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加藤 あん 2026.07.24

最適化された日常の先にある「二つ目の扉」の開き方

仕事ができるようになれば、悩みは減る。
けれど、そのあたりから顔を出す問いがあります。
このままでいいのだろうか、と。
ある程度できるようになったからこそ、生まれる悩み。それが「次のステージ」をどう作っていくかではないでしょうか。

転職を考えるのも、独立を考えるのも、今までとは違う表現に手を伸ばしたくなるのも、仕事がうまくいかなくなったからとは限りません。今いる場所に悶々としたものを感じたときに、次のステージを探し始める気がします。

2026年7月10日、FabCafe Kyotoで開催した採用イベント「Beyond ― 探究心を起点に、視座を広げる仕事」。 ロフトワーク京都ブランチのクリエイティブディレクター・加藤あんと、Pangraphics アートディレクターの矢後直規さんが語り合ったのは、そんなキャリアの転換点についてでした。

FabCafe Kyotoで開催した採用イベント「Beyond ― 探究心を起点に、視座を広げる仕事」

できる、わかる、早くなる。そんな日常に潜む「閉塞感」

いつの間にか、仕事が「うまく」回せるようになっていることに気づく瞬間があります。

ひとつの企画、一本の線を引くのにも、息が切れるほどのエネルギーを消費していた20代。けれど、経験を重ね、30代を迎え、中堅と呼ばれるポジションに就く頃には、状況は一変します。過去の成功パターンや膨大な引き出しが脳内で瞬時に繋がり、最適な答えが苦労せずに出せるようになる。予測が立ち、意思決定は極めてスピーディになり、周囲からの評価も安定していく……。

それはプロフェッショナルとしての確かな「成長」であり、手に入れたかった「快適さ」であるはずです。しかし、本当にそれだけで、私たちは満たされるのでしょうか。仕事が「簡単」になっていく快適さの裏側で、ある種の飽和感や、自分が小さくまとまっていくような静かな危機感を覚える人も少なからずいると思います。周囲から信頼される存在として評価されているからこそ、自分自身が自ら作った安定の枠組みに入りつつあることには、なかなか気づけないものです。

(左)ロフトワーククリエイティブディレクター加藤あん(右)Pangraphics アートディレクター 矢後直規さん

矢後 若いときって、何かを生み出すためには、全身の血を絞り出すようにして、ひねり出す必要がありました。けれど40代くらいになってくると、経験値が増えて、最適で確実な答えを出しやすくなる。クライアントとの素晴らしい信頼関係があって、お互いの呼吸で仕事がスムーズに進む。それ自体は本当に幸福で、プロとして目指すべき尊い状態です。ただ、その最適化された心地よさに甘んじていると、自分自身の表現の引き出しが固定化されてしまうんじゃないか、という怖さを感じる瞬間もあるんです。

加藤 できるようになってしまうと、逆にそこから抜け出すのが難しくなる部分もありますよね。

矢後 そうそう。できるようになると、最適解が見えるスピードも早くなって。「イラレ(Illustrator)が俺に追いつかへん」って状態になるんです笑。でも、それって若いときにしっかり表現の栄養をとっておかないと、絶対にその状態にはなれない。だからこそ、今ある安定や最適化された日常のなかで、「もっと新しい驚きを世の中に、そしてクライアントに提供できているだろうか」という、自分を更新することへの渇望が顔を覗かせる。このとき生じるかすかな閉塞感こそが、実は自らのキャリアを次のステージへと押し進めるための、重要なシグナルなのかもしれません

ロフトワーク京都ブランチでクリエイティブディレクターを務める加藤あんもまた、一般的には若手と呼ばれる年代ながら、日々のプロジェクトを推進する中で、「習熟」の先にある問いと向き合い続けている一人です。

加藤 ロフトワークでの仕事は本当にエキサイティングだし、できることも増えました。だけど、今の自分の延長線上にただ乗り続けるだけでいいのか、今の自分をどうやって破ればいいのかというのは、ずっと考えています。ここにいる皆さんは前向きに転職を検討されている方も多いと思います。転職や、新しい何かを始めたいと思うタイミングって、今の自分を一段飛び越えて、次のステージに行きたいと無意識に渇望しているときなんじゃないかと思うんですよね。

「完璧主義」からの脱却とらしさの分解

デザインシーンの最先端でキャリアを発展させながら、自らのアイデンティティを更新してきた矢後さん。

では、最適化され、固定化されつつある自分自身の「らしさ」から、どうやって抜け出せばいいのでしょうか。 アートディレクターとして、広告表現の第一線で17年間にわたりキャリアを築いてきた矢後さんが振り返ったのは、「完璧主義から一度離れてみること」の重要性でした。

グラフィックデザイナーという職能は、本質的に「超完璧主義」の世界です。0.1mmのズレにこだわり、ミリ単位で要素をコントロールし、細部に宿る美しさをどこまでも追求する。矢後さんもまた、その完璧主義という「一つ目の扉」を限界までこじ開け、自らのデザイナーとしてのアイデンティティを確立しました。しかし、ある時その完璧主義そのものから抜け出そうとする瞬間が訪れます。

矢後 グラフィックデザイナーって、僕の中では超完璧主義、超ストイックな存在なんです。0.1mmの違いがわかる、みたいなところにこだわっていく。でも、僕はそこから一度離れたいなと思ったんですよね。1mmとかを気にしない人になりたかった。だから、手描きの作品を作り始めたんです。

加藤 それまでは、1mmのズレも許さないようなストイックなつくり方をずっとされていたんですよね。

矢後 そう。1mmのデザインを頑張るんだけど、リサイズされて『違うじゃないか』ってなるくらいなら、そもそもリサイズされる前提のデザインなんだから、それに耐えるデザインにしておけよ、って自分に対して思うようになって。そこからグローバルで使用されるビジュアルとかが多くなってきたから、それに耐えるものを作るしかないなと思って、完璧に細部にこだわるのをやめたみたいな感じだった。

加藤 でも、その1mmにこだわった時代も、全然無駄ではないですよね。

矢後 1mmへのこだわりがあったからこそ『1mmじゃない』ってなるのよ。アウトスタンディングな人になりたいって思った時は、まず『らしさ』を定義する。らしさを自己分析して、そこを抜け出して、そうじゃないことをやる。それがキャリアの第二の扉になるんじゃないかな。

多くの人は、一つ目の扉(=自分の専門性や得意領域)を開けることに全力を注ぎます。しかし、そこを極め、自分らしさを完全に確立した瞬間に、その「らしさ」という強固な檻に閉じ込められてしまう。 檻から抜け出すためには、自分が得意とする手法や、自らを形作ってきた完璧性をあえて手放す勇気が必要です。

矢後さんのアートワーク「Human Error」シリーズの一作。グラフィックデザインのアートワークへの広がりを実験的に検証している。

他者という触媒と「第二の扉」

自らの「らしさ」を裏切り、新たな扉を開くとき。自分自身の内側からではなく、他者という「外部からの衝撃」によってもたらされることも多いです。矢後さんが精密な広告ビジュアル主体の表現から、手書きのドローイング作品へと表現手法を大きく拡大したのも、他者からの言葉がきっかけだったといいます。

矢後 2020年にLaforet Museum HARAJUKUで初めての大きな個展を開催した時のこと。その写真を作るために描いていたラフスケッチを見た、僕が本当に尊敬しているレジェンダリーなアートディレクターの先輩から、ぽろっと「お前は絵を描け」と言われて、描いてみたっていうのがきっかけです。

加藤 自分自身では気づいていなかった可能性を、他者からの客観的な言葉によって引き出されたんですね。

矢後さんがドローイング作品を作るきっかけとなったラフスケッチ。

矢後 そうそう。写真家で映画監督の友人と「二つ目の扉ってありますよね」って盛り上がって、その話をしたんです。「これこそキャリアなんじゃないか」って。一つ目の扉を開ける人は結構多いけれど、二つ目の扉があることを知っている、見えているのと見えていないのとでは、だいぶ違うと思うんですよね。今、目の前にあることと、違うことをやるのは、その二つ目の扉がどこかにあることが分かっている状態なんです。

「自分らしさ」という檻を破るために、他者という存在を触媒にする。この、矢後さんが個人的な創作のなかで経験したパラダイムシフトは、実はロフトワークにおける日々のディレクション実践とも深く地続きになっています。

加藤 ロフトワークも、近いところがあるかもしれません。社内に制作を内製する部隊がなくて、プロジェクトごとに外部のクリエイターと組んでいくんです。毎回まったく違う人たちと、いちからチームをつくる。だから、自分ひとりの中で完結することがないんですよね。

加藤が「自分をどうやって破るか」という問いに向き合い続けているのも、そうした環境の中でのことです。プロジェクトが立ち上がるたびに、クライアントの課題や目指したいビジョンに合わせて、社外の多様なクリエイターやアーティストをアサインし、その都度、最適なチームを組成していく。自分以外の「まったく異なる専門性と視点を持った他者」と対話し、協働せざるを得ないこの構造こそが、自ずと自分の中にあった固定観念を揺さぶり、更新し続けるための仕掛けになっているのです。

あの人に依頼したい!憧れのクリエイターリスト

加藤 クリエーターの方をアサインするときって本当に楽しいんですよ。皆さんも憧れのクリエイターや、好きだったアニメ、作家さんとかいると思うんですが、そういった方と仕事ができる環境で。私は、「依頼したいクリエイターリスト」をつくっています。デザイナーやアーティスト以外でも、歌人の人をアサインしたこともありました。「未来からの手紙」というプロジェクトの時なんですけど、SFプロトタイピングの未来のウェブサイトを作る時に、歌人の人に5つのテーマで歌を作ってもらいました。

ロフトワークは、自分の好きと仕事が混ざり合う環境だと語る加藤

矢後 面白いね。そのリストに夢がつまっているんだ、でも、エゴ、自我、自分のやりたいことを押し通すだけでなく、そうやってクリエイターやクライアントを巻き込んでいくんだよね。ロフトワークの人たちは外部の人とやらざるを得ないから明るいのかな。

加藤 仕事をご依頼したいクリエイターの方の展示を、出張帰りに観に行って、ご挨拶することもあります。フィジカルに会いにいくって、すごく大事だと思ってて。自分の好きと仕事がかなり重なり合うというのが、ロフトワークの特徴ですね。自分の不得意を得意に変えるよりも、自分の得意をいかに伸ばせるかっていうのを大事にしてくれている会社なんです。

矢後 苦手なことをできるようになった方がいいけれど、自分の苦手なことをできる人が隣にいればいい。他者の多様な能力を理解し、補い合っていく方が、キャリアって良くなるかもしれないね。

アンテナをはる、手を動かす。その繰り返しが導く「センス」

気がつくと私たちは「効率的なキャリアの設計図」を求めてしまう気がします。目標とする職種やポジションをゴールに設定し、逆算して必要なスキルだけを最短距離で手に入れようとする。 しかし、つくる人としての「二つ目の扉」は、そのような綺麗な設計図からは決して見つかりません。

ロフトワークの加藤は、日々のディレクション業務で脳をフル回転させる一方で、週末になると全く仕事とは関係のない「実験」を繰り返している、と語ります。

加藤 私は、ものを自分の手で作る人が強いと思っているんです。手を動かすことの価値を感じていて、土日にダンボールでソファを作るとか、やっぱりプロトタイプをつくるんです。それが自分の栄養になる。ものをつくる、ディレクションのループを生きることが日々大事だと思うし、第二の扉がそこに隠れているんじゃないかと思うんです。昔好きだった本を手に取った瞬間に「あ、こういう表現がしたかったんだよね」って思い出す瞬間があって、それを反映できる素地がロフトワークにはあるんですよね。

加藤がファンだったクリエイターとの共創プロジェクト。展示、手編みワークショップ、トークで構成した。

矢後 日々アンテナをはって、栄養をとっておくことは、本当に大事だね。ある種、キャリアは統計的なものだと思っていて。数をやったからこそ見える世界、ひらく扉がある。日々の集積、やってきたこと、培ってきたもののなかに次の何かがある。無駄なものでもたくさん数をやるのは大事。

加藤 数をバーっと集めていると、解像度高く見える。だからワーってたくさんやらないと、次が見えないのかもしれないですね。

矢後 そう。1mm(=目の前の仕事)あってからこそ「1mmじゃない」ってなるのよ。無駄なことが、無駄だって思ったことの価値。1ミリにこだわった時代があったから、1ミリじゃなくていいと判断できるようになるんです。

未完のままで、次の扉へ

対談の最後、加藤は「私はまだ、二つ目の扉を開けていない気がします」と言葉にしました。

それは、自身の未熟さの告白とは明らかに違うもので、つくる人としての探索意欲から出てくる発言でした。

ロフトワークという環境は、そこに所属すれば自動的に誰かが次のステージへ引き上げてくれる場所ではありません。しかし「これまでの自分らしさに飽きてしまった」「最適化された日常から抜け出して、もう一度自分を壊し、新しい扉を開けたい」と願う人にとっては、変化が起きやすい構造を持ったステージなのでしょう。

最後に「ロフトワークらしさとは?」という問いに、加藤はこう答えました。

加藤 ロフトワークらしさって何でしょうね……。得意不得意がそれぞれありながら、でも補い合える場所なんだと思います。入社がゴールじゃない、野望がある人が多いです。自分の得意やキャラを周りが作っていってくれて、主観と客観を往復しながら、求められているものや好きを掘り下げる環境があります。

矢後 ロフトワークはコレクティブというより、コミュニティなんですよね。自分の苦手なことができる人が隣にいればいいし、その他人を理解していく方が、結果的に自分のキャリアだってずっと良くなると思う。

クリエイティブなキャリアとは、一つの専門性を積み上げ、確立して終わるものではないのかもしれません。

一つ目の扉を開けた人だけが、その先にもう一枚扉があることに気づく。そしてその扉は、自分の内側を見つめるだけでは見つからず、誰かの言葉や、手を動かした無駄の積み重ねの先で、ふいに姿を現す。

更新し続けること。それ自体が、つくる人のキャリアなのだとしたら。あなたの二つ目の扉は、どこにあるでしょうか。

参加者からの質問も盛り上がり、ポジティブな熱気が空間を満たしていた

執筆:基 真理子
編集:Loftwork.com 編集チーム
撮影:山月智浩

ロフトワーク京都ブランチでは、仲間を募集しています。

あなたがこれまで築き上げてきた、その大切で確かな「一つ目の扉」。 それを手放すことなく、しかしそこに閉じこもることもなく。二つ目の扉を、ロフトワークでともにひらいていきませんか?