エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社 PROJECT

“美味しさ”から、サステナビリティを届ける。
非認知層を動かす、食体験のデザイン

Outline

サステナビリティを“正論”ではなく“体験”で伝える

阪急阪神百貨店をはじめ、複数の食品スーパーや商業施設を関西で展開する小売・流通グループ、エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社(以下、H2O)。同社にとって「食」はグループの主要事業を支える中核領域です。H2Oはこれまで、店舗から出る野菜残渣の堆肥化や、各家庭から出る生ごみや規格外食材の活用などを推進する地域共創型資源共創型資源循環プロジェクト『食とわ』に取り組んできました。生活者や生産者との信頼関係を築くと共に資源循環における知見を蓄積してきた一方で、非認知層へアプローチし、サステナビリティの価値を社会全体を巻き込むムーブメントへと接続することへの課題を抱えていました。

この課題に対し、H2Oとロフトワークは、FabCafe Osakaを「新しい視点での食の実験場」とした共創プロジェクトを立ち上げました。本プロジェクトの目的は、サステナビリティの言葉による啓発のみならず、クリエイティブの力によって直感的に魅力が伝わるプロダクトへと昇華させることです。また、将来的にH2Oの拠点に実装されることを見据えたプロトタイプ開発の側面も兼ね備えていました。

そのプロジェクトの核として開発されたのが、視覚からの先入観をなくした食へのアプローチを試みたマカロンです。モノトーン基調でデザインされたこのマカロンを通して、感覚や記憶に深くアプローチする新たな食体験を設計しました。FabCafe Osakaは、これまでにも飲食を通じて感性的な価値を伝え、言語化による説明の前に体験から価値を伝える実践を積み重ねてきました。今回のプロジェクトは、FabCafe Osakaが培ってきた独自手法を社会実装へと応用した取り組みとなっています。

Output

食に対する固定観念を取り払う、マカロン『Silmé』を新たに開発

マカロンといえば、鮮やかな色彩や、華やかな印象を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。私たちは普段、無意識のうちに視覚情報に頼って食を選び、その味を想像しています。

言葉による説明の前に記憶や感覚といった“感性”を呼び覚ます、今までにない食体験を導入しました。今回共同開発したマカロン『Silmé(シルメ)』は、その当たり前の選択をあえて解体。色彩を削ぎ落としたデザインにより視覚的な先入観を抑え、五感の中で最も感情や記憶と結びつく“嗅覚”を研ぎ澄ませる状態を作り出しました。

『Silmé』の由縁は、フランス語の「Sillage(残り香)」と「Mémoire(記憶)」を組み合わせた造語です。土地の歴史や環境を、香りと味わいによって直接届ける仕掛けです。

Approach

前提を疑うことから生まれた、未来の食の仮説

サステナビリティの価値を伝えるメッセージは、頭で理解できても日常生活の中で主体的に行動を継続させることが難しいというジレンマがあります。これまでのアプローチでは、非認知層に届け、その関心を継続させることに課題を抱えていました。

消費者の自発的な行動変容を促すためには、興味を持つきっかけそのものをつくることが重要です。思わず手を伸ばしたくなる“美味しさ”を入り口にした体験そのものをデザインし、複雑な環境課題やサステナビリティの価値を社会に実装していく。この戦略的な狙いから、本プロジェクトは人間の感性へ直接訴えかけるアプローチを選択しました。

開発プロセスでは、ロフトワーク・H2Oのプロジェクトメンバーに加え、パティシエ、“香り”を専門領域とするクリエイターなど、多様なメンバーと共に対話を重ね、構想していく「対話型ワークショップ」を定期的に実施。異なる専門性を持つメンバー間で対話を重ねたこのワークショップでは、食の歴史や文化的背景を遡りながら、食に対する固定観念を揺さぶるリフレーミングを重ねました。

アートコレクティブチーム「混ぜるな危険」が、それぞれの土地が持つ固有の歴史や、人と自然の関わり合いを徹底的にリサーチし、目に見えない土地の情緒を香りへと翻訳しました。この香りと呼応するように、デザートレストラン「総造」の畑谷シェフが、マカロン自体の味わいを設計しました。「その果実を育む土壌の発酵感」や「地中深くから湧き上がる温泉の熱感」といった、複雑な土地の本質を身体感覚として直接受け取れる構造へと落とし込んでいます。

歴史から未来を構想し、「土地の記憶」を味わう。

「新しい食のシンボル」となるマカロンを開発するにあたり、表現のテーマに選ばれたのは“土地性”です。そこで、「食とわ」の活動エリアであり、阪急沿線の中でも大切な思いが込められた「川西」「宝塚」「梅田」の3つのエリアを選定。合わせて、その土地性が強く現れる年代をテーマに、単なる地質や特産品の味を再現するのではなく、土地の感性自体を味覚や嗅覚へ落とし込む設計を行いました。この設計を通して、食に意味を付与し、食体験自体が新しい価値観や驚きを提供する機会となることを目指しました。

さらに、開発したプロトタイプを30名の参加者とともに味わい、検証するための対話型の飲食体験の実践として、試食会イベントを開催しました。知識として地域を理解するのではなく、香りと味わいを通じた身体感覚から理解を深めるこのアプローチは、参加者に食べて得られる情報の多さへの気づきをもたらしました。この場で参加者のリアルな感覚の揺らぎや反応を収集することで、未来の食を社会実装するための重要なR&Dの実践となりました。

イベント内で繰り広げられた対話の時間では、参加者からは「カブトムシが好きそうな匂いがする」「おばあちゃんのタンスの奥の着物を思い出した」といった、パーソナルな記憶や情景と結びついた多様な感想が飛び交いました。

イベント内で繰り広げられた対話の時間では、参加者からは「カブトムシが好きそうな匂いがする」「おばあちゃんのタンスの奥の着物を思い出した」といった、パーソナルな記憶や情景と結びついた多様な感想が飛び交いました。

試食会イベント「Colorless Macaron ー色のないマカロン」

2026年7月5日(日曜)にFabCafe Osakaで開催された試食会イベント「Colorless Macaron ー色のないマカロン」。色の情報を取り除いた3種類のマカロンを味わいながら、香りや記憶、想像力を手がかりに、食との向き合い方を探ります。私たちは何を味わっているのか。食べることを通して、未来の食の可能性を考える実験的な体験会です。

Outcome

食の解像度が上がることで生まれる意識変容

試食会の参加者からは「食べる行為には、実はこれほど多くの情報量が含まれていたのかと驚いた」「普段いかに無意識に食べているかに気づかされた。無意識と意識を行ったり来たりすること自体が豊かで価値がある」といった気づきが寄せられました。

これらの反応は、プロジェクト初期から目指していた食の解像度が上がることで起こる意識変容そのものでした。アプローチを変化させることにより、日々の無意識の消費が意志を持った主体的な行為へと変わり、社会を動かすムーブメントとなっていくのではないでしょうか。

Credit

プロジェクト基本情報

クライアント:エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社
プロジェクト期間:2026年4月15日〜2026年7月14日

体制

  • 株式会社ロフトワーク
    • プロジェクトマネジメント/クリエイティブディレクション:丸山 翔哉
    • クリエイティブディレクション:福田 拓未、石原 彬弘
    • プロデュース:小島 和人(ハモ)
  • 制作パートナー
    • 香り開発:上村 昂平、小林 日菜、湖山 友希、岡江 良樹(混ぜるな危険)
    • マカロン開発:畑谷 実咲(デザートレストラン「総造」)

執筆・編集: 葉山 いつは(loftwork.com編集部)

Member

小島 和人(ハモ)

株式会社ロフトワーク
プロデューサー / FabCafe Osaka 事業責任者

Profile

丸山 翔哉

丸山 翔哉

株式会社ロフトワーク
MVMNTプロデューサー /サウンドアーティスト/imkp Lab.所長

福田 拓未

株式会社ロフトワーク
FabCafe Osaka カフェマネージャー

Profile

石原 彬弘

株式会社ロフトワーク
FabCafe Osaka マネージャー/プロデューサー

Profile

メンバーズボイス

“私たちの取り組みについて説明する時、なるべく分かりやすいように心がけるのですが、言葉では伝えきれない思いや、まず聞こうと思ってもらうためのフックなど、課題を感じていました。今回、試食会「色のないマカロン」への反響を目の当たりにして、社会にとって良いことだからとそのまま伝えるだけではなく、意外性やワクワク感を演出しながら伝えることの必要性をあらためて感じました。また、香りや味には、一人ひとり連想する記憶やイメージがあること、それを言葉にしたり可視化したりすることの面白さも実感することができました。”

エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社 サステナビリティ推進室 マネージャー

“無関心層にどう届けるかを考える中で、大切にしたのは、伝えたい主張を変えるのではなく「体験の入り口」を変えることでした。「おいしかった」で終わるのではなく、おいしいを入り口に「なぜ、おいしいと感じたのか」を探求してもらう。食そのものがメディアとして機能することで、これまでこうしたテーマに参加しづらかった人も、「おいしそう」という素直な興味から参加できる。そんなプロジェクトを目指しました。”

FabCafe Osaka カフェマネージャー 福田 拓未

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