2017年12月15日に開催された、ロフトワークの株主総会。

例年、株主である伊藤穰一さん(MITメディアラボ所長)や北野宏明さん(ソニーCSL代表取締役社長)らをお招きして開催してきました。一年を振り返りつつこれから向かう先を語り合う、私たちにとって大切な場。

2017年は新しいチャレンジとして、3人の社外ゲストをレビュワーとしてお迎えしました。

A.T.カーニー日本法人会長の梅澤高明さん、早稲田大学ビジネススクール准教授の入山章栄さん、ITで農畜水産物の生産・流通を支援するプラネット・テーブル株式会社CEOの菊池紳さん。

年々さまざまな領域へと活動が広がるロフトワークの現在と未来を、ゲストからの実践的かつ学び深いコメントを交えつつ、ご紹介します。

テキスト=崎谷実穂
編集=石神夏希

クリエイティブエージェンシーのグローバル戦略

まずは代表取締役社長の諏訪光洋から、2017年の総括と今後のグローバル戦略が語られました。

渋谷から始まった「FabCafe(ファブカフェ)」は今や飛騨、台北、バルセロナ、バンコク、トゥールーズ、シンガポール、メキシコなど世界中に広がりつつあります。2017年8月には初のアメリカ大陸に上陸! 南米の大都市モンテレイで7カ国10店舗目となりました。

一方、素材をテーマにしたクリエイティブラウンジ「MTRL(マテリアル)」は渋谷京都に続き、2017年の12月には香港にオープン。アジアを代表するクリエイティブカンパニーを目指し、大切な一歩を踏み出しました。

しかし現状、それぞれの拠点がスタンドアローンで活動しており、ビジネスとしてのシナジーが十分に生み出せていない、という課題も。

諏訪: 「ロフトワークに限らず、クリエイティブやUX分野におけるグローバル展開のメソドロジーが確立されていないのではないでしょうか?」

菊池: 「少しシステム寄りの話になりますが、グローバルなUXの例として参考になるのは、AWS(Amazon Web Services)だと思います。かっちり決めるのではなく、選択肢を増やし、ユーザーが自由に使えるようにすることが、グローバルUXをつくっていく上での基本思想となるのでは」

プラネット・テーブル 代表取締役CEO 菊池 紳さん
株式会社ロフトワーク代表取締役社長 諏訪光洋

入山: 「経営学では、I-Rフレームワークという考え方があります。IはIntegration、グローバルでの統合を指します。世界を単一のマーケットと考えて、効率性を追求する方向性。RはResponsiveness。ローカルへの適合を指し、各国の環境に合わせて展開していく方向性です。 この2つはトレードオフで、多くのグローバル企業はIに振れたり、Rに振れたりを繰り返しています。現在、多くのグローバル企業が目指しているのは『トランスナショナル戦略』。両方のいいとこ取りをすることです」

梅澤: 「UX、UIと一口にいっても範囲が広い。グローバルなブランドイメージをつくりたいなら、UX、UIのトーンアンドマナーはある程度統一したほうがいいでしょう。ただ、ユーザビリティにかかわる部分は、それぞれの文化圏に合わせてチューニングしたほうがいいかもしれない。どこを統一する、どこをローカライズすると決めて戦うほうが、効率がいいと思います」

早稲田大学ビジネススクール准教授  入山 章栄さん
A.T.カーニー 日本法人会長 梅澤 高明さん

新サービス「AWRD」発足

最後に諏訪から、ひとつずつの案件をオーダーメイドでつくりあげるスタイルから、今後はMTRL(マテリアル)のように定型化した汎用性の高いサービスを展開していくこと、そしてロフトワークがこれまでもオープンイノベーションを生み出す手法として行ってきたアワード(コンペティション)を2018年3月、「AWRD(アワード)」としてウェブサービス化する構想が発表されました。

株式会社ロフトワーク代表取締役 林千晶

菊池: 「開催するアワードのメインとなるのは、クリエイターと企業、どちらなのでしょう。つまりクリエイターにとって、企業の受託的になってしまわないか」

林 千晶(代表取締役)「思いでつながれば、どちらもが主役になると思う。プラットフォーム運営は、クリエイターばかりを向くとクライアントに対して不義理が起きるし、クライアントの方ばかりを向くとクリエイターにとって搾取の構造になる。どれだけシステムとして両方をつなぐ仲介者になれるか。それが、ロフトワークが創業から目指してきた役割なんです」

ロフトワークが手がける「クリエイティブ」の現在

執行役員 兼 イノベーションメーカー 棚橋 弘季

ロフトワークでは、様々な企業のクリエイティブパートナーとして、サービスデザインやコミュニケーションデザイン、UI/UXデザイン、人材育成・プログラム開発を手がけています。2016年からは、本格的にデザインリサーチの手法を取り入れ始めました。

また、大阪ガスの若手社員を対象にした新規事業創出プログラム「TORCH」、長野県・諏訪市の技術を発信する「SUWAデザインプロジェクト」、金沢工業大学の新しい教育プログラム開発「HAKUSAN CREATIVE BIOTOPE」といった企業・組織の「価値の再発見」やアクセラレーションも、近年ますますニーズが高まっている領域。

諏訪市が世界に誇る精密加工技術の魅力を発見し発信する「SUWAデザインプロジェクト」
地元企業とクリエイターを結びつけアイデアソンを実施

一方、長年取り組んできたウェブサイト構築は、依然としてロフトワークの強みです。最近では、オフラインを含めたコミュニケーション全体を設計し、そのなかでウェブサイトが果たす役割を企画・実装するアプローチが中心になってきました。

たとえば立教大学のWebサイトでは、まず「これからの大学サイトはどうあるべきか」に関するリサーチを行い、サイトのミッションを「自大学の宣伝」ではなく「より良い選択のサポート」であると再定義。プロトタイピングによる検証を重ねました。

棚橋弘季(執行役員 兼 イノベーションメーカー) 「2018年はデザインリサーチをもとにしたUXデザインに力を入れていきたいと考えています。またプロダクトのプロトタイプ開発も、より積極的にプロジェクトに取り入れていきます」

世界中から旅人が訪れるクリエイティブ・ハブ

京都ブランチ事業責任者 寺井 翔茉

ロフトワーク京都/MTRL KYOTOは2015年12月にオープンし、3年目を迎えます。築120年の3階建ての物件を改装し、1階はMTRLとFabCafe、2階が滞在スペース、3階がロフトワークのオフィス。世界中から旅人が訪れ、歴史・文化・テクノロジーが出会うハブを目指しています。

 

入山: 「クリエイターに京都に半年ほど滞在してもらうとよいのでは?」

寺井 翔茉(京都ブランチ事業責任者) 「実はアーティスト・イン・レジデンス(滞在制作)でも使用できます。東京で生まれたアートプロジェクトの京都展開や、国際的な現代アートの祭典『ニュイ・ブランシュKYOTO』とコラボした展示企画なども行っているんです」

現代アートの祭典『ニュイ・ブランシュKYOTO』でのパフォーマンス
MTRL KYOTOでは国内外のアーティストによる企画展も行われた

また老舗部品メーカー・ROHM株式会社とのアイデアコンテストなど、地元企業とのオープンイノベーション支援を展開してきました。プロトタイプから関わり、市場で販売されている製品プロジェクトもあります。

今後は、素材メーカーによるピッチイベントなどを開催し、京都の伝統産業やローカルコミュニティとの接続、未知の素材との出会いとクリエイティブに関心をもつビジネスコミュニティ醸成にも力を入れていきます。

まだ名前のない「場」を発明する

Layout Unit CLO(Chief Layout Officer) 松井 創

空間のプロデュースを事業領域とする「Layout」は2017年10月に立ち上がったばかりの新事業。ですがロフトワークは2012年から共創空間のプロデュースやコンセプト設計をしてきました。たとえば柏の葉にある「KOIL」、大阪のパナソニック創業跡地にできた「Wonder LAB Osaka」、富士通「FUJITSU Knowledge Integration Base PLY」など。

また2017年にパナソニック、ロフトワーク、カフェカンパニーの3社共同企画運営によって立ち上がった「100BANCH」では、U35の若者が集い、交わり、「次の百年を豊かにしていく100のプロジェクト」を生み出す場として、コミュニティ醸成と運営を手がけています。

2017年、JR渋谷駅南口にオープンした「100BANCH」
3F:LOFTは100人規模のイベントスペース。階下にはプロジェクトためのワークスペース、ダイニングがある

また東急電鉄とのプロジェクト「Shibuya Hack Project」では、渋谷の公共空間を舞台に、市民ひとりひとりの創造性とシビックプライドを引き出す、ボトムアップの都市づくりに挑戦。 「空間」と「都市」を行き来しながら、これまでにないけれど未来の暮らしや働き方に必要な「場」の発明に取り組んでいます。

Shibuya Hack Project「Street Furniture」
「自分たちの手で、都市を使いこなす」をテーマに、XSからXLまで様々なスケールで都市づくりの実験に取り組む

入山: 「日本は川の使い方が世界的に見ても下手なので、川に注目するのも面白いですね。多摩川沿いや二子玉川の開発、そして中国系スタートアップが集まる秋葉原の開発なども視野に入れてはどうでしょうか」

世界中のローカルを結び、コミュニティと共に成長する

FabCafe LLP COO 川井 敏昌

誕生から6年目を迎えたFabCafeは現在、全世界で10店舗、MTRLは3店舗を数えます。ただ、その各店舗で蓄積したナレッジをバリューに変えられていないという課題が。

2017年から2018年にかけてはプラットフォーム化とメソドロジー構築に力を入れ、なかでも世界展開とローカルカスタマイゼーションを同時におこなう「グローカリゼーション」と、コミュニティとともに成長していく「コミュニティオリエンテッド」を2大方針として掲げています。

2012年に東京で生まれたFabCafeは5年間で台北、バルセロナ、バンコク、トゥールーズ、飛騨、シンガポール、ストラスブール、京都、モントレーへと展開
2017年8月、世界で10店舗目としてオープンしたFabCafeモントレー

またFabCafeは「デジタルものづくりカフェ」というだけではなく、オープンイノベーションを活性する「ツール」でもあります。

たとえばグローバルクリエイティブアワードとして4年目を迎え、MITメディアラボやPier9に所属するアーティストから応募が来るまで成長した「YouFab」や、Fabミニ四駆カップ改めテクノロジーとものづくりの総合イベント「ワンファブ・フェス(WONFAB FES)」など。 2018年は、新サービス「AWRD」との連携や、MTRLのプロジェクトスペース化の促進を進めていく予定です。

YouFab2017 グランプリ受賞作品『Regenerative Reliquary』by Amy Karle
ワンファブ・フェス(WONFAB FES)

地域の資源を価値に変える、という挑戦

Fabディレクター 岩岡 孝太郎

飛騨の森でクマは踊る」、通称「ヒダクマ」では、地元の製材所と連携し、木材の流通の活性化をはかっています。なかでも、2017年は海外への木材輸出、海外大学生への訪問プログラム提供など新しいチャレンジが成功した一年でした。

2018年は、飛騨と地域外の交流人口を増やすことを目標に、例年開催している「ヒダクマ秋祭り」をより多くの地元の人々を巻き込む祭りへとスケールアップ。また飛騨の木材を使った100万円のキャットタワーなど「愛好者とともにつくるこだわりのアイテム」開発プロジェクトなどを計画しています。

飛騨の秋祭り2017
こだわりのキャットタワー「Modern Cat Tree NEKO」

菊池: 「地域が何を求めているのか、なぜヒダクマがそれをやるのかをしっかり考えるべきだと思います。秋祭りも“山がクリエイティブのプラットフォームになり得る”ということを顕在化させ、クリエイターが集まればすぐものづくりができるという環境をつくれたら、世界的な木工のフェスになるんじゃないでしょうか」

「アジアへの扉」をひらく

FabCafe Taipei / Loftwork Taiwan co-founder Tim Wong

最後に登場したのは、ロフトワーク台湾の共同創業者であるTim Wong。ちょうど2017年末に開催されたロフトワーク展のテーマ「創造性はどこから来るのか?」に触れながら、多様な人々が集まり活気にあふれる香港にオープンしたばかりの「ロフトワーク香港MTRL Hong Kong」は、フレッシュなアイデアが集まる場所になっている、と話しました。

そんな台湾および香港拠点の2018年のテーマは「NEW CONTEXT NEW CHALLENGE」。イノベーションには展開戦略とプロジェクトマネジメントの視点の両方が必要だとし、MTRL Hong Kongをグローバルな事業開発のハブにしていくという計画を語りました。

2017年12月にオープンしたロフトワーク香港/MTRL Hong Kong
ロフトワーク香港の創業メンバー

これらアジアの拠点は、デザインアワードやスペースデザインについても、東京、京都、台北、飛騨と互いをサポートしながら、コラボレーションしていきます。2018年に向けては、YouFabのエキシビションとハッカソンを香港で開催する予定です。

誰もがクリエイティビティを発揮する世界へ

最後に、3人のゲストから総評をいただきました。

梅澤: 「皆さんそれぞれ、独立採算の事業として話されていたけれど、各事業間の連携を緊密に組み立てれば、全体としてより大きなインパクトが出るのではないでしょうか。例えば京都の伝統産業と接続したくて世界から集まるクリエイター達を、東京の大企業クライアントのイノベーション支援の仕事で活用するとか」

取締役 兼 COO 矢橋 友宏

菊池: 「社員一人ひとりのカバーする領域が広い。その一方で、会社全体としてシステムの設計があってもデータの設計がないのかなと。どの情報を取り、どこで活かすか。多様な領域でせっかくいい経験、いいナレッジが生まれているのに各事業部間で共有されない、活かされないのはもったいない。それをつなげていくのは、まさにデザインの役割だと思います」

入山: 「プレゼンをされている皆さんが、本当に楽しそうでしたね。早稲田のビジネススクールともコラボレーションできそうな部分もいくつか見つけました。 一方で、外に対してもっとオープンになってもよいのでは、と感じる部分もありました。誰でもクリエイティビティを発揮できるとするならば、クリエイターだけでなく、都市部のお年寄りなどもロフトワークの顧客と考えていいのもしれません」

2000年に「クリエイティブの流通」を目指して創業し、クリエイターと企業を結びつけてイノベーションを生み出すことに取り組んできたロフトワーク。 距離を越え、未知の領域へと出かけ、多様な人々と出会いながら、私たちなりに「創造性はどこからやってくるのか?」「創造的であることとは一体どんなことなのか?」を問い続けてきました。ちょっと気が早いですが2020年には創業20周年(!)を迎えます。

誰もがもっと創造的になれる世界へ。冒険の旅を続けるロフトワークを、これからもよろしくお願いします。

(取材・執筆:崎谷 実穂、編集:石神 夏希

ゲストプロフィール

梅澤 高明|A.T.カーニー 日本法人会長
東京大学法学部卒、MIT経営学修士。日米で20年にわたり、戦略・イノベーション・マーケティング関連のテーマで企業を支援。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」コメンテーター。クールジャパン、デザイン政策、知財戦略、税制などのテーマで政府委員会の委員を務める。「NEXTOKYO Project」を主宰し、東京の将来ビジョン・特区構想を産業界・政府に提言。 主な著書 『NEXTOKYO 「ポスト2020」の東京が世界で最も輝く都市に変わるために』(2017、共著、日経BP社) 『最強のシナリオプランニング』(2013、東洋経済新報社)

入山 章栄|早稲田大学ビジネススクール准教授
1996年慶応義塾大学経済学部卒業。98年同大学大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2003年に同社を退社し、米ピッツバーグ大学経営大学院博士課程に進学。2008年に同大学院より博士号(Ph.D.)を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールのアシスタント・プロフェッサー(助教授)に就任。2013年から現職。専門は経営戦略論および国際経営論。 主な著書 『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(2012、英治出版) 『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(2015、日経BP)

菊池 紳|プラネット・テーブル 代表取締役CEO
大学卒業後、外資系金融機関やコンサルティング会社、投資ファンド等を経て、独立。農畜水産・飲食料品業界における新事業構築や成長支援、資金調達等を数多く手掛ける。2013年、農林水産省主管のファンド「農林漁業成長産業化支援機構」の設立メンバーとして参画するとともに「6次産業化中央サポートセンター」の立ち上げを手掛ける。農畜水産・食分野の課題解決に向けて、民間主体の機動的・国際的なイノベーション促進プラットフォームの必要性を感じ、Food Innovation Initiativeを設立。食農ウェブメディア「The Round Table」編集主幹。プラネット・テーブル代表取締役。

崎谷 実穂

Author崎谷 実穂(フリーランスライター)

北海道札幌市生まれ。人材系企業の制作部で求人広告や企業案内のコピーライティングを経験した後、広告会社に転職。新聞の記事広告を担当し、100名以上の著名人・タレント等に取材。独立後はビジネス、教育関係の記事、書籍のライティングを中心に活動。著書に『ネットの高校、はじめました。新設校「N高」の教育革命』、『Twitter カンバセーション・マーケティング』、共著に『混ぜる教育 80カ国の学生が学ぶ立命館アジア太平洋大学APUの秘密』。構成協力に『これからの僕らの働き方』、『時間資本主義の到来』など。

石神 夏希

Author石神 夏希(劇作家)

1999年より劇団「ペピン結構設計」を中心に劇作家として活動。近年は横浜を拠点に国内各地の地域や海外に滞在し、都市やコミュニティを素材に演劇やアートプロジェクトを手がける。また住宅やまちづくりに関するリサーチ・企画、林千晶らと立ち上げたアートNPO「場所と物語」運営、遊休不動産を活用したクリエイティブ拠点の起業およびプログラムディレクションなど、空間や都市に関するさまざまなプロジェクトに携わる。
2016年よりロフトワークに参加。「言葉」というシンプルな道具で、物語を通じて場所を立ち上げること/場所から物語を引き出すことが得意。

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