テクノロジーと手仕事の融合で、多様性ある「森」の姿を伝える
AR曲がり木プロジェクト
[NANDA会インタビュー]
クリエイティブカンパニーとして、多様な視点を持ったメンバーたちが活躍するロフトワーク。創業21年目を迎えた今、企業のブランディングから空間プロデュース、Webサイト、映像、体験コンテンツ制作など、アウトプットの幅も次々と広がっています。
そんな中、メンバーたち自身も捉えることが難しくなってきた「ロフトワークらしいクリエイティブとは何か」を考えるべく発動したのが「NANDA会」という取り組みです。
「NANDA会」とは
「ロフトワークのクリエイティブってなんなんだを考える会」、通称・NANDA会は、ロフトワークのメンバーがボトムアップで自分たちの提供価値を考え、言語化することを目指すインナーブランディングの取り組み。年に1度、全社から特にチャレンジングなクリエイティブ・プロジェクトを募り、プレゼンテーション大会を実施。全社員の投票とディスカッションを通じて、最も評価された6プロジェクトを表彰します。
本シリーズでは、2021年4月に開催されたNANDA会のプレゼンテーション大会において、受賞を果たしたディレクターたちにインタビューを行い、クリエイティブの源泉となるマインドや思考態度を探ります。
今回話を聞くのは、渋谷区の宮下公園内にあるカフェテラスに「曲がった丸太の構造物」を誕生させた、株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称:ヒダクマ)のチームメンバーたち。AR(拡張現実)技術とチェーンソー加工を掛け合わせ、これまでにない発想で曲がり木を作品に仕立てたプロジェクトの舞台裏に迫ります。
企画:高井 勇輝 (loftwork クリエイティブDiv. シニアディレクター)
松永 篤 (Loftwork クリエイティブディレクター)
長島 絵未 (MTRL クリエイティブディレクター)
執筆:石部 香織
編集:鈴木真理子(loftwork.com編集部)
話した人
浅岡 秀亮
株式会社飛騨の森でクマは踊る
ヒダクマ 木工デザイナー / Fabマスター(蔵長)
高井 勇輝
株式会社ロフトワーク
クリエイティブDiv. シニアディレクター
はじまりは、森に入るところから。異分野のテクノロジーを結集し「曲がり木」に挑んだ
長島 改めて、受賞おめでとうございました!本日は、飛騨にある広葉樹の新しい活用に挑戦するヒダクマチームのみなさんから、受賞となったプロジェクト「AR曲がり木プロジェクト」についてお話を伺います。このプロジェクトは「曲がり木」を素材として、デジタル技術と職人技の融合で加工し、新たな造形物を生み出されたということですが、そもそも、「曲がり木」とはどんなものですか?
岩岡 曲がり木というのは、曲がって成長した広葉樹のことで、枝葉に当たる光の向きや、雪の重みによって偶然生まれます。一般流通品の材木としては加工がしづらいので、通常はチップにされてしまったりします。
長島 今回、その曲がり木に着目したのはなぜでしょう?
岩岡 きっかけは、建築家の方々を誘って森に行った時、浜田晶則さんという建築家の方が、大きく曲がった木を見つけて。「この木、そのまま使いたい!」と盛り上がったところから、プロジェクトが始まりました。
長島 ヒダクマの皆さんは、日常的に森に行ったりするんですね。
岩岡 そう、僕たちは森を単なる木材の生産地として捉えるんじゃなく、「森の中から発想する」ことを大事にしていて。森の中の木は、当然ながら樹皮も付いていれば、枝葉もあるし、その木の周りには多様なものが生えている。その状態を見るからこそ生まれるアイデアって必ずあるから、「その桜の板材使いましょう」みたいな始まり方ではなくて、まずは森に入るところからものづくりを始めるんです。
長島 そうして完成したのが、渋谷・宮下パーク内のカフェテラスに設置された、6本の丸太が互いに支え合い自立する構造物「Torinosu」。普通の材木からは表現し得ない躍動感や生命力を感じますよね。ARを使ったということですが、どのような工程を辿ったのでしょうか?
岩岡 通常のデザイン設計であれば「先に図面やデザインを描いた上で、材料を探す」わけだけど、今回はその逆で、「出会ってしまった曲がり木を、できるだけそのまま使い切るためのデザインを考える」ことをしました。まずは、森から持って来た曲がり木をスキャニングして、3Dデータ化。それを元に、浜田さんが試行錯誤しながらデザインに書き出してくれました。
次はそのデザインを元に実際の曲がり木を加工するのですが、そのためには、デザインデータをもう一度リアルな曲がり木に落とし込む必要があって。そこで使ったのが、ARの技術です。AR上で3Dデータと実際の曲がり木を重ね合わせ、示された切り口に沿って、職人さんたちが木を加工していきました。
高井 職人さんたちがARグラスを掛けてチェーンソーをふるう姿は印象的だったな。初めての挑戦だったと思いますが、チームはどのように編成したんですか?
岩岡 3D設計が得意な浜田さん、ARを使った建築の研究をされている住友恵理さんというお二人の存在が、まずはありました。一方で、ARで木を加工したことのある職人さんは、もちろん身近にはいなくて。でも、そこに興味を持って「俺やるわ!」って率先して名乗り出てくれた職人さんがいたんです。
長島 素晴らしいチーミングですね。このプロジェクトの成功の肝はどんなところにありましたか?
浅岡 まずは、AR技術なしには木をあのような変な角度で切ったりはできなかっただろうと思うのと同時に、AR技術だけでは完結できなかったプロジェクトだとも思います。最終的に職人の手仕事ー長年培われた職人の手の感覚が合わさったからこそ、作品が完成したんです。
長島 職人の技術とデジタル技術を対立させるのではなく、うまく融合し、見たこともない作品に昇華させた。その点が、NANDA会での「バウムへーベン賞」の受賞につながりましたよね。木や循環を連想させる「バウム」という言葉と、「アウフヘーベン」を組み合わせて作られた賞名ですが、聞いた時はどう思いましたか?
「NANDA会」の「賞の名前」について
全社員参加型のオンラインプレゼンテーション大会・NANDA会では、受賞プロジェクトが決定する過程にちょっとした仕掛けがあります。
前プロジェクトのプレゼンが終わったら、投票により6プロジェクトを選出。その後、ロフトワークのメンバーがそれぞれ選出されたプロジェクトごとのブレイクアウトルームに集まり、ワークショップをしながら「賞の名前」の候補を複数案考えます。最後に、受賞したプレゼンターがどの名前がいいかを選んで賞が決定。
「賞の名前」を考えるプロセスは、「プロジェクトのクリエイティブなポイントを、ロフトワークのメンバー自身が考え・言語化する」という、NANDA会にとって重要な意義を持っているのです。
岩岡 いいな、発想が豊かだなって思ったよ。アウフヘーベンっていうのは、このプロジェクトに限らずヒダクマの本質的な部分でもあって。今回のような事例も一見すると、テクノロジー的な印象が表に出てしまいがちだけど、それよりも本質的な部分をみんながちゃんと見てくれたっていうのが嬉しかったな。
関わる人の「潜在的な森への愛」を溢れ出させるプロジェクト
長島 プロジェクトの中で、なにやらとても地道な作業があったと聞きましたが……。
黒田 はい、曲がり木の皮剥き作業ですね(笑)。曲がり木を3Dスキャンする前に、その樹皮を剥ぐ必要があって。製材所の人たちに「どうやって剥いたらいいですか?」って質問したところ、木の皮を剥く道具を貸してくれたんです。でも、それを使って剥こうとしたら、木が曲がっていることもあり、全然上手く剥けない。再度相談したら、「もう、叩くしかないよ」って言われて……。
浅岡 やってみたところ、上手く叩くと、樹皮がつるんって剥けるんですよ。それが結構気持ち良くて(笑)。どんどん叩いて剥いていったら、美しい木の肌が見えてきた。
黒田 結果的に、刃物的なもので削ぎ落とすよりも叩いて剥いた方が、本来の形に逆らわず、木そのものの美しい姿を出すことができたんですよね。人間が作為的に形を作っている感じがないというか。大変だったけど、この原始的な加工方法が最適だったというのは、面白いことだなと思います。
浅岡 曲がってる部分を剥いたときに出てくるシワにも、みんな興奮してましたね(笑)。
長島 製材所の人も含め、一緒にそのシワを喜べる関係性はすごく羨ましい。木の変態たちのウキウキ感が伝わってきます(笑)。
岩岡 森林組合の人にしても、僕たちが「コブが残ってる曲がり木が好きなんです」って言ったら、ある日カゴいっぱいに、そのコブの部分を持ってきてくれたりして(笑)。
黒田 林業に携わる方々は特に、「自分が今切ってる木は、50年ぐらい前の人が植えた木だ」っていう意識があるから、森を見ているというより「森を作っている人を見ている」のかも。何か森に貢献したいという気持ちは、そこからおのずと出てくるんじゃないかな。
浅岡 ヒダクマに関わった人はみんななぜか、森や曲がり木のことをいつも頭の片隅でぼんやり考えちゃう、そんな呪いにかけられてしまう(笑)。
岩岡 たしかに、今回チームになってくれた建築家の方々にしても、ふと客観的になってみると、なぜみんな、こんな急に森の中のことばかり考えてるんだろうと思ったりして(笑)。みんなが本能的に持っている、森に対する憧れや期待、想いみたいなものを、刺激し溢れ出させるのがヒダクマなのかな。僕らにとってはそれが「森への愛」だけど、同じように「今まで心のどこかにはあったけど、溢れ出るまではいかなかったものがプロジェクトを通じて溢れ出す」ことって、ロフトワークの別のプロジェクトでもきっと起こり得ると思うよ。
“Fab”の精神が生み出す、複雑で多様なものの面白さを伝えるクリエイティブを目指して
岩岡 このプロジェクトって、「Fab」そのものだなとも思うんですよ。仕事の領域も文化も言語も全く違う、職人とデザイナーが、テクノロジーによって共通の絵を見られるようになった。それによって、「森の中の流通していない木をいかにして活用できる状態にするか、価値を高められるか」という課題に、一緒に向かうことができたんだよね。FabCafeの構図とも本質的に似ているなって思う。
長島 岩岡さんが2012年に立ち上げたFabCafeが、そんな風にヒダクマと重なってくるとは……なんだか感動してしまいました。岩岡さん自身は、日頃どんなところから新しい着想を得るのですか?
岩岡 僕らの周りには常に木があるし、森も、Fabricationの機械もある。そんな環境で、「何と何を組み合わせたら面白いかな?」ってことを常に考えてるから、目の前に新しいマテリアルや人が現れた時に、それらがすぐに結びつくんじゃないかな。
浅岡 林業って、「良い木とはこういう木だ」とか「この木はこう加工すべし」みたいな、先人たちの知恵やセオリー的なものが多く存在しているんです。でも、そういうものを打ち破って、無価値だと言われていたものに新しい価値を発見し、森や人間、ものづくりをアップデートしていくのが僕らの役割だと思っています。
岩岡 「比較的まっすぐな木から、まっすぐなものを作る」っていうのは生産性の面では合理的だけど、クリエイターにとっては全然そうじゃないもんね。彼らの創造性を最も高められる状態をいかにして作るかを、常に意識してる。
高井 ある意味、ヒダクマはプロジェクトにカオスを持ち込んで攪拌したり、刺激するような役割もあるのでしょうか。
岩岡 カオスを持ち込むというよりはむしろ、カオスや一見不条理に見えるものに対して、いかに合理性を与えるかがヒダクマの取り組みだと思ってて。森は豊かで、多様で有機的だけど、それって合理的思考のままでは、どう扱っていいかわからないんだよね。そこに対して、新たな価値を生み出す視点を持ち込むのが、僕たちの役割かな。
高井 僕は今回の話を聞いたことで、自然な形の木をそのまま使うことの方が、むしろ秩序のようにも思えてきました。
岩岡 僕たちの役割を、今回のプロジェクトでは一つ達成できたと思う。これからも、別のテクノロジーやマテリアル、多様性や複雑性をそのままクリエイティブの素材に落とし込んで、「いかに複雑で多様なものを、その面白さを損なわないまま、アウトプットを形作るか」ということにチャレンジしていきたいです。
長島 フロンティアに立ち続けるヒダクマチームの、熱量を感じるトークでした。ありがとうございました!
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