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林 千晶 2019.02.21

#02 付箋と民主主義
(ドーナツの穴 ー創造的な仕事のつくり方ー )

付箋は格好つけじゃないよ

カラフルな付箋を前に、インタラクティブな議論をしている場面ーーロフトワークのWebサイトでは、油断するとそんな写真がずらっと並んでしまいがちだ。

「オシャレっぽく見せたいだけ?」「付箋さえ使えばいいアイディアが生まれるとでも思っているの?」と、ツッコミが聞こえてきそうである。

しかし、声を大にして言いたい。「付箋は、すごく重要だ」

付箋がただの格好つけのように思われてしまうのは、正しい使い方とその思想が語られていないからのように思う。そこで、ロフトワークがこよなく愛する付箋(ポストイットとも言う)と黒ペン(サインペンとも言う)について、解き明かしてみたい。

民主的な会話の真骨頂

まずは一度、何のツールも使わずにグループで議論する場面を想像してほしい。

エラい人や声の大きい人が、長々と演説を始めてしまう。議論が平行線をたどってしまい、なかなか噛み合わない。あるいは、多くの参加者が共感できず疑問が浮かんでいても、異を唱えることができない……。

きっと、誰しもそんな場面に遭遇したことがあるだろう。集合知を結集するのは、極めて難しいのだ。

そこで活躍するのが、「付箋」と「黒ペン」である。これらはみなさんが想像するよりはるかに、民主的で効果的なツールなのだ。

付箋と黒ペンを使ったディスカッション。ポイントはいたってシンプルである。

  • 付箋とペンの種類を揃える。誰が書いたのかわからないようにすることが大事。ペンは、貼り出した時に読める太さを選ぶ。
  • 個人の言葉を書き出す。その後、目的に合わせて、自由自在に貼る位置を変えていく。(グループ化、構造化、図解化へと進めていくプロセスは後日、詳しく説明する)知的な人ほど抽象化してしまうので「土の香りが伝わるような表現で」とアドバイスを添えること。

この2つのポイントを押さえたうえで、ディスカッションを進めていく。付箋が一か所に集まると、予定調和が消え去り、各自の脳が「どう読み解けばいいのだ?」と新しい回路を使って解釈をし始める。そこに初めて生まれるのが、「リフレーム」である。

新しい視点を得る「リフレーム」

クリエイティブな発想において、「リフレーム(新しい視点を得ること)」は、極めて重要だ。それは慣れ親しんだ思考に安住せず、模索しながら線をつなぎ、新しい回路を作って電気を流すような行為である。

一般的に、人の脳は無情にも、慣性に従って“いつもの言葉”で“いつもの結論”を導きがちだ。だから普通に議論しても、つまらないアイデアしか生まれない。けっして、議論している人がつまらないのではない。新たな視点、気づき、言葉に出会えないから「つまらない」のだ。

例えば女性が社会に出て働くことを、なぜ猫も杓子も同じく「女性活躍」と呼んでしまうのか。本当は千差万別なはずの地域課題や取り組みを、何でも「地方創生」とまとめてしまうのはなぜか。

それは間違いではないが、その言葉があてられた瞬間、本来注目して議論すべき、あるいは対峙すべき小さな小さな違いが捨象されてしまう。これが創造性を殺ぐ、恐ろしい慣習なのである。

年間15万枚の付箋が生み出すもの

しかし本来、人にはそれぞれの個性がある。こだわりも、喜びも、人間関係も、趣味も違う。そういう違いが素直に表出するしつらえで、付箋を使ってアイディア出しをするとどうなるだろう?

付箋の上に描かれた言葉には、書いた人それぞれの感情や発見が詰まっている。そのままにしておくと雑音でしかないかもしれない。しかしそれらをオーケストレーティングしていくことで、ディスカッション参加者の中に、新たな言葉と視点が生まれる。

言葉がフラットになり、上下関係、人間の好き嫌いは関係なくなる。付箋に書かれたメッセージだけに向き合い、それを読み解く真剣勝負の場となる。付箋と黒ペンは、その醍醐味を生み出す源となるのだ。

調べてみると、ロフトワークでは年間15万枚の付箋が使われていた。その1枚1枚が小さな気づきを乗せ、川の流れのように少しずつ集まり、豊かで大きなメッセージを運んで、私たちの民主主義を支えている。

林 千晶

Author林 千晶(ロフトワーク共同創業者・相談役/株式会社Q0 代表取締役社長/株式会社 飛騨の森でクマは踊る 取締役会長)

早稲田大学商学部、ボストン大学大学院ジャーナリズム学科卒。花王を経て、2000年に株式会社ロフトワークを起業、2022年まで代表取締役・会長を務める。退任後、「地方と都市の新たな関係性をつくる」ことを目的とし、2022年9月9日に株式会社Q0を設立。秋田・富山などの地域を拠点において、地元企業や創造的なリーダーとのコラボレーションやプロジェクトを企画・実装し、時代を代表するような「継承される地域」のデザインの創造を目指す。主な経歴に、グッドデザイン賞審査委員、経済産業省 産業構造審議会、「産業競争力とデザインを考える研究会」など。森林再生とものづくりを通じて地域産業創出を目指す、株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称:ヒダクマ)取締役会長も務める。

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