若い家族は、たまたま公園に来たついでに立ち寄った人も多かったようです。

「通常のイベントよりも、幅広い層に召し上がっていただけたと思います。人によっては『ご飯炊いたんでしょ』と言う方もいて。アルファ米だと知ると、意外と美味しいのねと。

災害時だから我慢して美味しくないものを食べるんじゃなく、災害時でも、炊き立てのご飯を食べられるんだ、という考え方を広めたい。それが備蓄への意識につながることを期待しています」

キッチンカーでのカレーの配布には、営業担当者、商品開発担当者など、さまざまな部署から社員が駆けつけました。自社のアルファ米に対して誇りを持っている社員たちにとって、お客様の声や反応に直接触れられる貴重な機会。参加したメンバーからは、「意外と楽しかった」「いい経験だった」という声がありました。

また今回、全4回の防災訓練でキッチンカーを出したことで、実施にかかるリソースや食数などの経験値ができたことが、尾西食品としての収穫だったと語る栗田さん。実際に、都内のさまざまな地区で再開発が進んでいる中で、尾西食品としてまちびらきの催しに参加する機会が増えつつあります。

「展示会などのクローズドな場所だけではなく、一般の方々も来場されるような場所に自分達が出ていくことで、もっと気軽に備蓄への意識を高められるのではないかと。今後もいろいろな場所に顔を出していけたらと思っています」。

日常に染み出すデザインで、地域防災がつづく状態をつくる

デザイナー 増田圭吾さん

地域の防災訓練に、従来の参加者層ではない人たちの参加を促していく。そのための工夫や手立ては、プログラムの設計だけにとどまりません。新しく参加してほしい層に向けて、防災訓練の存在を気づかせて興味を持ってもらったり、参加した後にも防災訓練のことを思い出してもらえるように、日常のなかのコミュニケーションをデザインする必要があります。

今回の防災訓練では、ビジュアルからコミュニケーションツール、ゲームなどの、さまざまなコミュニケーションデザインを、デザイナーの増田圭吾さん(MA design)が手がけてくれました。

増田さんは、品川区の防災訓練がさらに次の世代へと受け継がれていくことを想像したときに、「つづいていくこと」を支えるためのデザインが必要ではないかと考えました。

今回の品川区の防災訓練では、わかりやすいデザインの軸を立てました。デザインが使われ続ければ、一眼見て『防災関連の何かだね』とわかってもらえるように

品川区の特色を探すなかで見つけたのが、区章のカラーである“ブルーバイオレット”。次に、わかりやすく防災を伝えるカラーとして“黄色”を選び、この2色をキーカラーに設定しました。

若い世代にも親しみやすいように、書体も柔らかく視認性があるものを選定。やや太めの線は、ディック・ブルーナのグラフィックデザインのようなイメージで、ビジュアル全体をシンプルな線と形で構成しました。

さらに、品川区の防災キャラクター「ジージョくん」をロゴアイコンとして採用することが決まりました。増田さんは、この3つの要素が「品川区総合防災訓練」のイメージとして定着するよう、全てのコミュニケーションツールのデザインに共通するトーン&マナーとして一貫させました。

「今後も、ブルーバイオレットと黄色とジージョくんがあれば、品川区総合防災訓練、と思い浮かべてもらえるように。また、これらのデザインが僕の手を離れたとしても、役所の職員の方でも誰でも、チラシやポスターをつくれるようなものになっていくといいなと」

増田さんは、こうしたカラーやトーン&マナーを、品川区の防災に関連する広報コミュニケーションや、施設・設備のデザインの中で採用し続けていくことが、品川で暮らす人々の防災意識の浸透につながっていくのではないかと考えています。

地域防災の取り組みを続けていくために、デザインができることはまだまだたくさんある、と語る増田さん。

例えば、訓練でも同じカラーのテントを採用したり、訓練会場に立てるのぼりにも同じ色を採用すれば、今防災訓練を開催していることが、遠くを歩いている人にも伝わります。また、公園に設置されている非常時の避難用テントのサインにも、こうしたカラーを取り入れてみる、など。

「スーパーでのお買い物ポイントを防災のグッズと引き換えるとか、そういう平時にできるワンアクションがあるといいかもしれません。今後、そういう仕組みも一緒にデザインできたら嬉しいですね」

日常的に防災意識を喚起できるような仕組みと、防災訓練のイメージとを結びつけながらデザインしていけば、年に1度の防災訓練以上のことができるのではないか。まちで暮らす人々の防災意識を高めるためのさらなる挑戦へのアイデアと意欲を語ってくれました。

多様なプレーヤーを巻き込みながら、地域と防災のこれからを試行する

今回の防災訓練プログラムをプロデュースしたロフトワークのプロデューサー・日髙は、元々自治体の職員として防災部署ではたらいていました。今回のプロジェクトに取り組んだ理由として、区役所の職員ではなく、クリエイティブカンパニーにいるからこそできるチャレンジをしたかったと振り返ります。

「よりたくさんの人々を巻き込みながら、地域の若い世代に防災の意識を根付かせていくための設計をしたかったんです。これは、地域防災を考え方・つくり方から変えるという息の長い取り組みです。まず、自分たちがそのための対話の場に立つ必要がありました」(日髙)

プロジェクトを統括したロフトワークのクリエイティブディレクター・吉田真貴は、訓練中に高齢の参加者とした会話を振り返ります。

「プログラムを実施する前は、例年と同じでもいいんじゃないかと言ってた方が、実際に体験してから『例年よりも明るくて楽しくてびっくりした』とおっしゃってて。『これからはあなたたちにお願いしたい』と」(吉田)

一方で吉田は、品川区の防災訓練に若い層が参加しない理由について、世代によってまちに対する帰属意識のあり方が異なるためではないかと分析します。

品川区では、昔から住んでいる人たちの方が、まちを自分たちの手で運営している実感があるんだと思います。一方で、数年しか住んでいない若い人にとっては、まちの様々な仕組みが整っていることは当たり前になりすぎていて、誰かがつくってくれるものだという感覚。その便利さを受け取りながらも、自分が住んでいる土地への愛着や帰属意識を強く持てていないということかもしれません」(吉田)

今回のプログラムには、ロフトワークの若手メンバーらも多数参加した

まちへの無関心を乗り越え、地域防災がつづいていく状態をデザインするには、若い世代の日常生活や興味関心と、その土地にある防災の営みをより有機的に結びつけていく必要があります。その点で、今回のプログラムはあくまでスタートに過ぎないと、プロデューサー・日髙は語ります。

地域防災は、若い世代がその企画や運営に携わりたいと思えるような、やりがいと面白さのある取り組みへと移行していく必要があります。これからは、防災訓練の中身をつくるプロセス自体に住民を巻き込んだり、ボランティア組織をつくることにも挑戦したいです」(日髙)

これまで「去年と同じように」続けることで、地域のなかで安心と共助の関係を保ってきた、品川区の防災訓練。一方で、時代の変化とともに生活様式や価値観が変容するなか、日常のなかでいかに「防災」への意識を保つことが出来るか、そのきっかけとなる防災訓練を地域の人々が自分ごとだと思えるかが重要になっています。

今回の取り組みでは、こうした今ある防災訓練の「その先」を、多様なプレイヤーとともに考え、複数のアプローチを試行しました。ロフトワークは品川区との実践を足掛かりに、これからもさまざまな地域や企業、クリエイターの方たちと、ありたい地域防災の姿を探索していきます。

品川区地区総合防災訓練に取り組んだ、三原さん、増田さんとロフトワークのプロジェクトチーム

執筆:岩崎 諒子/ロフトワーク ゆえん マーケティング・編集
編集:乾 隼人
写真:村上 大輔

 

Keywords

Next Contents

ロフトワークの今とこれから
——創立25周年を迎えて