「ゆたかさ」を探究するラボの環境とは?
ソニーCSL 京都研究室の空間を設計/施工
Outline
人類のゆたかさを探究するオフィスのデザインとは?
株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所(以下、ソニーCSL)は国内初の支所、「京都研究室」を2020年4月に開設。そのオフィス設計と施工をロフトワーク京都チームが支援しました。内装・家具設計は、FabCafe Kyotoや ロフトワーク京都オフィス の建屋と内装を手がけた建築家の 佐野文彦 さん。家具に使われている木材は 株式会社飛騨の森でクマは踊る (以下ヒダクマ)のプロデュースで、飛騨の広葉樹を大胆に使ったオリジナルのデザインです。
ソニーCSLは東京とパリに研究所を構え、人類・社会への貢献を目指し、研究機関や企業とのコラボレーションを通して、新技術や新事業を創出しています。今回、京都に研究室を設けることで、金銭的、物質的に満たされるものにはとどまらない「人類のゆたかさに貢献する」を価値の中心に据えて研究を進めていくという同研究所。ロフトワークは、そのコンセプトを受け、自然を大胆に取り入れて感性を刺激するオフィスをデザインしました。
プロジェクト概要
- 支援内容
空間のコンセプト策定、設計、施工 - プロジェクト期間
2020年6月〜2020年10月 - プロジェクトメンバー
クライアント:株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所
プロデューサー:寺井 翔茉
設計:佐野 文彦(FUMIHIKO SANO studio)
家具製作ディレクション:株式会社飛騨の森でクマは踊る
製作・協力:神岡林業協同組合、西野製材所、飛騨職人生活、木と暮らしの制作所
写真撮影:田中 陽介
Outputs
Points
何に使うかわからない。工夫と創造性を引き出す家具
ソニーCSL京都研究室のコンセプトは「人類のゆたかさに貢献する」。京都研究室ディレクターの暦本さんによると、ゆたかさという言葉には、「富」という意味もありますが、同時に、大和言葉のゆたかさという言葉には、「ゆったり」や「余裕」、「充足」という意味も含まれているそうです。改めてゆたかさとは何かを考えたときに、テクノロジーの発展による効率化や金銭的・物質的に満たされるものにはとどまらないゆたかさのあり方も探究する必要があるのではないか、という問いのもと、京都研究室が立ち上げられることになりました。独自の文化が根付き、国際人材も多く訪れ、研究機関や企業も多い京都から、新しいネットワークと研究が進められる予定です。
2019年の秋、年に1度行われるソニーCSLの研究者が全員参加するオフサイトミーティングがFabCafe Kyotoで開催されたことがきっかけで、ロフトワークが研究室の立ち上げ支援を行うことになりました。
「人類のゆたかさに貢献する」という京都研究室のテーマに際して、ロフトワークがまず提案したのは、「巨石」と「丸太」でした。コロナ禍によってリモートワークが一気に浸透した今、オフィスに集まる目的として「心地よさ」や「創造性が刺激される」ことの比重が高まっています。効率や機能性だけを追求するのではなく、特定の用途に限られない存在感のある自然物との同居によって、創造性が引出されるオフィス。これこそゆたかさを研究するCSLチームにふさわしいのではと考えました。
同時に、国際的なバックグラウンドを持つ研究メンバーや幅広いゲストが活動する場所として、今後、工夫によってさまざまな用途に展開可能なフレキシビリティを持たせつつ、同時に、京都らしい落ち着きとモダンさを兼ね合わせた空間を作り上げました。
木を熟知した建築家とヒダクマによって作られた量塊感のある家具
今回、内装・家具設計を、建築家の佐野文彦さん、そして、木材コーディネーション・家具設計製作・家具製作ディレクションをヒダクマが担当しました。文彦さんは、FabCafe Kyotoの建屋や、2019年にリニューアルしたロフトワークの京都オフィスの設計も担当しています。木を熟知する数奇屋大工としての経験を有する佐野さんとヒダクマがコンセプトに合う個性的な丸太を選び出し、飛騨の職人と共に、ひとつひとつの丸太に素材を生かした加工を施すことで、唯一無二の存在感のある家具が誕生しました。
今回の家具制作における具体的な工程や制作ストーリー、各家具についての詳細情報については、ぜひヒダクマの記事をご覧ください。
実験的な環境で「生活」しながら研究する
ソニーCSLの副所長であり、京都研究室ディレクターとして着任した暦本純一さんから、京都研究室の空間設計に関して、以下の言葉をいただきました。実はロフトワークの京都ブランチ/FabCafe Kyotoは京都研究室からわずか徒歩5分の距離。時に連携しながら、ロフトワークも、京都だからこそできる挑戦に引き続き取り組んで行きたいと思います。
ソニーコンピュータサイエンス研究所の次の研究拠点として、京都の可能性を考え出したのは昨年の2019年。もちろん新型コロナウイルスの発生はまったく想定していなかった。その時点で考えていたのは、デジタル技術が極限まで進展していく社会や暮らしで、結局もっとも重要な価値とは何なのだろうか、ということだった。デジタルを徹底的に追求した先に最終的に残るフィジカルの価値はなにか、デジタルとフィジカルの高度な両立がもたらす、真のゆたかさとは何だろう、それを研究機関として追求できるのはどんな環境なのだろうか、ということを考えていた。
未来の「ゆたかさ」を掲げて京都研究室の発足が決定されたのが2020年の2月ごろ。奇しくも新型コロナウイルスの蔓延と、研究室の設立準備作業とが完全に同期してしまった。京都と東京の二拠点型の運営形態は、そのままテレプレゼンスやテレワーキングの実践場と化している。京都らしさの象徴のような和室の会議室には、その後、大型有機ELモニターを複数台接合した没入型テレプレゼンス環境が構築され、また、ラボ内の暖簾のように見える布材が、実は透明度を制御する特殊な液晶材料であったりする。このような実験的な環境の中で「生活」しながら、真にゆたかな未来社会の構築を探求していきたい。
株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所 副所長 京都研究室ディレクター 暦本 純一
Impact
2021年4月号の『AXIS』に掲載
2021年4月1日発行『AXIS』(210号)の「&DESIGN」のコーナーにて、本プロジェクトで作られた個性的な家具が掲載されました。フリージャーナリストの土田貴宏さんによって、設計の意図や木材のストーリーが紹介されています。
Partners
佐野 文彦(Fumihiko Sano studio 代表/株式会社アナクロ 代表取締役)
1981年奈良県生まれ。京都、中村外二工務店にて数寄屋大工として弟子入り。年季明け後、設計事務所などを経て、2011年独立。 現場を経験したことから得た、工法や素材、寸法感覚などを活かし、コンセプトから現代における日本の文化とは何かを掘り下げ作品を製作している。 2016年には文化庁文化交流使として世界16か国を歴訪し各地でプロジェクトを敢行。 様々な地域の持つ文化の新しい価値を作ることを目指し、建築、インテリア、プロダクト、インスタレーションなど、国内外で領域横断的な活動を積極的に続けている。
ヒダクマ(株式会社飛騨の森でクマは踊る)
株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称:ヒダクマ)は、デジタルものづくりカフェのFabCafe Hidaを拠点に、広葉樹の森と組木などの伝統的な木工技術、テクノロジーを活用し、クリエイティブな視点から飛騨の森に新しい価値を生み出すことを目指しています。
https://hidakuma.com/
Member
メンバーズボイス
“今回のコロナ禍の中で、オフィスの中で失われた重要なものが、「雑談」だと思っています。0から1を生み出す研究員の方にとって、考え抜くことの重要性とともに、適度なリフレッシュと雑談というのは非常に重要かと思います。そのため、敢えて研究員の方がオフィスに来たくなり、かつコミュニケーションが生まれる空間を目指し、しっかりと作っていただいたのがキッチンと和室でした。間食や食事を提供できる場と、リラックスできる空間があることにより、研究アイデア創出や、共同研究などの協業のきっかけとなる雑談が生まれるのではないかと考えております。
単に「集中できること」に重きを置いたデスクと会議室があるオフィス空間ではなく、心地よい空間であり、自然と研究員同士や、来訪者とのコミュニケーションが生まれやすい空間でありながら、さまざまな使い方ができる拡張性の高い空間に仕上げていただきました。”
株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所
サイトアクティベーションプロジェクトリーダー 柏 康二郎
“イノベーションを起こすような場所にはなにが必要か。そんなことを思いながら空間を考えました。それは、自由度と刺激なのではないだろうか。インターネットによる情報のオンライン化で、ラボに人が来ないことが問題と聞いていた中で、ラボに行く理由を作る、というのが今回のテーマです。
机や椅子がある、大きなテーブルは動かせる、イベントができる、キッチンがある、MTGルームがある。それは機能でしかありません。この場所にはそれらを叶えた非日常が必要だと考えました。さまざまな種類や色、テクスチャーの丸太たち。皮が残っているものもあれば、白太がなくなっているものもあります。一つひとつ違うコブの盛り上がりや木目が違い、使うに従って変化していく。日常に非日常がある。それがこのオフィスでは形にできているのではないかと考えています。”
Fumihiko Sano studio 代表/株式会社アナクロ 代表取締役 佐野 文彦
“普段はしっかりと乾燥されて均等に製材された「用材」を扱っていますが、今回は自然のままの「丸太」から加工を始め、その自然の形状を生かした家具を製作しました。
土場に集まった数本の丸太は、やたらコブが生えてデコボコしているブナや、腐りが激しくてもはや雑草が生えていたミズナラ、重さ400キロを超える非常に大きなトチなど、それぞれ全く異なる木たち。そのキャラの激しさ故に「用材」にはならず、砕かれてチップか焚き物になってしまう運命の丸太です。
そんな丸太たちが、佐野さんの数寄屋建築としての目と西野製材の技術により製材され、少しずつ美しい木目が現れました。泥だらけだった丸太が、まるで宝石のようにまばゆい輝きを放って見えたのが印象的でした。その後も木は呼吸を続けて割れたり収縮したりと常に変化をしつづけ、毎日サイズが変わっていきました。当たり前だけど木は生きているということを、そしてその美しさに改めて気付かされました。”
株式会社飛騨の森でクマは踊る 木工デザイナー / Fabマスター(蔵長) 浅岡 秀亮
“ソニーCSLのみなさんのオフサイトミーティングを、私たちが運営するFabCafe Kyotoで開催されたことをきっかけに、プロジェクトのご相談をいただきました。「人類の豊かさに貢献する」をテーマに掲げると聞いたとき、頭に浮かんだのは「石」と「木」でした。オフィスの中に、効率や機能性だけではなく、何につかうのか分からないような、でも存在感のある物体があることによって、CSLチームのみなさんの工夫と創造性が引出され、思いも寄らない使い方が生まれるのでは、と。
コロナによってリモートワークが一気に浸透した今、オフィスに集まる理由は「心地よさ」や「創造性が刺激される」ことにあるのだと思います。徒歩5分の距離にある私たちのスペース”FabCafe Kyoto”とも掛け合わせながら、京都を、そして人類を豊かにするチャレンジに、ともに取り組んでいければ嬉しいです。”
株式会社ロフトワーク クリエイティブディレクター/京都ブランチ事業責任者 寺井 翔茉
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