大規模展示会に依存しない
withコロナ時代のタッチポイントづくり
東レ ウルトラスエード×1518企画展
Outline
モノを見せるのではなく、体験を展示する
東レ株式会社(以下、東レ)の主力ブランドの一つである高機能素材ウルトラスエード®︎。同素材を扱う、東レ ウルトラスエード事業部では、「高級皮革に匹敵する人工皮革素材」から「人工皮革だからこその高機能・高付加価値素材」へとブランド軸をシフトしながら市場拡大を図っています。
ところが、長引くコロナ禍によって、展示会や出張商談が激減。顧客の生の声を聞きながら、直に営業提案する機会を、どうにかつくれないものか——。
そこでロフトワークは2021年3月、家具コミュニティ1518をパートナーに迎え、FabCafe Nagoyaを舞台に、ウルトラスエードを用いたプロダクト企画展(Exhibition by 1518 feat.Ultrasuede®︎「Made by Community–コミュニティから生まれる家具」)を開催しました。素材の特性を存分に引き出したプロダクトを、広く開かれたカフェという公共の場に展示することで、一般の来場者が自然と商品を使用するシーンを演出。その環境下で、顧客(toB)候補企業とのディスカッションをコーディネイトし、新たな顧客との商談機会を生み出しました。
大切にしたのは、狭く深いタッチポイント。あえて一度に大勢を集めない展示設計にすることで、コロナ禍でも新規・既存顧客の来場が可能となり、直接商談する機会を演出しました。
同時に、オープンな場での展示を通じて、エンドユーザー(toC)と素材やプロダクトとの偶発的な出会いを誘発。エンドユーザーからのフィードバックを直接受け取る機会を生み出しました。
withコロナの時代に、スペックだけでは表現しきれない素材の価値を、場作りやツールを通じて、どのように伝えられるのか?東レ ウルトラスエード事業部 塚本さん、プロダクトデザイナー 横関さん、Loftwork プロデューサー 井田、木下が、オンライン・オフラインのコミュニケーション設計のあり方について語ります。
執筆:野本 纏花
編集:loftwork.com編集部 横山 暁子
Outputs
Exhibition by 1518 feat.Ultrasuede®「Made by Community–コミュニティから生まれる家具」
Interview
登場する人
左から
東レ株式会社 ウルトラスエード事業部 担当課長 塚本 陽人
RYOTA YOKOZEKI STUDIO株式会社 代表 横関 亮太
株式会社ロフトワーク FabCafe Nagoya 取締役 / MTRLプロデューサー 井田 幸希
株式会社ロフトワーク MTRL / FabCafe Kyoto マーケティング & プロデュース 木下 浩佑
FabCafe Nagoyaだから生まれたビジネスと日常の融合
ロフトワーク 木下浩佑(以下、木下) まずは塚本さんにお聞きしたいのですが、FabCafe Nagoyaで企画展をされてみて、いかがでしたか?
東レ株式会社 塚本陽人(以下、塚本 社名・敬称略) 我々は素材メーカーなので、お客様の製品を通じてでないとエンドユーザーのみなさまに素材の価値を伝えられない立場です。なので、すでに1518のプロダクトデザインを通して、ウルトラスエード®︎の特徴を理解し、その良さを製品に活かしてくださっているプロダクトデザイナーの横関さんと、今回ご一緒できたことに、大きな価値があったと思っています。
加えて、FabCafe Nagoyaという場所は、自然に一般の方が集まってくるところなので、実際に弊社の素材に触れていただいている姿を目にできたのは、とても貴重な機会でした。我々はふだんエンドユーザーの方と直接関わることは少ないので、新鮮なタッチポイントができてうれしかったです。
木下 FabCafe Nagoyaはビジネスの場でありながら、名古屋の高校生や大学生がインスタの写真を撮りながらお茶をしているような場所でもあるんですよね。そんな日常に溶け込んだ形で、一般の方がウルトラスエード®︎のソファに座って、気持ちよさそうに座面をなでて手触りを楽しんでいたのは、とても印象に残っています。当然、プロダクトをつくっているときには、その姿を想像してはいるものの、実際に見ることはなかなかできないじゃないですか。横関さんは、いかがでしたか?
RYOTA YOKOZEKI STUDIO 横関亮太(以下、横関 社名・敬称略) そうですね。1518はまだローンチして日が浅いブランドなので、まずは多くの人に活動を知ってもらいたいという想いがありました。私自身、ウルトラスエード®︎の手触りに惚れ込んでいたので、それを使ったプロダクトをつくるだけでなく、一般の方に触れてもらって楽しんでもらっているシーンを描き出せたのは、とてもよかったと思います。「かしこまったビジネスの場ではないところで体験してもらえる」というのは、FabCafe Nagoyaでの展示の価値ですよね。さらにそのシーンをビジネスパートナーたちにも見てもらえたというのは、従来の展示会にはない魅力になったのではないでしょうか。
木下 井田さんは大型の展示会にも足を運んでいると思うのですが、今回FabCafeで行った展示会と比較して、どんな違いがあったと感じましたか?
ロフトワーク 井田幸希(以下、井田) 通常の展示会では、作り込まれた空間で、パネルやサンプルを読み込むのが主流ですよね。そのような展示会の場では、今回のように、実際に使われているシーンをイメージしたり体験することはできません。そういう意味で、通常の展示会とは違った展示体験を届けることができたと思います。リラックスした日常の空間だからこそ伝えられるものってあるんですよね。また、FabCafe Nagoyaは製造業が集まる中部地方のど真ん中にあるので、新しい発見や出会いを求めているビジネスマンの方々がふらりと寄ってくださる場所になっています。なので、カフェのお客さんの一般ユーザーの体験とビジネスマンの視点が交差する、ユニークな展示をつくれたのだと思います。
わざわざ◯◯したくなるフックを仕掛ける
木下 昨今、コロナ禍で移動が難しくなっているなかで、海外も含め、離れたところにいるお客様へ素材の価値を伝えるために、どんな工夫をされていますか?
塚本 FabCafeの展示を通じて改めて感じたのは、やはり直に現物を手に取りながら行うコミュニケーションの重要性です。そのため、離れたところにいるお客様に、我々の素材を手に取っていただくための工夫は、いろいろとしています。たとえば、特別なお客様に向けた「ギフトボックス」の送付ですね。要は最新のシーズンコレクションをお届けするためのサンプルキットなのですが、直筆の手紙も添えたりして、どこかで直接つながっている感覚を持っていただけるような工夫をしています。
横関 私も先日、送っていただきまして。特別に対応していただいている感じが純粋にうれしいですし、スワッチのサイズが大きいので、手に取ることで検討のイメージが広がります。またいろいろと一緒にお仕事させていただきたいなと改めて思いました。
井田 特別感の演出って、大事ですよね。もらったときの驚きや喜びでファンにしてしまう。オンラインのコミュニケーションが主流になりつつある昨今ですが、こういったフィジカルなツールで体験を補完することで、コミュニケーションをより効果的にしていけると思います。
木下 横関さんの会社では、プロダクトの機能美を追求するのと同等に、体験価値の向上を重視されていますね。それはなぜですか?
横関 やはりどうしてもプロダクトを手で触る機会が減ってきているんですよね。感覚値でいうと10分の1くらいになってしまっている。だからこそ、実際に触る前の段階で、しっかり作り込んだ動画で手触りの良さを伝えて「触りたい!」と思わせることが、以前にも増して重要になってきていると思うんです。本当に触りたいと思ったら、お客様のほうから問い合わせが来るはずなので。
木下 ダイレクトなコミュニケーションにつなげるための“きっかけづくり”が大切ですね。
横関 まさに。大規模な展示会だと、「とりあえず行けば何かに出逢えるかな」という期待がフックになって多くの人たちが来場するので、我々も効率的に多くのタッチポイントを稼げるんですよね。でもその大規模展示会が軒並み中止されたり、来場を躊躇するような状況の今、タッチポイントをつくるために、FabCafeで行ったような独自のきっかけを仕掛ける必要があると思うんです。1518でも参加しているそれぞれのメーカーが持っているタッチポイントを活かしつつ、コミュニティで独自の展示会をしてみるなど、いろいろと模索しているところです。これからは展示会の事前予約が主流になってくると思うので、事前予約してでも行きたいと思ってもらえるような、大規模な展示会に依存しないきっかけづくりが重要ではないかと考えています。
木下 フックのひとつとしての体験設計が求められているんでしょうね。そこで心を動かされたり、何か引っかかったりしたのをきっかけに、引き込まれてファンになっていきますね。
井田 「サンプルがある」「リアルな会場がある」だけでは不十分で、「誰とどのように出会うか?」を設計することも重要ですよね。今回の企画展では、ビジネスコミュニティが既に育っているFabCafe Nagoyaを舞台にすることで、顧客(toB)候補企業との出会いの場をつくりながら、新型コロナリスクが少なく安心で、ウルトラスエード®︎の「上質な手触り」を最大限体験してもらえる設計を目指しました。
FabCafeは世界に11拠点ありますが、地域ごとにビジネスやテクノロジー、クリエイティブのコミュニティを築いています。ロフトワークでは、このネットワークを活用し現地のコミュニティと接続させることでプロジェクトをドライブさせています。今は海外への渡航は困難ですが、現地のパートナーがいることで、日本からオンラインで接続しながら、現地でのリサーチやプロモーションなどのフィジカルなコミュニケーションも可能になります。
FabCafeのグローバルネットワークを活用したプロジェクト事例
体験設計の肝はオンラインとオフラインの掛け合わせ
横関 オンラインとオフラインの関係性について考える必要もありますよね。昨年秋に「DESIGNART(デザイナート)」という展示会で発表したのですが、そのときにオンラインとオフラインをどうつなごうかと考えて、仕掛けをつくったんです。会場の一部にグリーンバックを敷いて、ここにARでコンセプトムービーを流しました。この動画をSNSでも見せることで、「どうなってるんだ?」と思わせ、会場に足を運んでもらうフックにしたんですね。実際、オフラインでもiPadやタブレットで同じような合成ができる仕掛けをつくって、来場者の方が自分でSNSに上げてもらうようにしていました。これは空間デザイナーの関 祐介さんとのコラボによって生まれたアイデアで、コンセプトは「オンラインとオフラインの間にバグを起こす」。オンラインとオフラインの相乗効果を狙ったものでした。
木下 オフラインをオンラインの代替として捉えるのではなく、それぞれの得意領域を掛け合わせながら、「わざわざ見に行きたくなる・取り寄せたくなる・会いに行きたくなる」ようにするための欲望を喚起する仕掛けづくりが重要なんですね。
井田 ロフトワークがお手伝いしたタイカ社のツールキット制作の事例にも近しいところがあるので、ご紹介させてください。タイカさんの中心的商品および技術である「αGEL®︎」というゲル素材について、従来は機能面からの訴求が主体でしたが、新たに“感性価値(「触れる」という体験やコミュニケーションを通じた「心地よさの価値」)”に着目して、「HAPTICS OF WONDER 12触αGEL®︎見本帖」というUX評価マップと体感ツールキットに落とし込みました。
「単なる素材サンプル」ではなく「”触覚”を体感できるキット」としてデザインされたコミュニケーションツールをつくったことで、今までになかったような問合せや相談が生まれているようです。ツールキットが手元になくてもその質感の面白さを伝えられて関心を喚起できるよう、アニメーション表現に力を入れたWebサイトもタッチポイントになっています。
木下 「素材によって触感が違う」と言われてもいまいちピンと来ないと思うのですが、「これは『赤ちゃんのギュッと握った汗ばむおてて』みたいで、こっちは『とろける口どけ生キャラメル』みたいなんですよ」と言われたら、わざわざ取り寄せてでも実際に触りたくなります。これも欲望を喚起する体験のデザインですよね。
木下 東レさんも最近Webサイトをリニューアルされて、写真や動画にものすごくこだわって、触りたくなる工夫をされていらっしゃいますよね。
塚本 そうですね。写真一枚にしても、いろいろな角度から撮影して、素材の良さが最も伝わるアングルを探るなど、すごくこだわってつくりました。最終的には、現物を見て評価していただかないと何も始まらないのですが、そこに至るまでのアプローチを試行錯誤しながら見直してきました。(ウルトラスエード®︎Webサイト:https://www.ultrasuede.jp/)
たとえば、お客様のプロダクトの造形に合わせて、ウルトラスエード®︎を使ったときのイメージをデジタル上で確認できる「CG作成用のテクスチャーデータ」を用意したり、あるいはデジタル上で閲覧できる「デザインコレクション」を用意して、気になるモノがあれば簡単にサンプル要請をできるシステムをつくるなど、お客様とのコミュニケーションが途絶えないようにしています。
木下 お客様であるプロフェッショナルの方が「どんな情報を求めているのか」を徹底的に考えて寄り添っておられるのが、素晴らしいですね。
ものづくりにおいて、「見ればわかる」「触ればわかる」というのはもちろんそうなのですが、そこにたどり着くまでの仕掛けづくりには、オンラインとオフラインを適切に連動させていくことが重要であるということが、今回、塚本さんと横関さんのお話を伺って、よくわかりました。そうした意味でも、これからはメーカーさんやデザイナーさんなど、ものづくりに関わる人たちがコラボレーションしながら体験設計することで、大きな可能性が拓けていくのではないでしょうか。
Member
塚本 陽人
東レ株式会社
ウルトラスエード事業部 ウルトラスエード課,担当課長
横関 亮太
RYOTA YOKOZEKI STUDIO株式会社
代表
飯田 隼矢
ロフトワーク
クリエイティブディレクター
井田 幸希
株式会社ロフトワーク
FabCafe Nagoya 取締役 / MTRLプロデューサー
メンバーズボイス
“コロナ禍で大規模な展示会が相次いで中止されるなか、カフェという日常の延長にある空間で行われた今回の展示。展示の設営が終わり、会場全体を見てまず思ったのは「展示っぽくない」ということでした。それくらい1518の家具がFabCafe Nagoyaの空間と調和していて、前からずっとそこにあるかのような佇まいでした。それはカフェを利用するお客さんに自然なかたちで家具を体験してもらうという展示目的に図らずも沿ったものでした。FabCafe Nagoyaがある土地柄、小さな子供連れの家族から、学生、会社員など、幅広いお客さんに1518の家具、そしてウルトラスエード®︎の質感をじっくり体験いただく機会になったと思います。
また、今回の展示はエンドユーザーだけではなく、パートナーとなる顧客とのコミュケーションの誘発も狙いでした。実際に製品を利用しているお客さんの姿を見て、そして素材の質感を体験してもらうことで、顧客と高い解像度でコミュケーションを取ることができる場になったのではないかと思います。このような機会を今後も作っていければと思います。”
ロフトワーク クリエイティブディレクター 飯田 隼矢
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