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谷 嘉偉, 鈴木 真理子 2023.12.13

望ましい未来の社会を実現する「トランジションデザイン」とは 
〜第3回: 複雑な問題の「介入点」を探し、社会変化の「本質」を探る

ロフトワークでは、持続可能な社会への移行を促進するデザインアプローチ「トランジションデザイン」を通じて、事業創出や課題解決、未来構想を行う取り組みを始めました。

日本では、まだ耳馴染みの薄い「トランジションデザイン」とはどんな考え方なのか、なぜ今私たちが注目しているのか、ビジネス文脈への応用は何が期待されるのか。インプットとアウトプットを濃密に繰り返しながら、今まさに現在進行形で深めている知見や学びを、ロフトワークで未来洞察を専門とするVUユニットのメンバーによる連載でお伝えします。

第3回目は 事業創出に活かすための具体的なメソッドを、ロフトワークに所属しながら、武蔵野美術大学大学院でデザインマネジメントを研究する谷が紹介します。今回は、複雑な問題の「介入点」を探し、社会変化の「本質」を探る方法を解説します。

谷 嘉偉

Author谷 嘉偉(クリエイティブディレクター)

中華人民共和国 西安出身、2012年来日。美術大学にて油絵を学び、社会課題を解決する美の価値を追求するために、大学院クリエイティブリーダーシップコースに進学。過去と未来を繋げる新しいデザイン論、トランジションデザインを用いて、経済産業省「創造性リカレント教育を通じた新規事業創造促進事業」の設計に携わる。複雑な社会課題に対するシステミックソリューション、及び社会のトランジションを促す文化的創造力に興味を持つ。武蔵野美術大学造形構想研究科博士後期課程に在籍し、デザインマネジメントの研究を行う。

Profile

イラストレーション:野中聡紀
企画・編集 鈴木真理子(ロフトワーク)

連載:望ましい未来の社会を実現する「トランジションデザイン」とは

第1回:なぜ、今ビジネスでの活用を目指すのか

第2回: トランジションデザイナーってどんな人?

第3回:複雑な問題の「介入点」を探し、社会変化の「本質」を探る今回の記事

高い関心を集めた、トランジションデザインのアプローチを取り入れたリーダー育成プログラム

前回の連載では、「トランジションデザイナー」は、これまでのデザイナーとはどう違うのか、デザインの範囲や態度といった観点から説明しました。今回は、具体的にどのような手法を使うのかを2023年1月にロフトワークが開催した「Transition Leaders Program(トランジション・リーダーズ・プログラム)」の内容に沿ってご紹介します。

「Transition Leaders Program」は、トランジションデザインのアプローチを通じて、ビジョンを起点に事業創出を行うリーダー人材の教育プログラムとして、ロフトワークが企画運営したプログラムです。2023年1月から3月まで、毎週土曜に7時間(!!)の講義&ワークを行いました(詳しくはこちら)。経済産業省の「令和4年度 創造性リカレント教育を通じた新規事業創造促進事業」として採択された本プログラムが目指した人材は、経産省が最も未来志向な「高度デザイン人材」として示す「ビジョンデザイナー」*という人材像とも重なります。

*高度デザイン人材育成の在り方に関する調査研究報告書 経済産業省

プログラムに参加したのは、新規事業担当者を中心に30名。大企業が6割、中小企業が3割を占め、業種も製造、化学工業、金融、ITなど幅広い業界の方が、選考を経て集まりました。募集段階ではどれだけの方が関心を持ってくれるか心配でしたが、結果として定員の約三倍の応募数があり、関心の高さを感じることができました。熱意ある方々とともに8週間を過ごせたのは私にとっても刺激的な経験でした。

トランジションデザインは、複数の異なる分野にまたがる学際的アプローチです。そのため、Transition Leaders Programでは、多方面の専門家たち合計10名に講義を行っていただきました。文字通り多岐にわたる分野の専門家のご協力をいただき、「トランジションデザイン」という系で一本にまとめたのが今回のプログラムでした。

Transition Leaders Starter Kit

Transition Leaders Programで使用したテンプレートや詳しい解説は、Transition Leaders Starter Kitとして、経済産業省のWebページに掲載されていますので、こちらからダウンロードして、この先のメソッドの解説をお読みください。

顧客中心の事業創出から脱却し、企業が社会の変革をリードする事業をつくる

第一回目の連載で、伊藤も述べていますが、トランジションデザインの提唱者の一人である、キャメロン・トンキンワイズ氏(シドニー工科大学デザイン研究教授 )は、顧客の欲求に従うのではなく、社会変化の本質を捉えてリードすることによって、企業が社会の移行をデザインする事業を行う大切さを述べています(レポートはこちら)。

多くの企業は、イノベーションの実現を目指して、顧客中心主義に徹しがちです。顧客のニーズを知り、それを満たす方法を見つけようと模索するのです。

しかし、顧客は「環境にやさしい製品やサービスが欲しい」と言うことはあっても、「自分たちの生活をシステムレベルで根本的に変えたい」とはなかなか言ってくれません。つまり、トランジションサービスを生み出すには、顧客の欲求を追うのではなく、顧客をリードすることが必要なのです。

トランジションデザインの考え方をビジネスに応用するとき、様々な方法が考えられます。決してここでご紹介する方法だけがひとつの方法ではありません。これまでのように顧客を中心に据えた事業創出ではなく、社会の価値観を変え、社会変革を起こす事業を通じて世の中のトランジションを起こしたいと願う方は、ここで解説するメソッドで、コアを感じていただき、ケースによって他の方法も組み合わせるなど、アレンジして使っていただけると嬉しく思います。

ビジョンを描く「未来構想」と、実際に事業を起こすための「事業構想」を繰り返す

それではプロセスの説明にうつりましょう。

これからご紹介する事業創出のプロセスは、大きく分けて、社会と企業の共生ビジョンを描く「未来構想力」と、生活者起点で事業をつくる「事業構想力」の2段階にわかれます。

「未来構想力」では、トランジションデザインのアプローチを通じて、複雑な問題を解決するための介入点を探ります。今の社会やその裏側にあるシステムに加え、それらに影響を与えるマクロな動向、テクノロジーなどのイノベーションの動向など、歴史を多層的に把握して、社会変化の「本質」を探り、企業や組織が主導的に導きたい、「あるべき未来」を考えていきます。

2段階目の「事業構想力」の部分は、トランジションデザインの態度を受け継ぎつつも、ロフトワークが、これまで企業とのプロジェクトの中で得た知見や学びをベースにプロセスを構成しています。あるべき未来を「実現するための道筋」をバックキャスティングのアプローチで構想し、共創の現場への没入を経て、ありたい未来を達成するために、どんなステイクホルダーをどのように巻き込んでいくのか、「エコシステム共創」の構想を描きます。そしてその構想が本当に問題を解くことにつながるのか、最初のステップに戻っていきます。

未来構想編

ここから未来構想編の一つ一つのステップとメソッドを解説していきます。

未来構想編では、課題間の関係性を整理し、システム全体に影響を与えるような変化を起こすために、まずどこから始めなければならないかに焦点を当てています。そして問題に対処するためだけでなく、新しい市場機会を発見し、システミックな課題を解決するヒントを得るために必要なマインドセットを得ます。

未来構想編を行うときに気をつけてほしいのは、未来について想像する時に、漠然とした画一的な未来や、短絡的な延長線上の未来ではなく、さまざまな価値観や生活スタイルを反映した明るい未来を想像するというところです。個人レベルで人々にとって有意義でありながら、社会全体にもポジティブな影響を与えることができる未来のビジョンを描く方法を実践していきます

1 . 解くべき問題を定める

プロブレムマッピング|システミックに社会課題における部分と全体の関係性を整理、構造化するための手法

システミックに因果関係を整理する

複雑な社会課題(Wicked Problem)の解決を試みるには、まずはシステム視点で問題を捉えるところから始めなければなりません。

システム思考の第一人者であるドネラ・H・メドウスによると、システムとは「何かを達成するように一貫性を持って組織されている、相互につながっている一連の構成要素」であり、要素と相互のつながり、そして機能または目的から成り立っていると言います。

例えば、企業も、都市も、工場もシステムですし、私たちの体も、貨幣もエネルギーもシステムです。「システム」という言葉を聞くと、極めて抽象的で、捉え難い存在として思われがちではありますが、私たちは毎日システムと直面していることがわかるでしょうか。

プロブレムマッピングでは、デスクトップリサーチ、インタビューなどを通じてシステミックに「現状」を把握していきます。

例として、Transition Leaders Programでも講師として登壇いただいた、峯村昇吾さん(造形構想株式会社代表/株式会社FABRIC TOKYO サービスデザイナー)が作成されているダイアグラムをご紹介します。アパレル産業をリニアからサーキュラーに移行させる複雑な産業生態系のサプライチェーンとマテリアルフローを徹底的に分析・可視化し、問題を洗い出した上で課題を特定しています。https://zoukei-kousou.com/circular-diagram

プロブレムマッピングを作る際に、注意してほしいのは、システムの中に存在するいろんなステークホルダーの視点を入れて、なるべく全面的に情報を収集することです。

複雑な社会課題が”複雑”な理由は、課題と課題の間にある相互関連の関係性だけではなく、その中にいるあらゆるステークホルダーが持っている信念や価値観が衝突しているところにあると言われています。つまり一種の倫理的な問題です。そしてこのような倫理的な問題を理解するためには、システムに対する誠実な態度が不可欠です。

例えば、エネルギー業界のプロブレムマッピングを作る場合を考えてみましょう。企業は利益率が高い伝統的なエネルギー源を利用する一方、政府は環境保護の観点からクリーンエネルギーへの転換を推進しています。そして市民のほうは低価格かつ安全安定な供給さえできればなんでもいいので、特にエネルギー種にこだわりません。この状況において、どの立場の観点も理にかなっているように見えますし、誰かを安易に批判することはできません。しかしこのような状況は、結果的にエネルギーシステムの持続不可能性を加速していることも否めない事実です。

大切なのは、問題を知っているようなふりをせず、一度、初心者の姿勢、システムに対する誠実的な態度で立ち向かうことです。地道なリサーチを通じて、数値化できないような文化や、価値観に関する情報を手にいれるようにしましょう。そしてそれらの情報の中にある関係しているところや矛盾しているところを図式化(Mapping)することで、部分と全体のダイナミックな関係性を理解することができます。

Transition Leaders Programでのプロブレムマッピングの様子。

介入点を探る

システムの動きを整理したあとには、効率よくシステムを改善することができる「介入点」を見つけましょう。イメージとしては、鍼師の治療を想像してみるとよいかもしれません。鍼師が治療すると、症状がぐっとよくなることもあります。針は一見無関係なところに置いていますが、実は体という複雑なシステムのなかで、一番可能性の高い場所に介入することによって、システムに起きる不具合(痛み)を解消していると考えられます。介入点は、チョークポイントやレバレッジポイントなどとも呼ばれます。

2. 問題の過去を遡る

マルチレベルパースペクティブ(MLP)|社会課題の過去から現在に至るまで、どのような変化が発生したかを可視化するための手法

次のステップでは、1で特定した介入点、すなわち複雑で大きな社会課題を紐解くのに役立ちそうな点について、歴史を遡っていきますシステムにおけるトランジションを起こすためには、今だけではなく過去を学ぶことで、変化がどのように発生したかを理解する必要があるからです。

手法はマルチレベルパースペクティブ(MLP)のフレームを使います。MLPは、社会の大規模な移行を理解・分析するための手法・視点です。社会技術システムを三つの階層(ランドスケープ、レジーム、ニッチ)の相互作用として捉え、複雑な社会課題が発生する大きな時空間的な文脈を可視化します。

ランドスケープ(Landscape)… 人口動態、マクロ経済や国際関係など、個人や組織が影響を与えにくく、変化が遅い大きな社会背景 。 
 
レジーム(Regime)…各種のインフラ、慣習制度文化など、緩くしか変化しない社会の仕組み。
 
ニッチ(Niche)…新しいアイデア技術革新新商品など、現れては消えていく変化の激しい社会実験の場。

一体どういうこと?と思った方も多いと思います。具体的なトランジションを例にして一緒に考えてみましょう。

ここでは、移動方法のトランジション、馬車から自動車へのトランジションについて考えてみましょう。

自動車が誕生したのは、19世紀半ばです。しかし、実は20世紀初頭まで、自動車は人々に受け入れられていませんでした。主な理由には、馬車に関する産業やインフラなどのシステムが発達していたことが挙げられます。また、当時の人々にとっては、自動車の騒音や安全性は受け入れがたく、馬車が安全に通行できるように、自動車のエンジンを止めることが義務づけられた地域も存在していました。 

しかし、それからしばらくして自動車が当たり前のように普及し、馬車に取って代わりました。一体何が要因なのでしょうか。

実は自動車の受容と普及には、技術の改善はもちろん、そのほかにも重要な役割を果たした要因があります。まず、ヘンリー・フォードによる大量生産技術の導入(ニッチ)により、一部のお金持ちしか持つことができなかった自動車は庶民にも手の届く価格となりました。

同時に、自動車産業の繁栄は経済を刺激し、消費文化やレジャー産業の台頭を促しました。人々は買い物やレクリエーションのために、より遠くへ、より自由に移動できるようになり、人々の暮らし方や自己意識にも変化をもたらしました(レジーム)。

一方、自動車保有台数の増加は、大規模なインフラ整備を必要としました。自動車の生産・整備設備だけでなく、自動車の通行に適した道路、燃料供給システム、駐車施設、交通管制・規制システムなどの整備も議題に上がりました。政府は、交通関連の法律やインフラの整備を推進し、違う側面から自動車の普及において重要な役割を果たしました(ランドスケープ)。

過去から現在までの社会変化を捉え、変革にはどんな「文化」が必要なのかを知る

この例から、社会の変革は単一の要因で起こったわけではなく、異なる階層の要因が影響し合うことで、結果的に馬車から自動車へのトランジションが成し遂げられたことがわかります。

MLPを使ってシステミックな課題が発生する以前の歴史を振り返る時にも、異なる階層間の相互関係に着目していくことが大切です。トランジションデザインが目指すところは、レジーム層に描かれている文化の更新、つまり社会の常識や人々の価値観に変容を起こすことです。

MLPを通じて、社会変化を捉え直すことによって、過去から現在までのコンテキストを理解し、日常の変革を起こすためにどんな文化がこれから必要なのかを見つけることが、新しい未来を描くヒントとなります。

次回もメソッド編の続きをお伝えします

次回は、未来構想編の最後のステップ「理想的な未来を描く」の説明、そして続く事業構想編も解説します。

参考文献

Buchanan, Richard. 1992年. 「Wicked Problems in Design Thinking」. Design Issues 8(2):5. 

Buchanan, Richard. 2019年. 「Surroundings and Environments in Fourth Order Design」. Design Issues 35(1):4–22.

Geels, Frank W. 2011年. 「The Multi-Level Perspective on Sustainability Transitions: Responses to Seven Criticisms」. Environmental Innovation and Societal Transitions 1(1):24–40.

Irwin, Terry, とTonkinwise Cameron. 2015年. 「Transition Design: The Importance of Everyday Life and Lifestyles as a Leverage Point for Sustainability Transitions」. Design Philosophy Papers 13(1):1–2

ドメラ・H・メドゥズ著, 廣枝淳子 訳(2015)『世界はシステムで動く』英治出版株式会社

トランジションを目指し、社内外と対話・協働するコミュニティの参加者募集

Transition Leaders Community、第二回目のイベントのお知らせは間もなく!

トランジションに必要なのは、社会、経済、自然環境と事業活動をつなげる長期的な“ビジョン”(北極星)を描き、社内外と対話・協働を通じて実装につなげられる人たち。日本にこのような人、企業を増やしていくことを目的にコミュニティの活動を行います。(第一回の様子はこちら

コミュニティでは、トランジションデザインの考え方を学び、ビジネスへの応用を探るとともに、またトランジションに必要な視点やマインドセットについて語りあいます。まずは外部ゲストをお呼びし、定期的に勉強会・イベントを開催予定です。今後コミュニティのお知らせを受け取りたい方は、下記フォームよりお申し込みください。

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いち個人のまなざしで社会を見る。
ヨコク研究所の発信からコンテンツメーカーが学ぶべきこと