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越本 春香, 長島 絵未, 高井 勇輝, 岩崎 諒子, 松永 篤 2021.07.21

ロフトワークの「いいところ」と自分の人生、
ぜんぶを賭けたAkeruEプロジェクト
[NANDA会インタビュー]

クリエイティブカンパニーとして、多様な視点を持ったメンバーたちが活躍するロフトワーク。創業21年目を迎えた今、企業のブランディングから空間プロデュース、Webサイト、映像、体験コンテンツ制作など、アウトプットの幅も次々と広がっています。

そんな中、メンバーたち自身も捉えることが難しくなってきた「ロフトワークらしいクリエイティブとは何か」を考えるべく発動したのが「NANDA会」という取り組みです。

「NANDA会」とは

「ロフトワークのクリエイティブってなんなんだを考える会」、通称・NANDA会は、ロフトワークのメンバーがボトムアップで自分たちの提供価値を考え、言語化することを目指すインナーブランディングの取り組み。年に1度、全社から特にチャレンジングなクリエイティブ・プロジェクトを募り、プレゼンテーション大会を実施。全社員の投票とディスカッションを通じて、最も評価された6プロジェクトを表彰します。

NANDA会とは? 活動の経緯

本シリーズでは、2021年4月に開催されたNANDA会のプレゼンテーション大会において、受賞を果たしたディレクターたちにインタビューを行い、クリエイティブの源泉となるマインドや思考態度を探ります。

今回話を聞くのは、株式会社パナソニックのクリエイティブミュージアム・AkeruE(アケルエ)の立ち上げプロジェクトを担当した越本春香。官公庁のプロジェクトからWeb構築、展示会プロデュースなど多岐にわたるプロジェクトのPM・ディレクターを経て、現在は空間プロデュースチームLAYOUT Unitのシニアディレクターを務めています。

2人の子育てをしながら、高い熱量でプロジェクトマネージャーやリーダー業務に臨む越本。日本初の「クリエイティブミュージアム」を作り上げるに至った、彼女のプロジェクトにかける想いに迫ります。


企画:NANDA会
執筆:石部 香織
写真:松永 篤 (NANDA会)
編集:岩崎 諒子 (loftwork.com編集部)

話した人

左から、
クリエイティブディレクター 長島 絵未(NANDA会)
クリエイティブDiv. シニアディレクター 高井 勇輝(NANDA会)
LAYOUT Unit シニアディレクター 越本 春香

人生を賭けて挑んだ、ミュージアム創設プロジェクト

長島 今日は越本さんにAkeruEの中を案内してもらったのですが、展示や体験の全てに、越本さんが丁寧に編んできたコンセプトが滲み出ていました。

高井 以前、ここを訪れたロフトワークのメンバーが「愛に溢れた場所」って表現してたんだけど、その意味がよくわかった。展示の内容はもちろんだけど、越本さんの解説もまるで自分のことを紹介するみたいに自然で。

越本 そのコメントは嬉しい! 私、このプロジェクトは本当にやりたかった仕事だと感じたし、「人生を賭けられる」と思って挑んでいました。

高井 「人生を賭けられる仕事」って、一生のうちにそう何度も出会えるものじゃないよね。どんな瞬間にそう思ったの?

越本 このプロジェクトが「自分自身の好きな要素を、全部詰め込んでいけるチャンスだ」って、気づいた時かな。

日本では知識習得のための教育から、個々の主体性を尊重した教育に変わろうとしている中で、「課題解決」や「価値創造」ができる人材を育成していく必要がある、と言われていて。AkeruEの学びには「STEAM教育*」と「クリエイティブ・ラーニング」という2つの大きな軸があるんだけれど、これらのアプローチがまさに、子どもの課題解決力や創造力につながるものなんだよね。

私自身、子どもの頃から、おもちゃとかゲームの原理を考えるようなギークな遊びが大好きだったんです。だから、AkeruEが目指す学びのあり方は、自分が子どもだったとしても絶対楽しく学べるし、想像が広がる余白を残しています。

*STEAM教育とは、Science(科学)、 Technology(技術)、 Engineering(工学)、Mathematics(数学)を統合的に学習する「STEM教育(ステムきょういく)」に、 さらにArts(リベラル・アーツ)を統合する教育手法。

越本に館内展示を案内してもらう取材メンバー

越本 だから、「私自身が子どもの頃好きだったものが、企画の出発点になるかも」って、ピンと来たんだよね。

長島 AkeruEの中で、そういう越本さん自身の原体験が生かされている場所ってありますか?

越本 例えば、「COSMOS」に来館した子どもたちが作った作品が乗った、回転するステージがあったでしょ。このステージ、実は昔デパートの一角にあったお菓子が乗ってる回る台を思い出して、「回ったら楽しくない!?」という発想が実現されてるんです。好きなお菓子を選んで量り売りしてくれるコーナー、あったじゃない?

高井 ああ、あったあった! 確かに似てるね。

来館者による作品をひとつのステージに乗せて動かす、COSMOSの展示

越本 それに、今回は自分が「すごいな、素敵だな」と思える仕事をしているクリエイターたちと一緒にものづくりができる機会でもあった。だから「ここに、私の全部を賭けよう!」って、決めたんだよね。

センス・オブ・ワンダーを子どもたちに伝えたい

高井 ステークホルダーが広範囲で人数も多い大規模プロジェクトだったと思うけど、その全体統括を任されるプロジェクトマネージャー(PM)として、どんな苦労があった?

越本 空間デザインや展示、コンテンツの全てを同時並行で進行する必要があったのは、大変だったかな。それと、2020年の6月にCOVID-19の第二波が来て、プロジェクトの一時中断が急に決まったとき。施設のオープンを半年も後ろ倒しすることになってしまって、これはすごく辛かった。

その間、AkeruEの活動を完全に止めたくないと思ったから、一部のワーキンググループは継続的に動かしたり、パナソニックセンター内の他の部署と別のプロジェクトを推進したり。結果として、それらの動きが良い形でAkeruEのプログラムにも還元されたと思う。

でも、展示に関しては半年間制作を中断しなければならなくて。普通に考えたら、クリエイターが辞退してもおかしくないような危機的な状況。でも、みんな「このプロジェクトはすごくやりたいから、引き続きがんばりましょう」って言ってくれて。当初予定していた全てのクリエイターが、作品を制作してくれました。

高井 すごいことだよね。クリエイターやプロジェクトメンバーとの一体感はどうして生まれたんだろう?

越本 プロジェクトに参加するメンバーに対して、いつもはじめに「センス・オブ・ワンダー*(神秘さや不思議さに目を見張る感性)を子どもたちに感じて欲しい」というコンセプトを伝えていたんです。みんなこのコンセプトに共感してくれて、同じ思いで取り組んでくれていたんじゃないかな、と思います。

チームのモチベーションコントロールという点では、当時、プロジェクトチームは入社2年未満のメンバーが多くて。私一人だけ突っ走ってもどうにもならないとは思いつつ、「私自身が一番楽しんでプロジェクトに取り組む姿を見せたら、みんなもついてきてくれるんじゃないか」という気持ちもあって。

高井 PMって、そういうところあるよね。マネジメントというよりは、旗を掲げて「こっちだよ、ついてきて!」って言う役割。

長島 実際にプロジェクトに参加したメンバーからも、「越本さんが息を吸うようにAkeruEのことを考え、楽しんでいるから、ついていこうという気持ちになった」という声を聞きましたよ。

越本 正直言うと、私は「プロジェクトマネジメント力」に長けているとは言えないと思う。今回はプロジェクト規模も壮大で、メンバー全員のタスクの進行状況をマイクロマネジメントするなんて、とてもできないなって。だから、タスクの進行はそれぞれのメンバーに一任して、私はメンバーのモチベーション管理にまわることにしたんだよね。

見る人が見たら「それって、PMなの?」ってツッコミをもらいそうだけど(笑)。でも、プロジェクトに関わるみんなを完全に私の管理下に置いてしまうのって、お互いにしんどいじゃないですか。

高井 管理する側もされる側も、どっちもしんどいよね。

越本 あと力を入れたのは、施設の運用プランの策定かな。社会的な視点やユーザー視点、クライアント視点。施設運営には攻めの視点・守りの視点の両方が必要だから、それぞれの視点を対峙させながらプランに昇華した。この仕事は、私が担当してきた『100BANCH』の立ち上げと運営の経験が、すごく活きたと思う。

高井 LAYOUT Unitはいろんなプロジェクトを経て、空間や施設を立ち上げるだけじゃなく、その後の成長や発展を見据えてチャレンジングなことを実践できるチームになったよね。きっと、越本さんみたいなプレイフルなディレクターの存在があったからこそ、できることが広がったんじゃないかな。

越本 いやいや! LAYOUT Unitには私だけじゃなくて、たくさん才能豊かなメンバーがいるので。みんなの力だね。

*センス・オブ・ワンダー…レイチェル・カーソンの同タイトルの著書より、子供たちが本来持つとされる、美しいもの、未知なもの、神秘的なものに目を見はる感性のこと。

ロフトワークのいいところ「全部盛り」

長島 越本さんは、二人のお子さんと一緒に100BANCHやAkeruEに来て仕事してますよね。育児と仕事を上手くミックスしながら、自分らしい働き方をナチュラルに実現しているんだなと感じてます。ロフトワークには在籍9年目だそうですが、ロフトワークで働き続けようと思える、モチベーションの源泉はどんなところにありますか?

越本 やっぱり、ロフトワークのカルチャーが好きなんだよね。(林)千晶さんが発信するメッセージにも、たくさん刺激されてきた。だからこそ、AkeruEには、ロフトワークで今までやってきたことを全部詰め込んだし、YouFabAWRDなど、ロフトワークが持っているアセットもフルで活用させてもらいました。

高井 確かに、ロフトワークのエッセンスが「全部盛り」だよね。今回、NANDA会でAkeruEプロジェクトが受賞した賞は、「ロフトワークの畑賞」。みんなでプロジェクトの価値をディスカッションした時に「クリエイティブの種がAkeruEから芽吹いて、育っていく印象」というコメントが出て、この賞の名前を選んだんだよね。越本さんは賞の名前や評価を聞いて、どう思った?

「NANDA会」の「賞の名前」について

全社員参加型のオンラインプレゼンテーション大会・NANDA会では、受賞プロジェクトが決定する過程にちょっとした仕掛けがあります。
前プロジェクトのプレゼンが終わったら、投票により6プロジェクトを選出。その後、ロフトワークのメンバーがそれぞれ選出されたプロジェクトごとのブレイクアウトルームに集まり、ワークショップをしながら「賞の名前」の候補を複数案考えます。最後に、受賞したプレゼンターがどの名前がいいかを選んで賞が決定。
「賞の名前」を考えるプロセスは、「プロジェクトのクリエイティブなポイントを、ロフトワークのメンバー自身が考え・言語化する」という、NANDA会にとって重要な意義を持っているのです。

越本 AkeruEプロジェクトを「ロフトワークの畑」と表現してもらえたのは、嬉しかったな。私自身も、持っている「種」を全部、このプロジェクトの中に蒔いたつもりだから。AkeruEの持つ可能性を「畑」という言葉にしてもらえたのは、私の中でもすごくしっくりきたんだよね。

憧れの存在と、対等のステージへ

越本 Ars Electronicaっていう、世界的なメディアアートの祭典をやってる機関があって。前からすごく憧れていた存在で、2019年に訪問した時から少し連絡を取っていた事務局の方にAkeruEオープンのお知らせを送ってみたの。私としては、「目に留めてもらえたらいいな」くらいの気持ちで。そうしたら、なんと「情報交換しましょう」って、お返事が来て! 

長島 それはすごい!

越本 彼らは私たちにいろいろなアイデアを投げかけてくれて。同じ目線で話してくれていることにプレッシャーを感じつつも、最高に嬉しかった。ナショナルカンパニーであるパナソニックさんと一緒なら、日本の教育を変えるくらいの大きな波が起こせるんじゃないか」という言葉ももらい、彼らの視座の高さとポジティブさに背中を押された気がします。

高井  憧れの存在と同じフィールドに立てる日が来るなんて、これまでのキャリアで考えたことはあった?

越本 全然。そもそも私、「自分がどうなりたいか」をあまり考えたことがなくて。ロフトワークには明確に得意領域を持ってる人も多いけど、自分は「専門」と呼べるものがなくて。それがコンプレックスだったんだよね。

でも、新人時代にあるチーフディレクターにそのことを相談したら、「ジェネラリストでいいじゃん。ロフトワークみたいな会社だと、浅く広くバランスよくできる人って意外と少ないんだよ」って言ってくれて。それからは、出来るだけ様々な領域の挑戦をすることを自分の中で肯定できるようになった。

高井 これまで幅広い案件に挑んできたからこそ、越本さんの特性が磨かれてきたんだね。そして、今回のような壮大なプロジェクトを高い視座から導けた。これからの目標として、越本さんが考えていることはある?

越本 AkeruEは、学校の課外学習や修学旅行などを通して「全くミュージアムに興味がない子」たちも、本人の意思とは関係なく連れて来られる機会があるんだよね。それって、意識の高い子どもたちに限らず、多様な環境で育つ子どもに向けて「新しい意識」が芽生えるきっかけを提供することに繋がるかもしれない。それに、学校の先生たちもAkeruEで刺激を受けることで、指導の仕方が変わる可能性もあるんじゃないかなと思って。

これから、AkeruEの10年スパンのロードマップを立てて、大人も子どもも共に学び一緒に育っていく「共育」のビジョン実現へと向かっていきたい。それが、今の目標かな。

パナソニック クリエイティブミュージアム「AkeruE」立ち上げプロジェクト

パナソニック株式会社は、有明に「クリエイティブミュージアム」という新しい概念を打ち立てた新施設、「AkeruE(アケルエ)」をオープン。ロフトワークは同施設の総合プロデュースを支援しました。
AkeruEのコンセプトは、「ひらめきをカタチにするミュージアム」。子どもや若者世代がVUCA時代において不可欠な創造力を育む、新しい教育展示施設のあり方を提示しています。

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複雑な世界で未来をかたちづくるために。
いま、デザインリサーチに求められる「切実さ」を問い直す