深い対話と交流を通して、地域企業の未来を紡ぐ。
高山活版社ブランディングプロジェクト[NANDA会インタビュー]
クリエイティブカンパニーとして、多様な視点を持ったメンバーたちが活躍するロフトワーク。創業21年目を迎えた今、企業のブランディングから空間プロデュース、Webサイト、映像、体験コンテンツ制作など、アウトプットの幅も次々と広がっています。
そんな中、社内のメンバーたち自身も捉えることが難しくなってきた「ロフトワークらしいクリエイティブとは何か」を考えるべく発足したのが「NANDA会」です。
「NANDA会」とは
「ロフトワークのクリエイティブってなんなんだを考える会」、通称・NANDA会は、ロフトワークのメンバーがボトムアップで自分たちの提供価値を考え、言語化することを目指すインナーブランディングの取り組み。年に1度、全社から特にチャレンジングなクリエイティブ・プロジェクトを募り、プレゼンテーション大会を実施。全社員の投票とディスカッションを通じて、最も評価された6プロジェクトを表彰します。
本シリーズでは、2021年4月にNANDA会が企画・開催したプレゼンテーション大会において、受賞を果たしたディレクターたちにインタビューを実施し、彼らのクリエイティブの源泉となるマインドや思考態度を探ります。
今回話を聞くのは、創業110年の歴史を持つ大分県で最も古い印刷会社「株式会社高山活版社(以下、高山活版社)のブランディングプロジェクト担当した加藤 大雅、戴 薪辰、 井上 龍貴。
コロナ禍で大分と東京間の行き来が制限されたり、リソースやコスト面での強い制約があった中で、逆境をも糧にしてクライアントと受発注の間柄を超えた信頼関係を築きました。彼らのプロジェクトづくりにかける想いや取り組みに迫ります。
執筆:佐々木 まゆ
写真:村上 大輔 編集:岩崎 諒子(loftwork.com編集部)
企画:高井 勇輝、長島 絵未、松永 篤(NANDA会)
話した人
左から
断念しかけたプロジェクト。高い熱量が希望の光に
NANDA会 長島 絵未(以下、長島) この度は、受賞おめでとうございます!まず高山活版社のブランディングプロジェクトについて、プロジェクトマネージャーを勤めた加藤くん、教えてもらえますか。
加藤 大雅(以下、加藤)高山活版社は、名刺や伝票といった事務用印刷、結婚式関連の婚礼印刷を中心に事業を展開してきましたが、市場は年々縮小傾向でした。一方で、近年はじめた外部デザイナーとの自社製品開発や、クリエイター向けの活版印刷サービスといった「新しい領域の仕事」が拡大傾向にありました。
売上が伸び始めている事業を強化し、付加価値の高い印刷物作りを行っていきたいという思いがあるものの、これまでそのような仕事を手掛けてきたのは、社長とその妹さんの二人のみ。社員を巻き込みながら、会社全体で新しい領域に取り組んでいく文化をいかに根付かせられるかが課題となっていたんです。
そこでデザイン経営(*)に着眼し、「ビジョンの更新」「組織変革のデザイン」を軸にブランディングを行うことにしました。
高山活版社 ブランディングプロジェクトについて
大分県大分市にある株式会社高山活版社は、未来に向けて事業を持続的なものにするためにロフトワークとともにデザイン経営を導入。「ビジョン更新」「組織の変革のデザイン」に取り組みました。さらに、これまでの事業構造を再編し20年後を見据えた事業ロードマップを策定しました。
NANDA会 高井 勇輝(以下、高井) 今回のプロジェクトが始まったきっかけはなんでしたか?
井上 龍貴(以下、井上) 社長の妹さんである、高山香織さんが以前からロフトワークのことを知ってくれていて。去年開催したイベント「デザイン経営2020ー Withコロナ/Afterコロナを創造的に生き抜くには?」を聴講したことをきっかけにお問い合わせをくれました。
話を伺ってみると、課題に対して実現できるとよさそうな方向性も見えてきたんです。ただ、費用の折り合いがつかなかった。一時は断念することも考えました。
長島 諦めかけたところから、どうしてプロジェクト化できたんですか?
井上 僕がどうしてもやりたかったんです。個人的な話になりますが…僕は地元が大分で、ロフトワークに入社する前から、ものづくりを中心にした創作集団を主宰していました。その活動を通じて、高山活版社のみなさんとは以前から懇意にさせていただいていたんです。
「実施するにはどうしたらいいんだろう?」と頭を抱えていたところ、問い合わせをもらった段階から一緒に話を聞いてくれていた先輩の二本栁さんから「補助金制度に申請してみたら」と助言をもらったんです。希望の光が見えた瞬間でした(笑)。
高井 そんな手があったのか!
井上 あとから二本柳さんに聞いた話ですが、補助金に関するアドバイスをするかどうかを迷っていたらしくて。というのも、公共のお金を使って仕事をすることになるので、僕たちも生半可な気持ちでは申請できません。
でも、話をしているうちに「井上くんと高山活版社のみなさんの覚悟と熱量を感じ取ったから、申請を勧めたんだよね」と言ってくれて。
長島 両社のプロジェクトにかける想いが強かったからこそ、解決の道筋が見えたんだね。
井上 そこから補助金申請のための資料作りなど、審査に向けて動いてきました。ディレクターに入ってもらう2〜3ヶ月前には再度入念なヒアリングも行いました。
社長の口から自社の先行きやプロジェクトに対する不安について吐露される場面もあったのですが、そんな時は二本柳さんが叱咤激励してくれて。高山活版社が前向きにプロジェクトに向き合えるように想いの部分も丁寧に醸成していき、ディレクターにバトンを託しました。
*デザイン経営:技術だけでは差別化が難しくなった企業の価値について、“デザイン”を経営の資産と捉え、活用することで、ブランド構築とイノベーションを推進していく経営手法。ロフトワークと経済産業省関東経済産業局、公益財団法人日本デザイン振興会が2020年にまとめた報告書『中小企業のデザイン経営』では、デザイン経営実践の5つのポイントとして「ビジョンを更新する」「経営にデザイナーを巻き込む」「組織の変革をデザインする」「共創のコミュニティをつくる」「文化を生み出す」を提示した。
デザイン経営導入の第一歩は「関係づくり」
長島 バトンを受け継いだディレクターが高山活版社と信頼関係を結び、一員として受け入れられたことがNANDA会で評価され、「家族になろうよ賞」を受賞しました。加藤くんや戴くんは賞の名前や評価を聞いてどう思いましたか?
「NANDA会」の「賞の名前」について
全社員参加型のオンラインプレゼンテーション大会・NANDA会では、受賞プロジェクトが決定する過程にちょっとした仕掛けがあります。
前プロジェクトのプレゼンが終わったら、投票により6プロジェクトを選出。その後、ロフトワークのメンバーがそれぞれ選出されたプロジェクトごとのブレイクアウトルームに集まり、ワークショップをしながら「賞の名前」の候補を複数案考えます。最後に、受賞したプレゼンターがどの名前がいいかを選んで賞が決定。
「賞の名前」を考えるプロセスは、「プロジェクトのクリエイティブなポイントを、ロフトワークのメンバー自身が考え・言語化する」という、NANDA会にとって重要な意義を持っているのです。
加藤 家族経営である高山活版社は、社員からも「家族みたいな会社」と言われるほど。そんな個人同士の結びつきが強い組織の中でいかに関係性を再構築していくか、試行錯誤しながらも二人三脚でプロジェクトをつくっていきました。その点を評価してもらえたのかなと思います。
戴 薪辰(以下、戴) 僕は候補として挙がっていた「バディ賞」もいい名だなと思っていました。ありたい姿を的確に表現してもらった気がしました。
ロフトワークのプロジェクトは、必ず終わりがくる。プロジェクト終了後のことを考えると「家族」という近しい関係から、少し遠くで見守る「バディ」のような存在にもなれるなと思って。高山活版社が困ったときに、駆けつけられる存在でいたいですね。
高井 みんなの口から「関係」という言葉が多く出てくるのが印象的です。お互いに深い信頼や愛着が持てたのはどうしてなんだろう?
加藤 プロジェクトの序盤に、高山活版社の創業家のみなさんと腹を割って話せたことが大きかったですね。
会長から「君たちの人生のゴールは何ですか」と聞かれて。今回のプロジェクトだけに関わらず、僕たち一人ひとりが「どういうことを大切にしていきたいか」を問われている気がして、「いち人間として高山活版社と向き合おう」と気持ちが切り替わった。これがターニングポイントになりました。
長島 高山活版社のみなさんと関係性を深めていくうえで、難しかったことはありますか。
加藤 「クリエイティブにおいてプロであること」と「親密さ」の両立が難しかったです。仲良くする姿勢だけでは、組織を革新していくクリエイティブはつくれない。一方でプロとして厳格な雰囲気のままでいると、雑談などの交流が生まれず距離ができてしまう。
井上 大雅くんは、プロジェクトマネジメント計画書に高山活版社の方々とどうコミュニケーションを取っていくかを書き出したり、メンバーそれぞれの役割を決めたり、手を尽くしていたよね。
例えば、「職場に伺うときは、必ず社員のみなさんと昼食を一緒に食べる」とか。僕らの行動指針を丁寧に設計していた。
戴 あとは、プロジェクトメンバーがどのように立ち振る舞うのか、役割も決めたよね。大雅くんは「プロジェクトを推進していく厳格な人」、僕は「クライアントに寄り添う人」、井上くんは「プロジェクトを少し引いた目で見ながら、加藤と戴が担えない役割をするサポートする人」。
加藤 社員の方たちとのさまざまなコミュニケーションを通じて、いかに高山活版社全体を理解していくかを考えていましたね。仕事の話題はもちろん、プライベートの話もすることで、なにが高山活版社を形どっているのか、その空気感も含めて掴もうと考えていました。
伴走者として成功体験を促し、変化を生み出す
高井 デザイン経営の導入を図るうえで、どうやって経営に対してアプローチしたんですか?
加藤 プロジェクトのキックオフで大分に伺った際に、高山活版社の財務諸表を見せていただきました。第三者に経営状況を公開するわけですから、普通は「どうぞ見てください」とはならないですよね。でも隠さず、すべてをさらけ出して見せてくれたんです。
長島 財務諸表を見たことで、プロジェクトの進め方やPMとしての気持ちの置き方に変化はありましたか?
加藤 「経営の重さ」を自分の中に浸透させるきっかけになったと思います。プロジェクト期間中は、高山活版社の経営状況を常に念頭に置きながらディレクションしていました。経営状況を正確に把握し、よりはっきりと課題ややるべきことが見えたことで、「3年間の経営戦略・戦術としてのアクションリスト」を提示できたんだと思います。
井上 これまでいろんな地域企業とプロジェクトを協業してきた二本栁さんにも、アドバイスをもらいながら進めたよね。
長島 アクションリスト以外にもミッションやステートメントをつくったり、新製品開発プログラムも実施と、盛りだくさんでしたね。制作を進める中で、なにか印象的な出来事はありましたか?
戴 僕は、主に新製品開発プログラムの設計と実施を担当していたので、やはりその時のことが一番印象に残っています。
オンラインでアイデア創発ワークショップを実施したとき、参加した社員の方からは「これやって意味あるの?」というような反応でした。無理もないですよね、今まで全くやったことがないことをやるわけですから。
でも、回を重ねるごとにプロジェクトとの向き合い方がどんどん変わっていき、「自分ごと化」されていくのが手にとるようにわかりました。その様子を目の当たりにできたのは嬉しかった。
プログラムを通して考案した新プロダクトをお披露目した展示会でお客さんからいい反応をもらえたり、自分たちの声が反映された経営理念やミッションが生まれたりといった成功体験を重ねたことが、いい変化につながっていったのだと思います。
長島 加藤くんはどうですか?
加藤 コンセプトとして「情報から情緒へ」を導き出したプロセスがよかったなと思います。
コンセプトを制作する際にもワークショップを行って。社員の方々と一緒に社史を紐解いたり、お互いに自分の仕事についての原体験を伝え合ったりしたりしました。みなさんから「こうなったらおもしろくなる、楽しくなる」「こうなったら嬉しい」ということを引き出し、一緒に「ありたい姿」を言語化できました。
加藤 結果として、生まれたコンセプトをとても喜んでくれて。僕たちから一方的に提案するのではなく、対話をしながら作り上げていくことで、お互いに納得感を得ながら進められたと思います。
高井 言語化を一緒に行うことで、高山活版社の一員としての誇りを少しずつ自覚していったのかもしれないね。
加藤 そうですね。みなさんのマインドセットが大きく変わっていくのを感じました。
働いていれば、誰しも会社に対して不満や愚痴を言いたくなるときがあると思うんです。そのときに感じた不満を「誰か」に解決してもらうのではなく、「今この状況でなにができるか?」を自分で考えられる人が増えたように思います。
戴 プロジェクトの終盤には、「理想に対して、うまく行動できない」ってはがゆさを感じて、僕たちに相談してくれる人もいたよね。その変化が本当に嬉しかった。
対話を重ね、相互的なプロジェクトをデザインする
長島 高山活版社とロフトワークメンバー、双方にとって変化するきっかけをつかめたり、たくさんの気づきを得られたりした稀有なプロジェクトだったのかなと思います。この経験を活かして、これからはどんなプロジェクトづくりをしていきたいですか。
加藤 自分の感情を大事にしながら経営に伴走できる存在でありたいです。数字を見たり、ロジックをつめたりしながら最適解を導き出すスキルも重要だと思いますが、それと同じくらい直感も大事。
ワクワクする感覚や直感を軸に、クライアントと対話を重ねて経営戦略を一緒に練り上げていけるようなプロジェクトをつくっていきたいです。
戴 僕はこのプロジェクトを通じて、働く一人ひとりの人生や暮らしが仕事とより密接な地域企業とのプロジェクトにおもしろさを感じるようになりました。今後も事業者が持つ経営課題に対してクリエイティブを通して応えていけるようになりたいです。
井上 プロジェクトが始まった当初、僕のモチベーションはクライアントが僕自身とつながりのある「高山活版社」であることでした。けれど、プロジェクトが進むにつれて、高山活版社とロフトワークとが一体となって「いいチームで、いいクリエイティブをつくれる」ことに対して喜びを感じるようになりました。
これからも「誰とやるか」を大切に、関わってくれる人と深い信頼関係性を築けるようプロジェクトデザインをしていきたいです。
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