アート分野に求められる科学的・論理的なマネジメントとは?
「アート&プロジェクトマネジメント講座」受講レポート
アート分野における属人的な知見を、実践的に獲得するカリキュラム
日本各地で地域芸術祭が増加し、美術館の新設も続くなか、多数のアートプロジェクトが企画・進行されています。一方、アート分野のプロジェクトをマネジメントできる人材が非常に不足しているという課題があります。
その理由の一つとして、「特定の個人の知識と経験に頼ることが多い」という現状があります。また運営チームの構築、スケジュールや予算管理といった一般的なマネジメント業務に加え、キュレーターや作家、コーディネーターとのコミュニケーションや、教育、運営、広報など、膨大かつ専門的な領域の業務を統括・管理する重要な責任があり、体系的な学習が困難であることも、その要因として挙げられます。
ーどうすれば、アート分野で論理的・科学的な方法を用い、安定的にマネジメントできる人材を育成できるのか?
このような問題意識を背景に、2021年11月から「アート&プロジェクトマネジメント講座」(第1期)がスタートしました。豊富な経験を持つ講師陣が、アート業界の知識と、プロジェクトマネジメントの知識の双方を学べるユニークなカリキュラムを作成。座学とワークショップによって、集中的にアートのプロジェクトマネジメントを伝授していく講座です。
約2ヶ月間の集中プログラムには、アートプロジェクトに対して様々な立場や視点、想いを持った11名の受講者が集いました。本記事では、受講者として参加した、クリエイティブディレクター䂖井が、受講生の視点で講座の概要と、参加を通して得た知見を紹介します。
「アート&プロジェクトマネジメント講座」概要
「アート&プロジェクトマネジメント講座」は、多数の現代美術のプロジェクトを手掛けるエヌ・アンド・エー株式会社とクリエイティブカンパニーの株式会社ロフトワークによる合同事業「NINE 有限責任事業組合」によって運営・実施されました。
https://awrd.com/award/2021artandpm
前例の無いことに挑戦し続けるからこそ、必要なプロジェクトマネジメント
第1期となる今回は、プロジェクトマネージャー(以下PM)、キュレーターとして第一線で活躍する計8名の講師陣による講義を実施。「芸術祭におけるプロジェクトマネジメント」の知見が具体的な事例と共に語られました。
講師陣
- 南條史生(N&A株式会社代表、森美術館特別顧問)
- 諏訪光洋(株式会社ロフトワーク代表)
- 田篭美保(森美術館展示・制作グループ シニア・コーディネーター)
- 原亮介(株式会社ロフトワーク シニアディレクター)
- 桑原康介(「KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭」PM)
- 藤原さゆり(NINE 事務局長)
- 杉原悠太(「FUJI TEXTILE WEEK /織りと気配」、「TEXTILE & ART 展」PM)
- 沓名美和(「FUJI TEXTILE WEEK /織りと気配」、「TEXTILE & ART 展」キュレーター)
これまで数々の大規模プロジェクトを運営してきた講師陣による講義はオープンイベントではなかなか聞くことのできない、リアルで熱量あるものでした。
例えばある美術館の設立時は「PM」というポジションはおらず、「自分たちが持っている情報が隣の部署にどんな影響を与えるのかも分からない状態」で運営されていたというお話しがありました。そして芸術祭においては「他人の土地に作品をつくる」ことへの合意形成の難しさがあり、稼働のうち「2割が作品制作に関することで、残り8割が合意形成だった」と具体的な課題と対策が語られました。
また、今から10年前の芸術祭では、記録がほぼ紙で管理されていた為、集積された知見が無いことが多かったり、「そもそも実現可能か?」、「何から始めるべきなのか」といった議論が飛び交う会議も多かったと言います。多くのプロジェクトを実際に走り抜け、やり抜いてきた講師陣だからこそ語り得る知見が惜しみなく共有され、アート分野のPMが担う担当範囲の広さや責任の重さを知ることができました。
南條氏はアート分野になぜプロジェクトマネジメントが必要なのかご自身の膨大な芸術祭や展覧会の企画・運営で得た知見を元に、役割やその存在意義について具体的に解説。ロフトワークの諏訪からもPMBOK®(※)の紹介や、「PJの失敗」は実は「2〜3ヶ月前に起こしたこと」が原因であり、PMは「健康で安全なプロジェクト進行」を最優先の目標であることなど、基本的でありながらも、経験者だからこそ発せられる重みのある言葉が聞けました。
自らの「役割」や「視点」に気づけたオンラインワークショップ
オンライン講義ではPMBOK®をベースにしたワークショップも複数回実施。基本的なプロジェクトマネジメントを学んでいきました。
また、プロジェクト関係者の影響度や関心度をメンバーで把握・共有するための「ステークホルダーマッピング」はチームビルディングにおいても重要なものです。ステークホルダー(プロジェクト関係者)の視点は、その人の立場や、フェーズによって大きく異なるもの。改めてそれぞれの視点から「プロジェクト」というものを見つめ直すワークとなりました。
「展覧会」という一つの物語を紡いでいくためのチームマネジメント
オンラインのプログラムを通じてプロジェクトマネジメントと芸術祭の企画・運営を学んだら、次はいよいよ芸術祭の「現場」を訪れながら学ぶ講義です。
現場訪問の前日にはPMの杉原悠太氏とキュレーターの沓名美和氏をゲストに山梨県富士吉田市で開催中の芸術祭「FUJI TEXTILE WEEK /織りと気配」、「TEXTILE & ART 展」の企画・運営をPMBOK®の視点で分析しました。
芸術祭では、作品の設置や開催中の管理方法、地域の方とのコミュニケーションなど、開催中もさまざまな判断がPMに求められます。特に今回の芸術祭は当初から予定されていたのではなく、地域振興のプロジェクトをより効果的に伝えていく方法の一つとして運営メンバーから提案されたものでした。
限られた期間や予算の中でステークホルダーの要望を整理し、ひとつの答えとしての提示されたのが本展覧会。作家、施工担当者、コーディネーター、そして地域の方々ひとりひとりとの「チーム」としての深い対話、そしてPMが深く向き合ったからこそ生まれた能動的・自発的な協力が展覧会をより良いものにしたことが丁寧に語られました。
熱量のある担い手を生み、また次の関わりを作っていくために
印象的だったのは、参加者のひとりが話していた「アート業界を大きく変えていくには、アーティストや行政だけではなく、発注者側の意識を変えていく必要があるのでは」という声。そこでは、「どうやるのか」という企画や運営の目線で見ていた芸術祭の舞台裏とは異なる、「何のためにやるのか」という視点が求められました。アート分野の具体的な成果目標が設定しにくいという課題や、アートに限らず、この時代に求められている大きな課題感が内包されている気がしました。
またアート分野に限らず地方創生・新規事業などの分野でも多く語られるのが、「熱量のある人でも挑戦を繰り返す中で疲弊してしまう」ことです。この課題に明確な特効薬はないかもしれません。ただ個人的に感じたことは、体系的・実践的に学んだ「PM」がアート分野に増えることで、不確定な要素や変更の多いプロジェクトでも、他者と関わり、ものごとの解像度を高めていくことによって、誰かひとりがやみくも頑張るのではなく、「チーム」としてそれぞれの役割に熱意を注ぎ込んでいける環境を生み出すことができるのではないだろうか、ということでした。
「面白い」だけではなく「なぜだろう」と考え続けること
「アート」の作用は、解りにくいもの、一見理解しがたいもの、不確定で変化しやすいものを「受け入れる」きっかけを提供するのみに留まりません。「自分の考えやものごとへの解像度を上げる」ためにも、アートは必要です。さまざまな理論も生み出され、「アート」は人々にとってより身近なものになっています。
私自身はロフトワークのディレクターと並行し、プライベートでも芸術祭や展覧会のキュレーションに関わっています。アートは教養や表現に留まらないものであり、解説文や誰かの言葉ではなく、自分で見つけることができるもの、そしてその過程を通し自分自身の考え方や、これまでの生き方を振り返るきっかけとなるものだと思っています。
約2ヶ月という短期間ながらも濃密な「アート&プロジェクトマネジメント講座」は今後も継続してプログラムを実施予定です。運営チームからは、第1期参加者によるコミュニティの形成や、本講座を通じARTxPMのひとつの「型」を作っていくという今後の展開が語られました。
新しいと感じるものを次々と生み出すキュレーターやディレクターは確かにいます。それらは属人的で再現不可能なように語られることが多いです。しかし属人的であることは「ひとつのやり方」に過ぎません。さまざまな視点を元にひとつの「型」を作り出し、そこを起点に他の手法や工夫できることが無いか、選択肢を増やしながら最適解をチームで考えて進めるのがPMの役割ではないでしょうか。
もちろん、そこに至るまでには長い道のりが必要かもしれません。それでも自分では見えなかった「世界」や「ものごと」の見かた、熱意を共有し、世界を広げ、見落としていたものを発見するためにも、自分と異なる考えを持つ人たちと対話してみることが、アート分野におけるPMの一歩なのかもしれません。
アート分野で挑戦を始めようとしている方、まずはお気軽にご連絡ください
ロフトワークではさまざまな規模のアート分野プロジェクトに関わってきました。
古くは「KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭」のコミュニケーション計画やWebサイトの作成。 近年では、次世代の創造性を育むクリエイティブミュージアム「AkeruE」の開業や、3次元空間での新たなクリエイティブ表現と体験のデザインを開拓する実験的プロジェクト/コミュニティ「NEWVIEW」から”あたらしい表現の学校”「NEWVIEW SCHOOL」を開講。そしてアートを楽しむ視点を増やす大丸松坂屋百貨店のメディアコミュニティ『ARToVILLA』など、行政や企業とともに「アート」の繋がりを広げています。
「表現」や「コミュニケーション」がある場所にアートは存在しています。ロフトワークは多くの事例を通して蓄積した知識やツール、それを使いこなすメンバー、クリエイターとのネットワークがあります。アート分野でプロジェクトを進めていきたい方は、ぜひお気軽にご相談ください。
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