コモンズの視点からサーキュラー・エコノミーをみる
3月17日に「サーキュラー・エコノミーの実践者たちーサーキュラー・エコノミー先進都市アムステルダムの事例と小田急電鉄の実験」と題して、アムステルダムを拠点にするサーキュラー・エコノミー研究家の安居昭博さんと、神奈川・座間市と連携してデジタル技術を活用したごみ収集業務のスマート化実証実験を行っている小田急電鉄の正木弾さんをお招きして、国内外のサーキュラー・エコノミーの事例を紹介するイベントを行います。
この記事では、それに先立ち、イベントで紹介する予定の「サーキュラー・エコノミーにはどんな事例があるのか」、「どうやってそれを実現するのか」というのとはまた別の視点で、「サーキュラー・エコノミーに対してどんなことが期待できるのか」ということをすこし考えてみようと思います。
執筆:棚橋 弘季(株式会社ロフトワーク 執行役員 兼 イノベーションメーカー)
サーキュラー・エコノミーのステークホルダー
リニア・エコノミーからサーキュラー・エコノミーへの移行を進めるにあたり、大切なのは、それが、誰のための循環なのか、何のための循環なのかをしっかりと議論しておくことかと思います。
2021年1月21日、環境省と経済産業省は、合同で「サーキュラー・エコノミーに係るサステナブル・ファイナンス促進のための開示・対話ガイダンス」をとりまとめています。
そのなかで、企業にとって、サーキュラー・エコノミーへの移行に向けての取組みは「短期的には企業収益・消費者便益につながるものとは必ずしもならない場合」もあるため、企業と投資家・金融機関はしっかりと対話を行い、中長期的に「企業のサステナビリティ」(企業の稼ぐ力の持続性)と「社会のサステナビリティ」 (将来的な社会の姿や持続可能性)を同期化させていけるような「サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)」を進めていくことが求められています。
サーキュラー・エコノミーは、従来の3R(リデュース、リユース、リサイクル)の取組に加え、資源投入量・消費量を抑えつつ、ストックを有効活用しながら、サービス化等を通じて付加価値を生み出す経済活動である。サーキュラー・エコノミーへの移行を実現する上では、幅広いステークホルダーの中でも、とりわけ、技術・ビジネスモデルのイノベーションをリードすることが望まれる企業と、事業の推進力となる資金を供給・循環する投資家・金融機関が果たす役割が重要である。
大量生産、大量消費、そして何よりも大量廃棄を前提としてデザインされている現在の線形の経済システムから循環型の経済システムに移行するためには、社会システムを大きくデザイン変更しなくてはなりません。その変更には多くの時間やコスト、さらには多様なステークホルダーの連携が必要です。企業と投資家の連携が必要なのは間違いないことですが、さらに重要なステークホルダーとして忘れてはならないのは利用者としての一般市民です。
循環型経済システムにおける動脈と静脈のデザイン
国際的なサーキュラー・エコノミー推進機関として知られるエレン・マッカーサー財団が循環型の社会システムのフレームワークとして提示している「サーキュラー・エコノミーの概念図(通称「バタフライ・ダイアグラム」)」を見てみましょう。
植物や魚などの再生可能な資源と、石油や鉄鉱石などの枯渇性資源のそれぞれの循環のサイクルが左右で別々に描かれた形状が蝶に似ているためバタフライ・ダイアグラムと呼ばれるこの図で一般市民は、再生可能な資源と枯渇性資源のそれぞれのサイクルに対応する形で循環のなかで「消費者」と「利用者」の役割として関わることが想定されています。この図からも、市民はこれまでなら消費/利用の後はまっすぐ廃棄へと向かっていた財の流れを、ふたたび消費や利用できるようにする循環の流れに乗せるための重要な役割を担っていることがわかります。その意味でも、社会をサーキュラー・エコノミー型のシステムに変えるためには、企業や投資家ばかりでなく、一般市民も重要なステークホルダーだといえるのです。
しかし、問題もあります。バタフライ・ダイアグラムを見るかぎり、市民が消費/利用した財をどうやってふたたび循環の流れに乗せればよいのかがデザインされていないのです。
サーキュラー・エコノミーの循環のなかで、メーカーから消費者/利用者への財の流れを動脈、それに対して、消費者/利用者からメーカーへの財の流れを静脈と呼んだりします。この動脈と静脈のデザインの完成度が異なっていることが問題です。
バタフライ・ダイアグラムでは、動脈方向には、材料・部品メーカーから加工・製品メーカーに、加工・製品メーカーからサービス提供者を経て、消費者兼利用者である一般市民に財が送り届けられるという形でしっかりと各プレイヤーが明示されています。ところが、静脈の流れには、メンテナンスしたり、リユースしたり、リサイクルしたり、あるいは再利用したり、コンポストしたりといった必要なプロセスは書き込まれていても、動脈側の流れのように誰がそれを行うのかという明確なプレイヤーの記述はないのです。
静脈の流れをどう実現するかのデザインは未完成なのです。
市民を財の循環にどう参加させるか
では、未完成な静脈のデザインを進めていく上で考慮すべきことはどんなことなのでしょうか。
ひとつのポイントは、静脈の流れの起点となる消費者/利用者がいかにして財の循環に参加できるようにするか、でしょう。
市民が参加できるようにするための課題のひとつは、バタフライ・ダイアグラムで明確に記述されていなかった静脈の流れを受けもつプレイヤーをつくることです。
静脈を担うプレイヤーのかたちは、今後いろいろなものが登場してくると思いますが、たとえば、アメリカのスタートアップ・テラサイクル社が提供するLoopというプラットフォームもそのひとつの例です。Loopは、これまでなら使い捨てだった一般消費財(たとえばシャンプーや洗剤)や食品(たとえばお菓子や飲料)の容器を、何度も利用できる耐久性の高い素材を使ったものに変え、消費者が商品の中身を使い終わったらその容器を回収、洗浄、中身の補充を行った上でリユースするしくみを提供しています。昭和の時代の牛乳ビンの回収のようなモデルを導入することで、市民が自然と循環の輪に入れるようにしています。
あるいは、オランダ・アムステルダム発のジーンズブランドMUD jeans。月額制のサブスクリプション型で利用できることで知られるMUD jeansは、1年間のリース期間終了後には、ユーザーは1年間はいたジーンズを「返却し新しいものと交換してリースを続ける」か、「買い取って自分のものにする」という、2つのオプションが選択できます。これも利用者に対して財の循環を自然と促すしくみでしょう。もちろん回収したジーンズはリユースされたり、リサイクルに回されます。
この2つの例をみてもわかるように、静脈の流れを新たにデザインするには、その狙いに応じて動脈側のデザインを見直したり、ゼロから作り直すことにもなります。
循環しやすいよう、動脈側での商品づくりを変化させている例としては、2019年6月、アメリカのファッションテクノロジー企業・EONを中心にグローバルなイニシアチブとして立ち上げられた「Connect Fashion」が進める「CircularID」があります。衣服そのものにマイクロチップを織り込むことで、服のライフサイクルのどの段階でも商品情報を追跡できるようにするものです。これによりリセールの際には正規の販売価格や使用度合いが確認できたり、リサイクル時には合成繊維の組成が正確に把握できるため素材ごとの分別が行いやすくなります。どの衣服がどのような循環に適しているかを利用者にも示せることができるので、市民が循環型のサイクルにはいる一助にもなりえます。
コモンズ=共有財という視点
これらの例のように循環のしくみをきちんとデザインしなおすことで、消費者/利用者としての市民が参加できるようにしていくことが、社会をサーキュラー・エコノミー型に変換して上では必要なことでしょう。
ただ、もうひとつの視点として大事なことは、市民みんながそのしくみに参加できるようにデザインされているか?ということでしょう。循環の外に置き去りにされてしまう人は生まれないか、という視点です。外に置き去りにされてしまう人が多ければ多いほど、社会全体の循環型への移行の割合も少なく留まってしまいます。
ここでコモンズ(あるいはコモン)という考え方を導入してみましょう。
10万部以上を売り上げている話題の書『「人新世」の資本論』で著者の齋藤幸平さんは、「〈コモン〉とは、社会的に共有され、管理されるべき富のことを指す」と定義しています。市場原理主義のようにあらゆるものを商品化してしまうのではなく、社会主義国家におけるようにあらゆるものを国有化してしまうのでもない「第3の道」として「水や電力、住居、医療、教育といったものを公共財として、自分たちで民主主義的に管理することを目指す」のが〈コモン〉であると斎藤さんは書いていますが、その実現に動いているのが現在のヨーロッパを中心にみられる公共サービスの再公営化の動きです。ヨーロッパではこの10年、新自由主義の流れで1980年代から90年代前半にかけて民営化された水道や電力、公共交通や医療などのの公共サービスを、ふたたび公営に戻して民主的に管理できるようにしようとする市民活動が活発です。
2月5日に開催した「コモンズを民主化する〜ヨーロッパの公共サービスはなぜ再公営化されたのか?」というイベントでは、オランダ・アムステルダムを拠点とするシンクタンク、トランスナショナル研究所(Transnational Institute)で、10年間にわたりヨーロッパの公共サービスの再公営化に関する社会運動の支援や研究に携わっている岸本聡子さんをゲストに迎えて再公営化が進むヨーロッパの動向についてお話を伺いました。
そこで岸本さんは、こんな風に言っていました。
新しい公(コモンズ)を構築する際には意思決定が大事です。労働者や大学の研究者、サービスの利用者である市民、地元の小規模なビジネス、そうしたコミュニティの視点が「意思決定」に反映されるしくみがあるかです。でも、いまの公的機関は意外とそうではなかったりもします。コモンズの運営にとって、その「開き方」が問われています。
たとえば、10年前に再公営化されたパリの水道事業を担う水道公社「オー・ド・パリ」は、「200年後の環境と地域を守ること」を考え、計画を立てており、その計画の立案にも市民が参加できるようなガバナンスのしくみとして「パリ水オブザバトリー」をもっています。市民参加のしくみをもつことで「市民権がある人だけでない。移民や難民など水道への直接のアクセスがない人も含め、命を守るということ」が実現しているそうです。
このように市民やコミュニティの視点、意見を取り入れることは、サーキュラー・エコノミーの実現に向けても同じように重要になるはずです。資源を循環させるという場合でも、その資源はコモンズなのか、特定の企業の占有物なのかによって、市民がそれを大切に循環させようと思うかどうかも変わってくるからです。
ひとつの地域のなかで自分たちの財を大切に守っていこうとするのと、グローバル社会のなかで実際にはどれだけの量が再利用されどれだけが廃棄されているのかもわからない状態で財の循環を進めようとするのでは、市民がそれに関わろうとする姿勢も異なるはずです。
循環の輪の外に追いやられてしまう人をつくらないためには
別の観点でいえば、循環する財を企業が独占する形になってしまうと、循環の輪のなかに入れずに外に追いやられてしまう人が生まれてしまう可能性も生まれてきます。
水道などの公共サービスが民営化されたことによる問題は、まさにそうでした。利用料金が高騰してしまい、大きな経済格差のある社会で貧困層が水を使えない、電気を使えないという状態に陥ってしまったのです。アメリカでは水道へのアクセスをもたない貧しい層がコロナ禍にもかかわらず手が洗えないという問題も生じています。
同じことがこれからサーキュラー・エコノミーのシステムをつくっていく上でも問題として起こる可能性があり、それを回避する方法を考えなくてはなりません。
シェアリング型のサービスは、サーキュラー・エコノミーの実現の方法としても注目を集めるもののひとつですが、やはり利用料金の問題で、一部の人がそこにアクセスできなくなるという懸念はあります。サーキュラー・エコノミーの場合、一部の人たちがサービスが利用できずに困るというだけでなく、一部の財が循環型のシステムに乗らなくなるという問題にもつながってしまうからです。
そのため、どうやって財をコモンズとして利用できるようにして、誰もが財にアクセスでき、財の循環に参加できるようにするかということもサーキュラー・エコノミーの実現の課題となるでしょう。
現在の社会の持続可能性の問題の解決は、個別の問題だけに向き合っても解決に至らず、複雑に絡み合った問題をどう解くかであるということがよく言われますが、まさにこの循環型の社会の実現もそうした例のひとつでしょう。
3月17日のイベント「サーキュラー・エコノミーの実践者たちーサーキュラー・エコノミー先進都市アムステルダムの事例と小田急電鉄の実験」では、こうした観点も踏まえたディスカッションができればと考えています。
[SMBCグループ・ロフトワーク共催] サーキュラー・エコノミーの実践者たち ー サーキュラー・エコノミー先進都市アムステルダムの事例と小田急電鉄の取組
サステナビリティの観点から注目を集めるサーキュラー・エコノミー。
資源の採取、製品の生産、消費者に利用、そして最終的には廃棄へと不可逆的に流れるリニアエコノミーに対して、いったんサプライチェーンに取り込まれた資源が廃棄を前提とすることなく循環し続けることを前提にデザインされた社会と経済のしくみ。
今、産官民が連携してつくる、循環型社会へのモデル変換の実践、実験がはじまっています。そのサーキュラー・エコノミー実現に向けての取り組みを、アムステルダムと神奈川・座間市の2つの都市の事例を取り上げて、紹介します。
開催日時 | 2021/03/17 (水) 16:30-18:05 |
開催場所 | オンライン(Zoom) |
定員 | 50名 |
参加費 | 無料 |
申し込み方法 | こちらのページからお申し込みください。 |
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