株式会社糀屋三左衛門 PROJECT

製品のイメージ更新を目指すデザイン経営
価値創出への第一歩を踏み出した「KOJI THE KITCHEN」

株式会社糀屋三左衛門は、室町時代から600年以上の歴史を持つ、種麹(麹を製造する際に、米などの原料に対して用いる麹菌の胞子)製造販売会社。これまで発注元である醤油や日本酒を製造する醸造メーカーの要望に応える形で、安定した品質の業務用種麹を製造してきました。

しかし、現在では種麹製造の業界におけるコモディティ化が進み、価格競争が激しくなっている傾向にあります。このような状況を打開するため、同社はデザイン経営のアプローチから「種麹」の新たな価値を見出すことを目指しました。

ロフトワークが経済産業省関東経済産業局、公益財団法人日本デザイン振興会の協力のもと2020年3月に公開した報告書『中小企業のデザイン経営』では、デザイン経営実践のポイントのひとつとして「文化を生み出す」ことを挙げています。業界内の他企業、クリエイターや専門家など、多様なステークホルダーと連携し、共創や発信を行うことで、製品やサービスのまだ見ぬ可能性を社会に投げかけていくことができます。このように、製品にまつわる従来のイメージや市場価値を更新しうる「新たな文化」を醸成することで、価値創出と機会領域の発見に繋がることが期待されます。

このような目的のもと、糀屋三左衛門が取り組んだプロジェクトが、「KOJI THE KITCHEN」です。
美食×麹をテーマに、様々な業界のアイデアと糀屋三左衛門が持つ種麹の知見とを掛け合わせるディスカッションやメニュー開発を通して、麹の魅力や新たな可能性を模索・検証するとともに、次なる取り組みに挑むためのネットワーキングを行いました。

本記事では、糀屋三左衛門 代表取締役社長 村井裕一郎氏をはじめ、プロジェクトを進めたメンバーたちが、KOJI THE KITCHEN実施のねらいと、生じた変化について振り返ります。

執筆:中嶋 希美
撮影:平山 亮太(FabCafe Nagoya)
編集:後閑 裕太朗(loftwork.com編集部)

話した人

左から
ロフトワーク プロデューサー 井田 幸希
ロフトワーク クリエイティブディレクター 加藤 修平
株式会社糀屋三左衛門 代表取締役社長 村井 裕一郎
株式会社糀屋三左衛門 新規事業開発担当 菊地 遥
株式会社糀屋三左衛門 新規事業開発担当 横山 可歩

 

ニッチ産業の価格競争から、新たなアプローチを探る

業務用種麹の国内シェアの半数以上を占める、糀屋三左衛門。品質にこだわった製造を続けてきたなかで、「デザイン経営」に挑んだ理由と今回のプロジェクトで挑戦すべきアプローチとは何だったのでしょうか。種麹製造という業界の特徴と、「蕎麦打ちに近い体験へ」という村井社長の言葉にそのヒントがあったと言います。

– まず、KOJI THE KITCHENが始まるまでの経緯を聞かせてください。

糀屋三左衛門 村井社長(以下、村井) うちの事業の中心は、種麹をつくって醤油や酒などを醸造する企業に販売することです。種麹の将来性を考えたとき、なくなりはしないけれど需要が下がっていくのは間違いない。製造業として、会社の経営が踊り場に来ているという意識がありました。新しいビジネスの軸を見つける必要性を感じて、デザイン経営を導入することにしたんです。

株式会社糀屋三左衛門 代表取締役社長 村井 裕一郎さん

ロフトワーク 加藤(以下、加藤) 最初に参加いただいたのは、ロフトワークが経済産業省 中小企業庁と実施したデザイン経営の実践を支援するプログラム「Dcraft デザイン経営リーダーズゼミ」でした。それ以前から、ブランディングについては積極的に考えていらっしゃいましたよね。

村井 塩麹や甘酒がブームになったとき、小売をしていく可能性も検討しました。だけど種麹とはビジネスの勝手が全く違うし、うちの生産規模でつくれる量は微々たるもので。新しい可能性として、デザイン思考について学び、経営にも積極的に取り入れていました。それでも独学の限界を感じたところで、ロフトワークさんに相談させてもらったんです。

加藤 業界の構造を教えてもらうなかで面白かったのが、種麹屋は全国に10社程度しか残っていないというお話でした。そのなかで価格競争が起きている状況において、体験の価値を訴求していきたいとおっしゃっていて。村井さんは自分で麹を育てる体験を「蕎麦打ちに近い体験」と表現していましたよね。

村井 はい、そんなふうに言ってましたね。

加藤 蕎麦打ちは嗜好品でありつつ、道を極める楽しさも持っていると思います。「アート」のようなアプローチとして、創造的に美味しさを探求する人や新しい使い方を開発する人もいれば、一方で「ホビー」として広く一般家庭で楽しまれてもいる。こうした「先鋭さ」と「裾野の広さ」を兼ねた、ピラミッドのような構造で普及しています。それを麹の世界で表現していくため、土台づくりとして取り組んだのがKOJI THE KITCHENです。

コミュニティから生まれる実験を通して、「種麹」のイメージを更新する

KOJI THE KITCHENでは「種麹が醸造の原料としての枠を超えて、もっと自由に使われること」を目標に、クリエイター・専門家とのディスカッションを実施したほか、糀屋三左衛門の研究部門である株式会社ビオックの専門技術者が協働し、メニュー開発も行いました。
これらの実験的な取り組みを通して、どのような変化を生み出すことを目指したのでしょうか。

加藤 KOJI THE KITCHENでは、FabCafeを起点にクリエイターや専門家と組みながら、実験的なアイデアやプロトタイプを生み出し発信しました。事業をピラミッド構造に見立てたとき、これらの取り組みはその頂点の位置を高くしていくことをねらいとしています。つまり、事業のビジョンをより高い位置に据えることでその事業領域の裾野が広がるように、麹の可能性も広がっていくのではないかと考えたんです。

それは業界におけるポジショニングをどうするという話ではなくて、企業の存在意義や「麹」そのもののイメージや価値を根本的なところから問い直す。そのきっかけを、KOJI THE KITCHENでつくれたらと考えました。

糀屋三左衛門 横山さん(以下、横山) 麹自体は以前から注目されているものの、健康や美容という側面から着目している人が多いですよね。今回、「美食」をテーマに、美味しさや楽しさという側面から見ることに、新鮮な反応をたくさんもらいました。

FabCafe Nagoyaで実施した、成果発表会の様子。フードクリエイターと種麹専門技術者のコラボレーションによって生まれたメニューをゲストと試食し、講評とディスカッションの機会を設けました。

糀屋三左衛門 菊地さん(以下、菊地) さまざまな業界、職種の方が参加したので、麹に対する幅広い考え方があることを知りました。参加した方々にも、私たちにとっても価値があったと思います。

加藤 イベントのなかで、発酵デザイナーの小倉ヒラクさんが「キッチン的にやるなら、クオリティは7割でいい」と話していたのが印象に残っています。糀屋三左衛門さんはプロだからこそ、醸造という業界のなかでは100%の品質を求められる。キッチンという言葉を使うことで、実験的に、7割でもやってみるという最初の一歩を踏み出した。今回はFabCafe Nagoyaのキッチンを使って、対話や調理をしながら麹の新しい可能性を探るという過程を体現できたのもよかったと思っています。

ロフトワーク 井田(以下、井田) 開発されたメニューは、まだ商品化には至っていませんが、これをきっかけに生まれたコラボレーションメニューをFabCafe Nagoyaで現在も提供しています。これまでも食領域で地域の方々とコラボレーションしてきましたが、ネットワークがさらに広がるきっかけになりそうです。

 

FabCafe Nagoyaで提供されている、糀屋三左衛門の塩麹を使ったポークソテー(2022年6月現在)。

加藤 また、もう一つの目的として、外部の視点からのフィードバックや意見交換を経ることで、社内の意識も変わってくるのではないかと考えていました。レシピの提案などは以前から、社内で行っていたとのことですが、KOJI THE KITCHENを経て、変化はありましたか。

横山 複数の部署でプロジェクトに取り組むことは頻繁には行ってこなかったのですが、プロジェクト実施以降、社内でコミュニケーションがより取りやすくなったと思います。

菊地 KOJI THE KITCHENで一般の人も再現できる料理をつくったり、コーヒー豆に麹菌を培養して香りの変化を体感したりするなかで、麹をわかりやすいかたちで説明できました。対外的にも社内的にも、うちの会社としてなにをやっているのかがわかりやすい形で表現されたのが、よかったんじゃないかと思っています。

株式会社糀屋三左衛門 新規事業開発担当 横山 可歩さん(写真左)、菊地 遥さん(写真右)

組織が持つ「探究心」と社会的意義が重なり始める

プロジェクト終了後、麹への探究心をひらくための場づくりとして「KOJI THE KITCHEN Academy」が新たに始まるなど、社内の変化は大きいと村井社長は語ります。プロジェクトを通して見えた「糀屋三左衛門らしさ」とは。そして、社員の意識はどのように変わったのでしょうか。

– KOJI THE KITCHENを経て、糀屋三左衛門さんの中から新しいプロジェクト「KOJI THE KITCHEN Academy(以下、Academy)」が立ち上がったと伺っています。

村井 デザイン経営に取り組んでいくなかで、うちの会社の特色を自分なりに整理していくことができました。そのなかで、一番の強みとしては「技術への探究心」が挙げられるだろうなって。その探究心があるからこそ、積み重ねてきた歴史と技術がある。それを物理的に表現するなら種麹という商品になるし、無形のサービスとして提供するならば、麹について理解を深める「アカデミー」という形になる。

ポイントは、「セミナー」ではなく「アカデミー」であることです。明日からすぐ役に立つ知識を得る場ではなく、麹の世界への探究心の入り口に連れて行く場であることは意識して設計しました。

加藤 KOJI THE KITCHENの企画を考えていく過程で、社員の方の探究心や、麹に対する愛着を感じる場面は何度もありました。常に麹に接していて、夜通し見守るような場面もあるんですよね。

村井 技術に対する探究心は深い一方で、うちの商材は社員の立場から見たときに、消費者視点における社会的意義が見えにくいんです。醸造メーカーから提示された要望通りの種麹をつくれば商売として成り立ちますから。たとえば取引先の味噌メーカーさんや清酒メーカーさんがどのようなマーケティングコンセプトや社会的意義を持ってお味噌やお酒づくりをしているかは知らなくても、「こういう価格設定で、こういう酵素が出る種麹を納めてください」という要望をいただいて、提示されたスペックに応えれば、購入していただくことはできた。しかし、プロジェクトを通してその認識が少しずつ変わってきたんです。

井田 どんなところで変化を感じますか。

村井 社内での会話だったり、発言や視点が変わってきた印象があります。最近は、その清酒メーカーがどのようなお酒を商品として提供しているのか社内で共有するなど、マーケットを見据えた意見が生まれていて。取引先との会話のなかでも、どういう麹が欲しいのか、今までよりも踏み込んでお客さんに聞くようになりました。

井田 社内で少しずつ、変化が起きているんですね。対応できるお客さんの幅も広がったり、これまでになかった提案ができるようになっていくと、多様なビジネスが生まれていきそうですね。

国内外のコミュニティから、更なる価値の提案を目指して

国内市場の縮小化に対し、海外市場への進出は欠かせないと語る村井社長。独自の発展を続ける海外の「麹文化」に対して、糀屋三左衛門はどのようにアプローチをかけていくのか。これからの展望と、そのための第一歩を踏み出した「デザイン経営」の意義について改めて語ります。

– KOJI THE KITCHENやAcademyを経て、今後、どのような展開を見据えていらっしゃるのでしょうか。

村井 600年間、種麹をつくり続けてきたなかで、ゲームチェンジするほどの劇的な技術革新はやりつくしてきたと感じています。さらに、日本のマーケットは縮小傾向にあるのが目に見えている。これからは海外に広げていかなければならないと思っています。

加藤 世界的に知名度のあるレストラン、「noma」にも種麹の提供機会があったということもあり、プロジェクトを始める当初からグローバルへの展開を見据えています。実験的にKOJI THE KITCHENをやってみて、社内外の反応を見ながら、次の一歩を考えていらっしゃいますよね。

村井 海外では発酵自体が調理技法として確立してきました。新しい味を見出すという文脈に加えて、フードテックや資源循環での活用など、いろいろな角度で注目されている印象があります。一方、600年前から麹菌というカビを飼いならして、手なづけて、工業的な商品として流通させるまでに技術を高めてきたという事実は、世界に類を見ないことだと思うので、しっかりと伝えていきたいです。

 

井田 今回のプロジェクトをベースに、FabCafeがつながっている世界中のクリエイターとコラボレーションしたり、現地の食材と結びつけながらさまざまな実験することもできそうです。

加藤 海外のフードクリエイターとコラボレーションすることでいい意味で読み違いが起きたりして、おもしろいものが出てきたらいいですよね。価値を広げるというか、考えもしなかった発想にどう向き合うかっていうことに挑戦していきたいです。

井田 デザイン経営を取り入れたことで、社内外に変化が起き、今後の展望に繋がる第一歩を踏み出せたのではないかと思います。

村井 経営思想をビジネスに反映できるサイズ感でやっていこうというのは元々考えていて。大きなお金を引っ張ってくると今までのように家族経営ではなくなってしまうし、うちの会社らしくない。中小企業が「自分の会社だからこそできること」を反映しやすいのが、デザイン経営なんじゃないかと思ったんです。

加藤 デザイン経営ではブランディングとイノベーションという2つの考え方がありますが、今回はイノベーションを中心に推進したケースになります。経営者である村井さん自身の想いを体現するプロジェクトを実行し、それに対して社会的な評価が返ってくる。こうした評価に対して、自分たちがどう向き合うべきか振り返ることで、改めて企業としての社会的意義を見直しつつ、次の取り組みにつなげていく。そんなアプローチを意識しています。

村井 今回のプロジェクト、ロフトワークの皆さんにとってはどう感じましたか。

加藤 個人的には、ロフトワークとしてもっと食に向き合いたいと思っていて。微生物も含めて人間がほかの生物とどのように共生し、いかに持続可能性につなげるのかを考える意味でも、食はすごく良いテーマだと思うんです。KOJI THE KITCHENはクリエイターだけでなく、技術者の方々もワクワクしながら取り組んでくれたのが、横で見ているだけでも気持ちよかったですよね。今後の展開にもぜひ関わっていきたいと思っています。これからも、よろしくお願いします。

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