「継ぐ」をテーマに6組の作家と客室のアートピースを制作
ホテル THE MACHIYA EBISUYA
Outline
各部屋のコンセプトに合わせて素材や技術、歴史を ”継ぐ”
2020年8月にオープンした京都市下京区恵美須屋町のホテル「THE MACHIYA EBISUYA(ザ・町家えびすや)」。「継ぐ」をテーマに、伝統や空間、素材を組み合わせることで、新しい日本の美や宿のかたちを提案しています。ロフトワークはこのホテルの各客室に設置されたアートピースを6組のアーティストと制作。ホテル全体のコンセプトである「継ぐ」を伝えるために、言葉の裏にあるメッセージを言語化するとともに、アーティストのアサインや表現方法の提案や実験も含め、作品制作を企画・コーディネートしました。
プロジェクト概要
- 支援内容
ホテルの各部屋に設置されるアートピース制作企画、アーティストコーディネート、制作進行、施工 - プロジェクト期間
2018年10月〜2019年3月 - プロジェクト体制
クライアント:株式会社スペース
プロデューサー:木下 浩佑
プロジェクトマネージャー:上ノ薗 正人
パートナー: 木ノ戸久仁子、ハコミドリ、edalab.、小山しおり、紙ノ余白、Apsu Shusei
作品撮影:田中 陽介(*画像中にクレジットのない写真のみ)
Outputs
各部屋のコンセプトに合わせて素材や技術、歴史を ”継ぐ”
町家の宿泊体験事業を展開する株式会社エイジェーインターブリッジが手掛ける新しいホテルとして、株式会社スペースの空間設計で作られたTHE MACHIYA EBISUYA。
コンセプトは「継ぐ」。
京町屋の情緒や陰影の美しさ、伝統と格式のある佇まい、随所に光る日本人の知恵と技に、現代の建築技術を組み合わせることで、新しい日本の美と宿のかたちが体験できるよう、設計されています。
たとえば、木を継ぐ手法「継手」や「チギリ」という伝統的な建築手法を用いて新たな表現に挑戦する一方で、伝統的な土壁を「テラゾ」や「モルタル」といった洋の素材へ変換。また、大谷石や名栗加工の木板、鏡面の銅など、日本独自の高い技術によって作られた工芸素材を継ぎ足していくことで、新しい和洋の融合空間を表現しています。
THE MACHIYA EBISUYA の各居室には、それぞれの空間のためだけにつくられたアートピースがしつらえられています。ロフトワークは、京都に縁のある6組のアーティストとともに、5テーマ×10室の客室に、それぞれ異なる「継ぐ」を表現した作品を制作しました。
制作に際して、アーティストたちはこの THE MACHIYA EBISUYA の元となった解体前の町屋に訪れ、建物を構成していた材料を見て、触れ、作品のアイデアを膨らませました。その上で、建物にまつわる素材と、それぞれの表現手法や世界観をつなぎ合わせ、さまざまな「継ぐ」を表現した世界を作り出しました。
関連リンク:
5つの「継ぐ」を伝えるアート作品
Room「陶」(木ノ戸久仁子)
「陶と石」そして「道具と自然物」を継いで作品を創り出すことで、彼女は「想像と現実」をもつなぎあわせ、自らの空想を現実世界に接続します。この地に家が建つ何百年も前から存在していたであろう土や石の構造物を素材とし、陶芸の技を用いて釉薬で焼き上げ、全く違う質感と色をもたせ、生まれ変わらせた作品たち。姿を変えた「石」であるこのオブジェクトは、きっとこの先また何百年も存在し続けるでしょう。
木ノ戸久仁子
1976年滋賀県生まれ。1995年、登り窯窯元宗陶苑にて作陶をはじめる。同年、若手オブジェ集団SEEDSに参加。1998年ニュージーランドにて一年間作陶、2001信楽窯業試験所釉薬科 修了。
釉薬の複雑な調合により、地球に本来存在しない鉱物を誕生させる驚愕の錬金術師。「ニセ石」を「稀晶石」と改め、ブランディングと世界征服を画策。時として炸裂する獣性は大いに世界標準。
https://www.instagram.com/kishouseki/
Room「硝」(ハコミドリ × edalab.)
「植物」を題材に活動する2組のアーティストがディスカッションを重ねてつくりあげた作品。ホテルの元となった町屋の建具をフレームとして制作され、植物とガラスの共存と対比によって、「有機物と無機物」そして「生と死」を継ぐことを試みています。フレーミングされた空間のなかの植物たちの造形、質感、コンポジションに目を凝らすと、生命が循環する自然界の姿が見えてくるかもしれません。(*共作の作品とアーティスト個人作の作品があり、部屋によって設置作品が異なります。)
周防 苑子(ハコミドリ)
1988年 滋賀の生花店に生まれ、幼い頃から植物に囲まれた日々を送る。学生時代を京都、会社員時代を東京で過ごし、2014年夏 帰郷。同年11月、ソロプロジェクトとして『ハコミドリ』設立。家屋解体時の廃ガラスと、生花市や山々で採取した草花を掛けあわせたプロダクトを制作中。2016年春、滋賀県彦根湖畔にてアトリエ『VOID A PART』を構え、新たな展開も進めている。
http://hacomidori.com/
edalab.
edalab.とは前田裕也による植物プロジェクトネームである。
空間植栽やブライダル装花、イベントを中心に活動し、周辺領域から植物を捉える試みとして様々なアートワーク制作も行う。またフードインスタレーションユニット[飲む植物園]視覚担当としても活動中。
https://www.edalab-flower.com/
Room「木」(小山しおり)
継ぐという行為は、昔のものをそのまま今に伝えるだけでなく、その時代に生きる人がカスタマイズすること。作品のモチーフには、誰もが一度は目にしたことのある過去の巨匠の作品が扱われています。これらのイメージを糸で縫いあわせ、また、かつて人の営みの中で道具として使用されてきた木枠をフレームとして用いることで、イメージのみならず物質としても過去と現在を繋ぎあわせ、共存させています。
小山しおり
石川県出身(1988-) 東京造形大学卒業(-2014)京都造形芸術大学大学院修了(-2017)巨大なデータベースであるインターネット においての最大公約数としての情報(イメージ)を抽出、それらを基に、無数の〝今〟の 上にある新しい〝今〟の物語とは何なのかを思考している。賞歴に「第4回CAF賞(2017/東京)」藪前知子審査員賞 、「京都造形芸術大学修了展(2017/京都)奨励賞等。
Room「紙」(紙ノ余白)
日本文化を構成する重要なマテリアル、和紙。「紙ノ余白」 は、日本各地に古来より伝わる手漉き和紙の染め仕立ての技を現代そして未来に継ぐために、産地、技法のアーカイブと発信を、研究と制作を通じて展開しています。作品では、かつての襖や壁の質感、色彩の印象が、和紙のコンポジションに落としこまれました。和紙を媒介にして、土地が持つ記憶と記録が、新たな空間にも引き継がれていきます。
原田 紗知(紙ノ余白)
奈良生まれ。京都市立芸術大学銅版画専攻卒業後、唐紙制作工房「唐長」、石州和紙「西田和紙工房」にて修業。2015年灯しびとの集いより紙ノ余白をスタート。現在京都市内にて活動中。
温故知新を心に手漉き和紙の染め仕立てをしています。古来より伝わる先人達の思いや技を学びながら、日本の紙漉き産地を巡り、それぞれの和紙の特徴を生かした加飾加工を試みています。染めながらも、無地の和紙の余白の美しさ、和紙に関わる人々の想い、という目に見えない「余白」を伝えたいという願いで「紙ノ余白」と名づけています。
https://www.kaminoyohaku.com/
Tokonoma(Apsu Shusei)
「文様」を操りヴィジュアルと物語を創り出す、現代の語り部 Apsu Shuseiさんによる作品。かつて日本家屋の床の間にかけられた掛け軸のように、彼の作品は文様のモチーフや図像の意味と「見立て」によって、離れた時間や空間と人間の精神を繋いでいます。また、伝統的な石版印刷の技法を今に伝える 「SEKITAKU」とのコラボレーションにより「オリジナルと複製」の境界を継ぐことにも挑んでいます。
Apsu Shusei
幼い頃から日本古来の文化や風習に興味を抱き、全国の秘境や離島をたびたび訪問。2001年には、四国八十八カ所巡りも達成する。
そうした旅の中で得たインスピレーションを基に動物や紋様を描きはじめ、2009年から本格的に活動を開始。名前も「Apsu Shusei(アプスー シュウセイ)」に改める。手書きの幾何学的で繊細な“線”を用いた画風を特徴とし、靴やトートバック、紙や壁、木や鉄、ミニ四駆、あらゆる場所をキャンバスとして創作に取り組んでいる。また、同名義で音楽活動も行っており、その画風にも繋がるミニマルで神秘的な世界をサウンドで表現している。怪談好き、アニメ好き。近年では年に数十回の怪談会を企画し、バンド編成の怪談会などを行う。
https://www.apsushusei.com/
POINTS
「わかりやすい」表現を目指さない
今回のプロジェクトのパートナーは株式会社スペース。2018年にJR京都駅の地下街「Porta(以下、ポルタ)」のプロジェクトで、京都ゆかりのアーティストたちとアートウォール制作を行い、京都に伝わる文化や技術を多彩な表現を通して伝えました。文化を伝えるということとはどういうことか、何を伝えて何を伝えず、見た人に思考させる余白を残すのか。ポルタのプロジェクトをとおしてロフトワークが行ったコンセプトの言語化や、多彩なアーティストとの共創プロセスを評価いただき、今回のプロジェクトを行うことになりました。
THE MACHIYA EBISUYAは、建物の随所が素材や歴史、技術などを継いで作られています。この「継ぐ」というメッセージを宿泊客に対して印象的に伝えるためのアートピース制作。プロジェクトを進めるにあたってロフトワークが目指したものは、紋切り型の伝統におさまらない、一点物かつ意外な「異形」(いぎょう)の表現。「わかりやすい」表現を目指さないことで、宿泊客がそれぞれの五感や経験と重ね合わせ、想いを巡らせられるような体験を目指しました。
アーティストと共に言葉を紐解き、表現方法を実験する
制作にあたりまず行ったのは「継ぐ」というコンセプトの価値や、宿泊客に伝えたい想いを言語化。文脈やストーリーを作った上で、宿のメッセージを凝縮させて宿泊客に伝える表現方法やアプローチを考えました。
今回、THE MACHIYA EBISUYAの各客室のデザインテーマとして、伝統的な日本の建物を構成する素材として、紙、陶(石)、硝子、木の5つが選ばれていました。そこで、それらの素材と親和性の高い6組のアーティストと表現を探ることを提案。またホテルが建てられる前にその場所にあった古い建具なども素材として取り入れ、その場所に刻まれたストーリーを表現に組み込みました。
アーティストのアサインにあたってまず行ったことは、ホテルのテーマワードである「継ぐ」という言葉の紐解きです。何と何を継ぐのか(もの、こと、人、心、歴史、時間、場所など)、 また、継ぐことによって生まれる価値は何か(機能、意匠性、思い入れ、新しさ、懐かしさなど)を考え、 「継ぐ」ということばや行為に含まれる要素を洗い出しました。そして、作品を見た人が、それぞれ解釈したり思考する余地を多く作るため、技としての「継ぐ」と、概念としての「継ぐ」の両方を備えているアーティストをイメージ。加えて、コンセプチュアルなテーマに対して表現を探るため、素材にまつわる歴史や技術、根源的価値への探究心が日頃からあり、表現方法を一緒に議論しながら実験できるアーティストをアサインしました。
表現と機能の間で価値をつくるということ
ホテルは公共の場。アーティストの個性を最大化させると同時に、安全性や衛生面への配慮、極端な政治性やグロテスクさなど、不快な感情を呼び起こし得る表現は避ける必要があります。今回のプロジェクトでは、アウトプットが指定されていたのではなく、表現の意外性を求められていたという点で、特にこのバランスを保つことは大きな挑戦であり、ディレクションのポイントでもありました。
ディレクターは翻訳者として、アーティストがプロジェクトを通じて新しい表現にチャレンジできる環境を整えると共に、あらゆる人が滞在する場所に設置されるという安全性の担保や、ホテル全体のイメージと合った世界観を作り出すため、一見相反しうる要素もある両者の与件を紐解きながら最適な着地点を見出すことが求められます。アーティストにとってはある種の不自由から生まれる創造性を引き出すための制約条件を、ホテルにとっては安全性を株式会社スペースとロフトワークが担保することで、コンセプトに紐づく意匠性はアーティストの個性に委ねられることとなり、作家によっては今回初の技法、表現となった作品も多く生まれました。
Impact
「日本空間デザイン賞 2020」LONG LIST 選出
2020年7月、「日本空間デザイン賞 2020」のLONG LIST作品として、「THE MACHIYA EBISUYA(ザ・町家えびすや)」が選出されました。
Member
メンバーズボイス
“この計画は、既存京町屋を半分に切断し、新築棟とリノベーション棟に分けるという、京都で今までに例のない計画です。京町屋が、そのままの形でリノベーションされるか、壊されるかのどちらかの存在ではなく、良さを活かしながら新しい空間に進化していく。そんな想いから「継ぐ」という言葉を選びました。
土地に根付く計画とするため、FabCafe Kyoto / MTRL KYOTO様と組ませて頂きましたが、それは、名のあるプロではなく、若手アーティストや現地を知る人達の熱量と手作り感こそが、この計画ではマストだと感じたからです。
最終的には唯一無二のアートが完成しました。かつての姿を「継ぐ」アートを、FabCafe Kyoto / MTRL KYOTO様と共に挑んだことで、クリエイティブでありながら、どこか温かいモノを創り出す事に成功したと感じています。”
株式会社スペース 名古屋第2事業部 デザイナー 松尾 祐弥
“意匠や言葉の奥にあるフィジカルな知覚を呼び覚ますというテーマに対して、クリエイターの皆さんは、素材と対話し実験を繰り返しながら、こちらの意図を超えた作品を創り出しました。
また、作家性を妥協することなく制作を進めることができたのは、空間をデザインする過程に、あえて完全にはコントロールできない「不確定要素」を織り込むという、スペース松尾さんの勇気と美意識があったからこそ!
コロナ禍を経て「宿泊」が大きく変化する最中にこのホテルがオープンすることには、大きな意義があると感じています。土地の文脈や人の営みに深いところで出逢うことができる上質な滞在体験のかたちとして、THE MACHIYA EBISUYA が多くの方に愛される場になるよう願っています。”
FabCafe Kyoto コミュニティマネージャー / MTRL プロデューサー 木下 浩佑
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