成長を生み出し、繋がり続けるための仕組みをつくる。
AkeruE「アルケミストプログラム」の挑戦
何度も行きたい、逢いたい人がいる場所をつくる
ロフトワークでの社歴が10年を越えたLAYOUT事業部の越本春香です。
LAYOUTでは、場の企画から運営まで行いながら、体験やコミュニティを生み出す共創空間をつくっています。
コロナ禍を経て、この数年で改めてリアルに会ってコミュニケーションできることの大切さに気づいた方も多いと思います。LAYOUTでも、パンデミックが終焉に近づき、リアルな場を通した体験提供の価値を再認識した様々な企業からご相談を頂くことが多くなりました。「どんな場を作りたいか」「どんな状態にしたいのか」のビジョンはそれぞれあるなかで、私たちが企業にお伝えしていることは、1度来て終わってしまう場ではなく 、“成長を生み出し繋がり続けるための仕組み”をつくることです。
私自身は、パナソニックのクリエイティブミュージアム AkeruE (アケルエ)の総合ディレクターとして、立ち上げ時の企画設計から開業、現在に至るまでの2年半、施設の運営に携わっています。実際に場(ハード)をつくった後に展開される、有機的な場づくり(ソフト)において、私たちが大切にしていることを、「AkeruE」での実践を紹介しながら解説していきます。
執筆:越本春香(Layout シニアディレクター)
編集:鈴木真理子(ロフトワーク広報)
ビジョン実現に必要なのは、来訪者との長期的な関係性
クリエイティブミュージアム AkeruEには、年間300の学校団体と一般の来場者あわせて16万人が訪れます。平日は学校団体で数百名規模の来場があり、休日はファミリーで賑わう施設です。
「つくる人をつくる」というビジョンに向けて、子どもたちの成長を見届けるには長期的な関係性作りが必要になります。展示そのものは1回楽しんだら満足して終わってしまうかもしれませんが、体験をサポートするクルーが自己肯定感を上げるようなコミュニケーションをしたり、興味を引き出していくことで、来場者がファンになって年間パスポートを購入してくださるリピーターも多くいます。そのためクルーのマインドセットづくりと育成には力を入れています。
さらに、人も場も成長しながら継続させるためにはコミュニティの力も重要です。その活動をプログラムと位置付けています。
情熱を持った仲間と出会い、目標に向かってものづくりしながら切磋琢磨し、その成果を発表するという体験を共にしていくことで熱狂と強力な絆が生まれていきます。これは場をつくって人を集めただけで機能するものではありません。目指したいコミュニティの設計と、実行し続けるためのチームがその時々のメンバーに合わせて有機的に動いていくことを常に意識しています。
哲学を育む「アルケミストプログラム」とは?
長期的な関係性を育むための会員制プログラムとして立ち上げたのが、毎週通いながら探求活動を行うプログラム「アルケミストプログラム」です。
アルケミストプログラムとは、ものづくりを通じて「自分のやってみたい」という情熱を、自分の力でカタチにする3ヶ月間の探求プログラムです。活動を通じて、これからの複雑な時代を生きていくための力(自分をつくるための力)を育んでいきます。
望んだサービスが指先ひとつで自動的に運ばれてくる便利な世の中。受け身になると、考える力や行動する力を養う機会が失われていきます。これからの時代で身につけたい力として、ブラックボックス化したサービスの中身を知ることに加えて、素材調達や組み立てを行う生産、そしてユーザーの手元に届ける流通や販売まで、ものづくりのプロセスを体験しながら理解し総合的な「つくる」力を持つことが、先行き不透明な世の中を生き抜く力になるのではないかと考えました。 想像通りに物事が進まないけれど何度も試行錯誤して挑戦する経験は、社会生活を送るうえで遭遇する試練の縮図のようなものです。
ゲームの世界では道具や資材がすぐ手に入り、簡単に建物を建てることもできます。実際に自分の手を動かして物理的なものづくりの作業を行うことは苦労も伴います。リアルなものづくりの過程では、スケール感を想像できるようになるために測量を行い、サイズ感覚を養ったり、素材により接着できないものがあることを学んだりするところからスタートします。
繋がりつづけるための4つの仕組みとポイント
それでは、実際に、3ヶ月間というある程度の時間、プログラムに参加してもらい、その後も長期的につながる関係性を育むために、私たちが行なっている4つのポイントをお伝えします。
「好き」「やってみたい」という内発的な動機をつくる
活動を続けるには内発的な動機が重要です。自身の「好き」「やってみたい」というポジティブな想いからプロジェクトを始め、自分の中にある思考や哲学を表出し、夢を描いてカタチにし、誰かの手元に届けることで評価され、自己肯定感を高めます。これらの一連の流れは、教育業界の中ではすでに取り入れられているところもありますが、ビジネスのなかでも重要なスキルに繋がっていきます。
世代を超え、フラットな新しい関係性がうまれる
一般的な教育プログラムは大人から子どもに向けて提供されるものが多いと思いますが、アルケミストプログラムでは子ども(小学校4年生以上)だけではなく、大人も活動メンバーとして参加することができます。多世代が混在する状態にすることで、大人の方が締め切りを守れず怒られた時には「大人は完璧ではない」ということを知ったり、子どもから大人が教えてもらうこともたくさんあります。どの世代でも共に育つ「共育」というかたちを目指しています。
年齢が違っても上下関係のないフラットな関係性をつくるために、運営側もコミュニケーションをサポートする仕組みのデザインを行っています。「つくる」という共通体験をおこなうことで、共通言語が生まれ年齢や経歴の壁は薄くなっていきます。
対価の可視化を通じて、モチベーションをあげる
専用通貨「Slt」を導入し、対価を可視化することも行っています。スキルや努力の証として通貨がもらえるようになると、稼ぐために工夫をしたり、通貨の使い道を提案してくるメンバーも出てきます。プログラムの中で経済圏が生まれることは、これからの働き方に関わるキャリア形成にも繋がっています。
活動をひらいて、フィードバックをあたえる
プログラムの活動拠点は、AkeruEに併設された工房です。閉じられた空間でものづくりするのではなく、AkeruEに来場する大勢の人を自分のお客さんだと思い、発表を行ったりフィードバックがもらえるように活動を公にひらくような仕組みもあります。そうすることで「好き」という純粋な想いからスタートしたプロジェクトがアイデアや空想だけで終わるのではなく、多様な世代や属性の人に触れることで領域を横断し、現実を見据えた意識の醸成につながっています。
活動の成果
アルケミストの活動を通じて、「欲しいものは自分でつくれば良い」という言葉が子どもから発せられたり、お小遣いを貯めて3Dプリンターを買って自宅の家具を修理したり、外部コンテストで受賞するような実績も生まれています。
プログラムがなくても、個々では成長していくかもしれません。しかし3ヶ月という短期集中型のプログラムの中で、様々なメンバーが同時多発的に活動し最後は大勢の前で発表するという機会にチャレンジすることによって、急成長と連帯感を生み出します。
この流れを繰り返すことで、コミュニティの新陳代謝も促され新しいメンバーが次から次へと入ってくることに繋がっています。
体験を共にする企業ブランディング
クライアントのパナソニックさんは、これらの活動をCSRではなく企業ブランディングの一環として取り組んでいます。過去には企業ショールームとして商品や社歴を見せる場だったパナソニックセンターを、子どもや家族で楽しく学ぶ体験の場と捉え直しています。次世代を生きる人材の育成に会社の強みを活かして貢献していくのと同時に、子どもたちの記憶にポジティブな存在としてブランドを落とし込んでいくことで、企業のファン作りに繋げています。
実は先日、ジュニアNISAでパナソニックの株を買ったというメンバーも現れました。ファンから商品購買につなげるというレベルを超えて、これからは子どもたちが主導で企業の方向性を決めていく時代が来るのかもしれません。
同じサービスを安定的に提供し続けることも重要ですが、社会の状況が刻々と変わっていく中で柔軟に方針を変えたり、スピーディーな対応が求められるのは、施設運営だけではなく経営も同じだと思います。プログラムというコンテンツが投下されることで、活動を有機的に動かすための起爆剤となり、定性的な価値を生み出しながらユーザーが進化していくことは、施設や企業の進化にもつながっていくのです。
関連ニュース
2023年10月、ミュージアムとしてのAkeruEという場と、有機的な場作りである「アルケミストプログラム」の活動が、共にグッドデザイン賞を受賞しました。
場づくりや、コミュニティの担当の方、
まずは気軽に話してみませんか?
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